Re:Re:★8月6日、わたしの場合、あなたの場合-2 [ 関連の日記 ]
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がのさん (2004年08月08日 22時46分)
ちびままさん《承前》
それと同時に、命を軽んじがちなこのごろの子どもたちに何かの機会にぜひ伝
えてほしいと願っていることがあります。沖縄のことばで「チュクルチェーニ
ンダラン」というもの。その意味は、人を傷つけたら眠れない、ということら
しいです。琉球王府のころからのことばだとか。人と争って勝ったところで、
相手を傷つけた寝覚めの悪さは、自分が傷つけられたよりももっともっとこた
える、その痛恨は10年や20年では水に流せるような問題ではない、だから最
初から戦わないという、大国支配の歴史の波にさらされつづけてきた沖縄びと
のすばらしい平和思想。謙虚に学びたいものです。
地球はあと100年しかもたない、とまことしやかに説く学者がいます。100年
先まで自分は生きていないから、知ったこっちゃないとは云えません。事実、
この現在でも地球の7つか8つをふっ飛ばすだけの核が世界には存在するとい
います。自分の目先のことばかりでなく、地球の未来のために何かをしなけれ
ばならないように思えますが、いっしょに考えていきませんか。
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Re:Re:★8月6日、わたしの場合、あなたの場合-1 [ 関連の日記 ]
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がのさん (2004年08月08日 22時45分)
ちびままさん
>祖母が毎年この日は欠かさず平和公園と亡き兄弟の眠るお墓に足を運んでい
たことです。祖母の兄弟は殆ど原爆で亡くなりました。だから毎年この時期
になると戦争の頃のことが話題になり、学校ではスライドを見たり課題図書が
「ふたりのイーダ」だったり。広島は8月は特別な季節でした。ところがこち
らに越して全く変わりない8月を迎えた時はびっくりしたものです。
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ありがとうございます。ご実家が広島で、大事な近親者をあの原爆で喪って
おられる…。つつしんでお悼み申し上げます。8月6日、8月9日がどういう
日か、平和ボケのなかでその記憶は風化し、関心が薄くなり忘れられようとい
ている事態を前に、それを歎いたり、誰かを批判し非難する気にはなれません
が、せめて自分くらいはできる範囲で具体的な一歩をスタートさせたいものと
願っています。さあ、どこからスタートするか。幸いわたしは、貧乏してでも
自由がいいとしてあらゆる組織と一定の距離をおき、だれからも拘束のワナを
かけられない立場にありますので、あちこちで勝手なことをやっております
が、テューターのみなさんの場合はどうでしょうか。それぞれの立場がありま
すので、あまりここで提言めいたことは云いたくないのですが、叶うことな
ら、子どもたちがいつでも目にすることのできるところに「ふたりのイーダ」
とか「はだしのゲン」、あるいは丸木俊・位里の絵本「ヒロシマのピカ」「原
爆の図」くらいはおいておきたいと思うわけですが、どうお考えでしょうか。
(つづく)
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Re:★8月6日、わたしの場合、あなたの場合(08月06日) [ 関連の日記 ]
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ちびままさん (2004年08月08日 18時21分)
はじめまして、広島に実家があり今は埼玉でラボをしています。
私が子どもの頃も登校日でした。それより何より印象的なのは祖母が毎
年この日は欠かさず平和公園と亡き兄弟の眠るお墓に足を運んでいたこ
とです。祖母の兄弟は殆ど原爆で亡くなりました。だから毎年この時期
になると戦争の頃のことが話題になり、学校ではスライドを見たり課題
図書が「ふたりのイーダ」だったり。広島は8月は特別な季節でした。
ところがこちらに越して全く変わりない8月を迎えた時はびっくりした
ものです。ニュースで少し取り上げる程度。「秋葉市長が・・・」という言
葉であーあのひと市長になったんだ、と気付く程度でした。我が子が小
学校の中学年になった頃、夏休みに帰省し原爆資料館に連れて行きまし
た。ショックだったようです。あの後、学校の図書室の隅にあった「は
だしのゲン」を読みあさったらしいです。私が子どもの頃ももうすでに
広島の日常は戦争とは無縁のものでしたが、資料館に訪れた時は数日一
人で寝れないほどおそろしかったし、それ以後見聞きしたことはあの恐
怖を呼び起こすものでした。広島以外の子どもにも訪れてほしいと思い
ます。
今年の6日はラボランドでした。日にちの感覚をなくすあの場所で「あ
ー今日8月6日だったんだね」とつぶやいたらそばにいたラボっ子に
