Re:かたかごの花 from今月の1枚を拝読しました
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がのさん (2004年05月01日 00時52分)
さとみさん
> もののふの八十おとめらが汲みまがふ
寺井のうへの堅香子(かたかご)の花(萬葉集/大伴家持)
この句は、高校の授業でやったのを覚えてます。袖をまくって井戸の水を汲ん
でいる娘達の白い腕に光る水のしずくと、かたくりの花に光る朝露が美しい情
景だと思う、と書いたら、解釈が違いますって言われたのを覚えている…
◆――ここで古文のおさらいをするつもりはありませんが,さとみさんの歌の
とらえかたはさすがで,と~ってもすばらしいですよね。イメージがよく走
る! この歌の解釈で間違いやすいのは「まがふ」と「うへ」じゃないでしょ
うか。「まがふ」を,間違える,見違えたり聞き違えたりする,ととってしま
うと,もうめちゃめちゃになります。ここは,入り乱れる,入り混じる,とぃ
つたほどの意味。「うへ」は上下の「上」ではなく,その近く,そばの,とい
った意味です。春となり,共同井戸のまわりには村の乙女たちがいっせいに出
てきて,飲み水として汲み上げていたり,ものを洗ったり…。楽しげな笑いの
渦がときどき湧きおこったりします。そのそばにカタクリの花が群生してい
る。カタクリのみずみずしさと可憐さ,そして村の乙女たちの生きいきとした
すがたがあざやかな対比をなして,その明るさに家持は春の到来を実感した,
ということじゃないでしょうか。この歌人の春の歌でもっとも有名なのが,
春の苑 くれなゐにほふ桃の花/下照る道に出で立つおとめ
ここにも乙女がいますが,この印象と堅香子の歌にはつながるものがある,と
見るのは穿ちすぎでしょうかねぇ。
(中原中也の詩で、その先生とは、何かと対立したっけ。
◆中也の詩。どの詩だろうねぇ。「汚れつちまつた悲しみに…」かな,「冬の
長門峡」かな,「帰郷」かな…。昭和詩壇屈指の抒情詩人の詩魂を教室で探る
にはおのずと限界があろうというもの。解釈の適・不適よりは,この人の詩な
どはぜひ声にして読んでみたいものですね。
◆「花カタクリ」で検索をかけるとインターネットでたくさんのすばらしい写
真が見られます。執念を燃やすに値打ちある花ということでしょう。
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かたかごの花 from今月の1枚を拝読しました
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さとみさん (2004年04月30日 23時25分)
がのさんへ
5月の一舞い(いえ、一枚)感動しました。
もののふの八十おとめらが汲みまがふ
寺井のうへの堅香子(かたかご)の花
(萬葉集/大伴家持)
なぜか、この句は、高校の授業でやったのを覚えてます。
袖をまくって井戸の水を汲んでいる娘達の白い腕に光る水のしずくと、かたく
りの花に光る朝露が美しい情景だと思う、と書いたら、解釈が違います。って
言われたのを覚えている…
(中原中也の詩のテストで、作者はどんな思いを描写してるか、等々という質
問に、詩は個人の解釈なので、試験で評価をするには、適さないと、書いて、
白紙で出して以来、その先生とは、何かと対立したっけ。あ、済みません。個
人的な苦い思い出話。ラボッ子式にやっちゃうと、結構、学校では、戦う場面
があるのです。それなりに。今は昔…)
で、書きたかったことは、国語の教科書にも、がのさんのお写真のような気の
利いたものが載っていれば、もっと、印象深く心に残っていくのでしょうにね
ぇ。ということです。
それにしても、蝶を引き寄せる為に、舞うように花弁を開き、そして、光や雨
を避けるために敏感に閉じる、、、大胆かつ繊細とは、、、ますます魅力的で
すよね。この花
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Re:Re:★ネーミングの不思議(04月24日) [ 関連の日記 ]
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がのさん (2004年04月30日 22時14分)
ちこらんたんさん
>以前わがパーティでポアンホワン家の雲たちの名前をつけたという日記のと
き、がのさん、ワクワクしてらっしゃいましたよね。
⇒どうしましたか,その後。ポアンホワン家のみんなにイメージゆたかな名が
つきましたか。ほかのところでそんな話題をしたときに出たものに,
お母さん雲は「ふんわこ」さん
お父さん雲は「もっくら」さん
お姉さん雲は「ほんわか」さん
そしてイタズラぼうずの雲は「あんぽんたん」(これ,わたしがつけたんじゃ
ないですよ)
やっぱり,子どもたちの発想にはかないませんね。
「クスノキひろば」いいですねぇ。私も集いたくなります。
⇒なんの風趣のない公園なんですがね。こんど花を植えることにしました。う
まくいった例もありますが,じつは失敗したのも。小公園の片隅にある水飲み
場には「笛吹きのいずみ」と。どうやら凝り過ぎでぜんぜん定着せず。500メ
ートルにおよぶケヤキ並木につけた「グリーントンネル」もどうやら失敗。ネ
ーミングってむずかしいですね。
ところで私のハンドルネームは、からかいたくなるもののひとつかしら?
