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035
風のかよい路、〔がの〕さんの庭にて。
どうぞお気軽に。互いの率直な感性をそのままに交換いたしましょう。


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がのさんの掲示板 [全2358件] 781件~790件 表示 << 前の10件 | 次の10件 >>
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★トムとハック、きれいな敬語 [ 関連の日記 ]
がのさん (2006年10月06日 23時54分)

dorothyさん

>最近の若い母親たちが小さな我が子向かって、粗暴・粗雑きわまる言
葉を投げかけているのを耳にするたび、そういった環境で育った子供に
とっては、マニュアル敬語すらも、学び習得していかなければならない
ジャンルとなりつつあるように思います。
   ----------------------------
 それもへんなもの、哀しいものですね。きれいなことばは、子どもを
囲むおとなたちの素養の問題ということになりますか。ひとの個性と個
性をつないでつくられている社会で、そのひととともに円満に生きてい
くうえで、意思をつなげることば、とりわけ敬語の問題は避けて通るこ
とのできない、難しくやっかいな問題ですね。
 茶化してはいけないのでしょうが、わたしの「川柳で遊ぼ!」から引
きます。(すでにお読みでしたら、ごめんなさい)


◎ ことば美人? 過剰な敬語に 辟易し
 (乱暴で汚いことばよりはマシか。でも、過ぎず、不足することのない
敬語とは、ちょっとした謙譲の心と相手を本当に思いやる心があるかど
うかで…。それが先人から譲られた文化というものじゃないかな)
◎ 過ぎたれば 嫌われるのが ことのはぞ
◎ 言い過ぎた! 忘れてくれりゃ いいけどな
◎ 相手見ず 過ぎてむなしき ことばかな
◎ 足りなけりゃ 誤解曲解 世のならい
◎ ぶしつけな ブレーキきかぬ へたなしゃれ
◎ 黙すだけ しっぺ返しが こわいから
◎ 人はみな 誤解曲解の 海をもち
◎ 人ごとに 胸には深い 海をもち
◎ 誤解でも 言い訳するのは 虚しいし
 (他者のことばづかいは気になっても、自分の話しかたには案外無神経
なもの。他を思いやるゆとりのこころが、バランスのよい、自然な気持
ちよいことばを生むようだ。がさつにならぬ、優雅なことばは、こころ
のゆとりから)
Re:★狂言「柿山伏」に、“笑い”の真髄と日本人に特異な感性を尋ねる(10月06日) [ 関連の日記 ]
candyさん (2006年10月06日 22時47分)

早速の「柿山伏」の詳しい解説、楽しく読ませていただきました。ますま
す、狂言に興味が湧いてきました。

「今昔物語」や「宇治拾遺物語」からの、お話も興味があります。
文庫でお楽しみ会に紙芝居や人形劇をするのに、奈良の昔話、特にこの
明日香辺りのお話を題材にと3年ほど前に色々調べたのですが、「雷の丘」
のお話だろうと思われるものを見つけて、脚本を考えなければ・・・と
思いつつそのままになっています。素人にはなかなか大変です。

そして、今日は「万葉の明日香路に月を見る会」があり、石舞台公園で、
猪熊兼勝氏の講演と和太鼓の演奏、八雲琴の演奏を聞いてきました。
台風の影響で朝からは雨だったので、中止かと思いましたが昼からは雨
が上がり開催されました。しかし、厚い雲がかかっていて、月は見るこ
とが出来ませんでした。しかし、公園の「風舞台」はススキで飾られ、か
がり火もセットされていて、いい雰囲気でしたよ。またまた、うらやま
しがらせるような事ですね。すみません!
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★トム・ソーヤとハックルベリー・フィン、アンクル・トムの小屋(09月22日) [ 関連の日記 ]
dorothyさん (2006年10月06日 03時26分)

がのさん 【その2】
>ところで、敬語をじょうずに使えるからといって、それが「美しいこ
とば」というわけではありません。それは、その人の育ち方・生き方、
素養のなかで自然に備わったもので、どうでしょうか、その人その人の
体臭のようなものといえないでしょうか。それと、相手を思いやるここ
ろがどれほどあるか、そのたたずまいに。
 だって、ファミリィ・レストランやコンビニ、いまはやりの中古書店
などでおびただしく聞かれるマニュアル敬語。いくらあの敬語で呼びか
けられても、こちらはちっともうれしくないじゃないですか。