「それが何?」と聞き返されてしまいました。
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Re:Re:★8月6日、わたしの場合、あなたの場合-2 [ 関連の日記 ]
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がのさん (2004年08月07日 18時27分)
もんろおさん《承前》
これと同様なことを広島平和シンポジウムの基調講演で作家の澤地久枝さんが
語っていますね。人類が滅びるのは「身から出たサビ」だから仕方ない。しか
し、核兵器は地球のすべての生命を道連れにしてしまう。核兵器を廃絶する以
外に地球や人類が生き延びる道はない、と語り、わたしたちは次なる命のた
め、未来のために役割を果たす人間として生きていきたい、という。そう、未
来のために自分のできる範囲のことをしなければならない。ラボの世界にぬく
ぬくとこもって野郎自大でいていい時代ではない、そんなふうにいわれている
ように思えますが、どうでしょうか。
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Re:Re:★8月6日、わたしの場合、あなたの場合-1 [ 関連の日記 ]
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がのさん (2004年08月07日 14時49分)
もんろおさん
>テレビで流れる式典の様子や、8:15に黙祷をするのは全国的なことだと
思っていましたが、転校して東京に行った時8:15が何の意味も持たない
ことを知り、ちょっとショックだったのを覚えています。
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ありがとうございます。
広島で育ち広島に住んでおられるもんろうさんにとって、8月6日という日
は、いつもどおりのふつうの日というわけにはいかないでしょうね。もちろ
ん、日本人だれにとっても、いや、人類すべて、生類すべてにとってそれは特
別の日のはず。ところが、ラボにあってはそれを口にするのは歓迎されないこ
ととされてきました。わたし自身も在職中はだいたい口をつぐんできたように
思います。広島・長崎を語らないでも平和は語れる…。そうでしょうか。見て
も見ぬふりをして、風船ダマのようにきれいだけれど軽く空っぽな存在でい
る、それが責任ある市民の態度でしょうか、バランスのとれた社会の一成員と
いえるでしょうか…、そんなふうに思うこのごろです。
ここ数年、秋葉市長の平和宣言を新聞の切り抜きで取ってあります。詩人では
ないかと思えるほどこの人のことばは美しく力があり胸にこたえます。2001
年には「平和と人道の世紀」づくりを宣言しました。イラクの人質事件などに
ふれるとこれは空念仏にも聞こえますが、たしかにここから世界の主要な大学
で「広島・長崎講座」が開講された意義は小さくないように思います。2002
年、憎しみと暴力、報復の連鎖を断ち切る和解の道が訴えられ、重ねて核兵器
の絶対否定と戦争の放棄が呼びかけられました。2003年、時代が逆行し戦後
から戦前へ舵が切られている国内外の状況を指摘し、この暗闇を消すことがで
きるのは力の支配という暗闇ではなく、法の支配という光だとし、光を掲げま
した。
そして今年。未来へ向かう流れを具体的につくるとし、「行動の1年」を宣言
しました。世界の各地に平和の種を一人ひとりの手で蒔くという活動。それを
よりどころにしつつ核兵器廃絶のための緊急行動を展開するとしています。い
よいよ行動のときです。自分に何ができるだろうかは今は問わないとして、こ
うした志に感動し共鳴いたします。(つづく)
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Re:★8月6日、わたしの場合、あなたの場合(08月06日) [ 関連の日記 ]
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もんろおさん (2004年08月07日 12時17分)
私が小学生の頃はこの日は登校日でした。
今は違いますね。
テレビで流れる式典の様子や、8:15に黙祷をするのは全国的なことだと
思っていましたが、転校して東京に行った時8:15が何の意味も持たない
ことを知り、ちょっとショックだったのを覚えています。
95年のシャペロンの時(戦後50年)ホストファミリーのお隣さんが雑誌の特集の記事を
見せてくださったことを想いだします。
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Re:Re:掲示板から―2
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keikoさん (2004年08月07日 10時06分)
がのさんへ
神社そのもの、信仰に関心が強いのでなく、旅に出ると素晴らしい自然が残っ