⇒やっぱり,そう思われます? 勘がいいからなぁ,ちこちゃんは。
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がのさんのお花の写真を観に。。。
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サンサンさん (2004年04月30日 20時02分)
ピーターパンの発表が終わってほっとしているところです。
ほんとに大勢で一つのテーマに取り組むことは大変なことでしたが、楽
しくもありました。
ほっとして、がのさんのところの写真を見に来ました。
ここは、私にとって癒しのHPです。
まぁ、辛口トークもありますが、気にせず。。。
きれいですね、お花達。
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Re:★ネーミングの不思議(04月24日) [ 関連の日記 ]
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ちこらんたんさん (2004年04月30日 12時47分)
名前って大事ですよねー。私も、ネーミングは大好きなんです。
そういえば、以前わがパーティでポアンホワン家の雲たちの名前をつけ
たという日記のとき、がのさん、ワクワクしてらっしゃいましたよね。
「クスノキひろば」いいですねぇ。私も集いたくなります。
名づけといえば、息子の名前をずーっと「他のものにすればよかった」
と思っています。これでも考えてつけたのに何たること!親にそう思わ
れていては息子もかわいそうなので、言いませんけどね。
ところで私のハンドルネームは、からかいたくなるもののひとつかし
ら?
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Re:Re:Re:★ネーミングの不思議(04月24日) [ 関連の日記 ]
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ざわざわさん (2004年04月30日 05時12分)
??「テレビ言語」の意味を間違えていらっしゃるのでは??日本語はラジオ
のように聞いているだけよりも、視覚的に文字を見てイメージが広がる言語と
いうことです。だから「テレビ言語」。対するものとして、英語は、聞くだけの
イメージと文字を見てのイメージにそんなに差がないから、ラジオで充分とい
う意味です?
がのさんの「テレビ」に対する気持ちよくわかりました。私はテレビ嫌い。子
どもが小さいころ、2年間テレビのアンテナをはずしました。ポケモンがおお
はやりの頃です。ですから「見たいものがあったら、おともだちにビデオをお
願いしましょうね」なんて言って撮ってもらったりしました。そこまでして見
たいとなると、だんだん絞られてそしてついにはいらなくなりました。
子どもがテレビを特に必要としないことがわかったのち、またテレビのある生
活に戻りました。こだわりを持つことは大切だけど、自分の反対側にいる人の
気持も理解しないと世の中から取り残されることも事実。これも職業上必要な
部分と思って、好きではないけれど、見ています。
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Re:Re:★ネーミングの不思議(04月24日) [ 関連の日記 ]
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がのさん (2004年04月29日 11時57分)
ざわざわさん
(3枚目の掲示板です。まずいねぇ,これ,長くって)
さて,ひとのことは批判しても,自分のこととなると…。ことばには十分気
をつけねばと思っても,気にしていたら何も云えない。沈黙は金ともいいます
が,それもねェ~。もう,かまっちゃいられない。わたしなんぞは,間違った
り相手に失礼を犯してしまったら,ハイ,ごめんなさい,と,即アタマをさげ
る軽薄オトコに徹することにしていますが…。
「荘子」のなかにこんなことばがあり,ちゃんと考えねばならないかなぁ,
と思っているところ。しかし,わたしはただの貧困なる匹夫,聖人じゃないも
んなぁ。
弁ずるは黙するに如かず
至言は言を去る
知る者は言わず
言う者は知らず
故に聖人は不言の教を行なう
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Re:Re:★ネーミングの不思議(04月24日) [ 関連の日記 ]
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がのさん (2004年04月29日 11時44分)