そうですね。ですが、最近の若い母親たちが小さな我が子
向かって、粗暴・粗雑きわまる言葉を投げかけているのを
耳にするたび、そういった環境で育った子供にとっては、
マニュアル敬語すらも、学び習得していかなければならない
ジャンルとなりつつあるように思います。

>それと、メールの交信で頻繁に使われる顔絵というもの。自分のこと
ばでなく、あんなもので自分の固有の気持ちを表現する時代って、ろく
なものじゃないでしょう。

これに関しては、私は許容範囲です。今では普通の言葉ですが、
「あたらしい」はもともとは「あらたしい」
「だらしない」はもともとは「しだらない」
でした。こういった言葉の変化は中世いやもっと以前から
若者言葉や粋がった人たちの間での言葉遊びが定着した
ものです。卑近な例で言いますと(がのさんにはなじまい
かもしれませんが)、驚いて唖然とするさまを表すのに
「目が点になる」という表現の仕方があります。
これは、「ドカベン」という漫画で、唖然とするときに
人の目を点々で描いたのが語源で、言い出したのは
歌手のさだまさしの知り合いだそうです。
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★トム・ソーヤとハックルベリー・フィン、アンクル・トムの小屋(09月22日) [ 関連の日記 ]
dorothyさん (2006年10月06日 03時24分)

がのさん 【その1】
>カタカナことばのことではありませんが、新聞で知るところでは、こ
れまで三つに分類されてきた敬語を五つにするという指針案が文化審議
会の国語分科会から出されました。従来の丁寧語を丁寧語と美化語に分
ける、という案など。煩雑だ、何をいまさら、との意見が多いようです
が、わたしはおおむね、この案には賛成です。

私も同感です。大学時代の指導教官(女性)は、
「私(わたくし)は、敬語だけは完璧に使いこなせる
自信がございます。」
とおっしゃっていました。そして、事実、普段の会話や
私が電話をかけたときなども、常に美しく話されます。
先生のそんな姿に憧れて、今でも絶対に汚い言葉や発音は
しないようにしております。ただ、社会に出て研究室
秘書をしておりましたときに、学んだとおりの敬語を
使って会話をしたり電話連絡などをしておりますと、
かなり煩雑になり、場合によっては慇懃無礼ともとられ
かねない状況も出てまいりまして、会話の敬語表現は
かなり簡略することになりました。
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★トム・ソーヤとハックルベリー・フィン、アンクル・トムの小屋(09月22日) [ 関連の日記 ]
がのさん (2006年10月05日 23時55分)

dorothyさん

【その2】
 Dorothy さんには的確にご理解いただいているようでホッとさせられ
ますが、わたしがときどきわけのわからない漢語を使うことがありま
す、半ば意識的に。「夜郎自大」とか「牽強付会」といったことば。自
分の都合のいいように無理にこじつけていうことば、あるいは、自分の
力量もわきまえずに、仲間うちだけの狭い世界で得意になり威張ってい
るすがた。そこで語られることばも、けっして美しくありませんね。か
くいうわたし自身がまっ先に気をつけねばならないことですが。
 耳にひびきいいことば、――狂言の話題をめぐってcandy さんの掲示
板に書いたばかりですが、たとえば、一休禅師のことばとされる「へつ
らひて楽しきよりも へつらはで貧しき身こそ こころ安けれ」とか、
一遍上人の「のこりゐて むかしをいまと かたるべき こころのはて
を 知る人ぞなき」といった、つねにこころのすみで鈴の音のように鳴
っていることば。わたしにとっては、こういうのが美しいことばなので
しょう。
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★トム・ソーヤとハックルベリー・フィン、アンクル・トムの小屋(09月22日) [ 関連の日記 ]
がのさん (2006年10月05日 23時52分)