ているところが神社や寺院である場合が多いので立ち寄っているだけなので
す。でも鹿島神社のみ訪れていないだけですのでよく歩いているほうなのでし
ょうね。根津権現さまも知らないのですが、箱根神社の風景は何度も出会って
います。富士山そのものが見たくてその方面にはよくでかけます。がのさんの
表現にかかると何度も見た景色が違ってよみがえってきます。
明日からキャンプです。たくさんのこどもたちとの出会いから学ぶことができ
る自分でありたいと願っています。
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Re:Re:★8月6日、わたしの場合、あなたの場合(08月06日) [ 関連の日記 ]
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がのさん (2004年08月06日 19時24分)
Hiromi~さん
>強烈な印象はラボの世界のインタビューで、丸木俊さんをお訪ねした時のこ
とです。がのサンもご一緒ではありませんでしたか? 丸木さんの強烈な話
とどくろのお面。今でも思い出します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お~っ、よく覚えておいでですねぇ。もう30年近く前のことになりますよ。
ひととおりお話を終えたところで、みんな丸木さんの前に坐わらされ、そのド
クロのお面を見せられて、子どもたちとともに「原発やめろ!」「核はストッ
プ!」を声を揃えて唱えさせられました。び~っくりしましたね。ほんと、ち
ょっとヤバイ雰囲気でしたよ。いまにして思えばなつかしいですが。
そのあと美術館のほうに移って見せてもらった原爆の図。わたしにとっても初
めて見る絵でしたが、その飲み込まれるような圧倒的な力の前でからだはフワ
フワ、半意識の眩暈状態でその悲惨なさまを見、完璧にうちのめされたもので
した。正視できないような無惨さ、しかししっかりと見ろといわれましたね。
この時期になるとあの絵がときどきテレビなどで紹介されますが、その衝撃は
いつの場合も新たです。それにつけても、あのときのはげしい衝撃と感動をい
つまでも風化させないために、わたしたちはどうすればいいのでしょうねえ。
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Re:★8月6日、わたしの場合、あなたの場合(08月06日) [ 関連の日記 ]
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Hiromi~さん (2004年08月06日 17時31分)
私自信の中にはこの日の記憶というものは全くありませんが、生まれていた
事は事実です。名前の紘美とう文字も父が八紘一宇とか何とか行ってつけたそ
うですから、嫌でも終戦前の日本人の気持ちだったのだろうと。今では変わっ
た字ですねなんていわれるくらいですが。
強烈な印象はラボの世界のインタビューで、丸木俊さんをお尋ねした時のこ
とです。がのサンもご一緒ではありませんでしたか???丸木さんの強烈な話
とどくろのお面。今でも思い出します。
丸木美術館の数々の広島の絵。最初見たときは怖くて目がむけられませんで
した。
広島の平和公園の千羽つるに火をつけた大学生。その学生の大学で平和教育
が始ったというニュース。なんともやりきれない話題ですね。
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Re:掲示板から―2
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がのさん (2004年08月06日 00時41分)
keikoさん《承前》
わたしはそれぞれの神社の色、鳥居の色についてこれまでに調べたことはあ
りません。最近この目で見た印象でいえば、ひとつは箱根神社のもの。成川美
術館のテラスから見た鳥居で、深い緑にうずまりそうになりながらもそのまっ
赤なすがたを主張していましたし、芦ノ湖の水面にその影を映して美しい踊り
を見せてくれていた鮮やかなすがた。もう一つは、東京の根津権現さまの鳥居
で、こちらは赤というよりは黒に近い臙脂色。めずらしいと思って見ました。
金色の鳥居については残念ながら知りません。
鳥居ではありませんが、この正月の初詣で、金色の天狗のお面を見ました。
縁起ものの天狗のお面といえば「赤」と相場が決まったものと思っておりまし
たら、まあ、キンキンキンの天狗さま。そういえば、金色のだるまさんもこの
ごろは目にしますね。だれが買っていくのでしょうか。いかがでしょう、金色
の鳥居も金色の天狗のお面もだるまさんも、人間の奢りと金満意識が生み出し
たもので、先の丹塗りの神社、力と富を誇示する神社と同じと考えてはどうで
しょうか。ただし、いまや赤の株がさがって金の株がハネあがってきたと。
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