ざわざわさん
(つづきです)
ご承知のように,わたしはよく,わけのわからない難しいことばを書くと批
判されます。こども向けの童話のようなものを書くときでさえ,いつのまにか
難しくなってしまいます。困ったものです。カチッとしたことばのほうがどう
しても生理的に合っているのでしょうね。この「ひろば」での最近の例でいえ
ば,わたしたちの世代がごくふつうに使う「悪妻」なる謙譲なことばが耳ざわ
りだというので,それなら「糟糠の妻」はどうじゃ? というとき,わたしと
してはごく軽い遊びのつもりが遊びにはなっていかないで,わが身のアナクロ
ぶりを思い知らされるだけに終わります。無理もありません,ヌカミソくさい
女房という概念はもうこの社会にはないし,長いあいだ貧苦をともにしてきた
相棒なんて,いまどき流行りませんのでね。ましてや,ざわざわさんのような
スキッとした生き方をなさっている女性を思えば,行って帰って来るほどの距
離があります。さらにこれが,文字を離れて「ソーコー」と口で云われたら,
もうさっぱりわかりませんよね。
こんなふうにして,書くこと・読むことが喪われ,日本的な感性が否定さ
れ,その美しいことば,イメージゆたかなことばは死語となって累々と積み上
げられていくのでしょう,マス・メディアがその牽引力となって。
テレビのことばをいちいち気にしていたら,生きちゃいけない,というのが
実感。昨夜ちょっと見た教養番組で「古式豊かに」と,さる大学教授が得意げ
に云っていました。いまではもう,ふつうにそう云っているかも知れません
ね。それを云うなら,せめて「古式ゆかしく」とか,「古式にのっとって」と
云ってほしいと思うのですが。さらに注文をつけるなら,勝手な感想を述べる
ならともかく,解説としてそれを語るのなら,もっと客観的な表現をとるべき
で,「古式に従って」「古式どおりに」,もっと平板にいうなら「昔ながらの
形式を踏みながら」くらいにしてもらいたいもの。
(ゴメン,さらにつづきます)
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Re:Re:★ネーミングの不思議(04月24日) [ 関連の日記 ]
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がのさん (2004年04月29日 11時39分)
ざわざわさん
>「日本語はテレビ言語」といったのは言語学者の鈴木孝夫さん。文字-視覚
と音-聴覚の両方からイメージを作っていく言語なんですね。外国人には想像
できない世界。
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それは,よいことなのか,悪いことなのが,たしかにテレビがつくっていくこ
とばってありますね。その影響力は,わたしたちことばに携わる者がどんなに
ふんばっても太刀打ちできないです。それは,お笑いタレントが次つぎに生み
出す下品な流行語だけでなく,放送用語なるものもあります。こちらは学者た
ちも加わってかなり真面目に取り組まれているもので,不適切な差別的言語を
排除していくことはもちろん,耳で聞いてすぐわかることば,という基本的な
路線に沿ってことばづかいのマニュアル化が日々進められています。これに則
って放送がされていきますと,日本語は全般的に,カドが削られて規格化さ
れ,どんどん平易な,丸みのあるものばかりになっていくような気がしていま
す。日本語にせよ英語にせよ,ラボで追求してきた,一発でひとの胸板をぶち
抜くような個性的なことばは,もうすぐ通用しなくなっていきかねません。
「魔女のオナラに地獄のゲップ」…! とんでもないことばということになり
ます。どうしましょう。
(字数オーバー。次へつづきます)
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Re:★ネーミングの不思議(04月24日) [ 関連の日記 ]
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ざわざわさん (2004年04月29日 06時46分)
「日本語はテレビ言語」といったのは言語学者の鈴木孝夫さん。文字-視覚と
音-聴覚の両方からイメージを作っていく言語なんですね。たぶん英語よりも
日本語の方が目読は早いのではないでしょうか。多少のニュアンスも文字のボ
リュームなくして伝えられるところなんて、外国人には想像できない世界。
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