dorothyさん 【その1】

>以前、永六輔さんがテレビでこんなことを話されていました。あると
き、永氏が素敵な装いをされていたとき、知り合いの方がそれを誉める
のに、「スタイリッシュで、ダンディで、シックで…」とカタカナ言葉
を6つも7つも並べ立てたのだそうです。永氏は「そんなときには、日
本語でひとこと、『あなた、粋ね』と表現すればいいのです」と返事を
された、ということでした。日本語の美しい響き。
    ----------------------------
 「スタイリッシュで、ダンディで…」と云ったひとの顔がだいたい想
い浮かびますが、「粋」のひとこと、そういうことなんでしょうね。で
も、こういう感覚が身に備わっていないと、その場、その場で口に浮か
ぶものではないことも事実。
 カタカナことばのことではありませんが、新聞で知るところでは、こ
れまで三つに分類されてきた敬語を五つにするという指針案が文化審議
会の国語分科会から出されました。従来の丁寧語を丁寧語と美化語に分
ける、という案など。煩雑だ、何をいまさら、との意見が多いようです
が、わたしはおおむね、この案には賛成です。
 ところで、敬語をじょうずに使えるからといって、それが「美しいこ
とば」というわけではありません。それは、その人の育ち方・生き方、
素養のなかで自然に備わったもので、どうでしょうか、その人その人の
体臭のようなものといえないでしょうか。それと、相手を思いやるここ
ろがどれほどあるか、そのたたずまいに。
 だって、ファミリィ・レストランやコンビニ、いまはやりの中古書店
などでおびただしく聞かれるマニュアル敬語。いくらあの敬語で呼びか
けられても、こちらはちっともうれしくないじゃないですか。それと、
メールの交信で頻繁に使われる顔絵というもの。自分のことばでなく、
あんなもので自分の固有の気持ちを表現する時代って、ろくなものじゃ
ないでしょう。【つづく】
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★トム・ソーヤとハックルベリー・フィン、アンクル・トムの小屋(09月22日) [ 関連の日記 ]
dorothyさん (2006年10月05日 16時46分)

がのさん

以前、永六輔さんがテレビでこんなことを
話されていました。うろ覚えですが・・・。

あるとき、永氏が素敵な装いをされていたとき、
知り合いの方がそれを誉めるのに、
「スタイリッシュでダンディでシックで・・・」
とカタカナ言葉を6つも7つも並べ立てたのだそうです。

その誉め言葉に、永氏は一言、

「そんなときには、日本語でひとこと、
『あなた、粋ね。』と表現すればいいのです。」

と返事をされた、ということでした。
日本語の美しい響き。

余談ではありますが、民族障壁、という意味では
モコやアンクル・トムにまでいかずとも、ごく
最近まで西洋ポップミュージックでは、ブラック・
コンテンポラリーという位置づけが厳然と
残されていました。崩れたのは20年ほど前の
マイケル・ジャクソンのアルバム「スリラー」
の時からです。がのさんにはあまりなじみのない
ジャンルかも知れませんが、がのさんとこうして
話していて、思いついたので、私の日記に少しだけ
書いてみました。
Re:Re:Re:Re:Re:Re:★トム・ソーヤとハックルベリー・フィン、アンクル・トムの小屋(09月22日) [ 関連の日記 ]
がのさん (2006年10月04日 18時24分)

dorothyさん

【その2】
 その点、目をもうちょっと大きく開いたら、わたしたちのまわりに
は、すばらしいことばがいっぱいあるじゃないですか。ピタッとわれわ
れの生理にはまることば。以前にもお伝えしましたが、じつはきょう、
狂言三番を観てきました。「柿山伏」「水掛聟」「東西迷(どちはぐ
れ)」。
 そこでは、ほんとうにことばが生きていますよね。プロが演じるか
ら、というだけでなく、生き生きとして美しい。狂言をみるたび、わた
しの口のまわりでは、「これはいかなこと」「むさとしたこと」「ない
かしらむ」「やるまいぞ、やるまいぞ」といった狂言に定番のことばが
無意識裡に湧いてきてしまいますね。いまもまだアタマのなかをそんな
ことばがぐるぐるまわっている感じ。
 暗記して無理に覚えたことば、便宜的な借り物のことば、うすっぺら
なマニュアルことばにはぜったいにない、自分の細胞粒子にじっくり浸
ったことば。それは自然です、ラクチンで楽しいです。そういうことば
をつかむためにこそ、「テーマ活動」をするのではないでしょうか。
Re:Re:Re:Re:Re:Re:★トム・ソーヤとハックルベリー・フィン、アンクル・トムの小屋(09月22日) [ 関連の日記 ]
がのさん (2006年10月04日 18時21分)

dorothyさん

【その1】
>台詞の一つ一つにも文化的歴史的背景があるので、それを子どもたち
に紐解いていくのも面白いです。今、「十五少年漂流記」を12月の発表
に向けて取り上げています。第2代大統領を選ぶシーンとスケートのシ
ーン。なぜ、モコには選挙権がなかったのか? 誰が棄権したのか?ゴ
ードンは本当にスケートに興味がないのか? など、子どもたちの興味
を一つひとつ救い上げては、みんなで話し合って想像したり、私が調べ
て説明したり。でも、英日の台詞を覚えよりもそういったことによる想
像や調べることが大切な時間の共有になっているように思います。
     ----------------------------
⇒ ラボの「十五少年漂流記」がどんなふうにつくられているのか、わ
たしは知りませんが、あの作品をラボ・ライブラリーにするとして、わ
たしがまずひっかかるのは黒人の調理人モコ(いま手もとにある波多野完
治訳では「モーコー」)をどう描くか、でしょうね。ここで「ハックルベ
リー・フィン」「アンクル・トムの小屋」で見た黒人差別の問題。しか
も、モコは十五人の少年のなかでも、欠くことのできない重要な存在。
そこを逃げず、ごまかしなくどう書くか、作品のよしあしの最大のポイ
ントはそこかも知れません。このライブラリーを通じて、DOROTHYさんは
そこをどう子どもたちと話題にしていくんでしょうか。
ことばをほんとうの自分のことばにするためにこそ“テーマ”が必要な
のだと思います。それをがっちり踏まえていないことばは、空っぽで、
無意味です。ついこのごろのことで、新総理の所信表明演説がありまし
た。それを読むと、多くの人が指摘しているように、そのことばは曖昧
です。加えて、わたしがいちばん嫌いなのは、早口だということです。
早口で、しかもやたら英語の単語を使います。早口で、得意げに英語を
いう、それは自分のことば、自分の信念にほんとうの自信がないことの
あらわれです。どこかから借りてきたことばをいじくっているだけで、
ぜんぜん真実性がなく、こちらに伝わってくるものがありません。ま
あ、就任したばかりですので、具体的に語るものはなく、むしろこれか
ら、ということなのかも知れませんが。
【つづく】
Re:Re:Re:Re:Re:★トム・ソーヤとハックルベリー・フィン、アンクル・トムの小屋(09月22日) [ 関連の日記 ]
dorothyさん (2006年10月04日 12時50分)

がのさん
>dorothyさんが「ハックルベリー・フィン」に加え、ここまで読んでお
られますと、「トム・ソーヤ」のテーマ活動の取り組みは、ことば=英語
にばかり走る、表面ばかりのうすっぺらなものとは違う、テーマのしっ
かりしたものになることでしょう。そんなテーマ活動をいつかぜひ見て
みたいと思いますね。

お恥ずかしい限りです。でも、台詞の一つ一つにも
文化的歴史的背景があるので、それを子供たちに
紐解いていくのも面白いです。
今、十五少年漂流記を12月の発表に向けて取り上げています。
第2代大統領を選ぶシーンとスケートのシーンです。
なぜ、モコには選挙権がなかったのか?
誰が棄権したのか?ゴードンは本当にスケートに興味が
ないのか?鉄砲の音と大砲の音ではどれほど違うのか?
ドニファンは上流社会の子なのかわがままのきかん坊なのか?
など、子供たちの興味を一つ一つ救い上げては、
みんなで話し合って想像したり、私が調べて説明したり、
といくらあっても時間が足りません。でも、英日の台詞
覚えよりもそういったことによる想像や調べることが
大切な時間の共有になっているように思います。

発表はハチャメチャですが・・・。
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