Re:Re:Re:Re:★笑いの生理、狂言のおかしさ―1(10月13日) [ 関連の日記 ]
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がのさん (2004年10月15日 21時01分)
スミティさん
狂言って、読んだり聞いたりしたのでは、なかなかその面白さは分から
なくて、見たり、やったりする方がいいですよね。私も高校時代、堅苦しい古
文で最初に出会うのではなく、本物を見たかったなア。
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そうでしたか、スミティさんにしても、教科書でふれる古典文学はつまらなか
ったですか。
教室を離れ、ラボをも離れて観た狂言に、思いがけないこころの解放とほかほ
かした愉しさを覚えたとして、さて、日ごろがんばっておられるテューターの
みなさんにお尋ねしてみたいことがあります。
たとえば、ご自身、「柿山伏」をほんとうに笑いましたか?
「三人のおろかもの」を生理の底から笑い尽くしましたか?
ラボ・パーティにあって、笑ってばかりいて英語のお勉強になるか、といえ
ば、…ならないでしょう。笑いなんぞ、人が生きるうえで何ほどのものぞ、と
いわれれば、…何ほどのものでもないでしょう。
しかしまあ、ご存知のように、ラボ・ライブラリーはなかなかうまくできてい
まして、上記のようなものもちゃんとはいっています。狂言、とまでは限って
いわないでも、その周辺のものに、もっとも自然な笑いの原質がある、いや、
人間の原質がそこにある、…なんて鹿つめらしく云おうものなら、さっそくみ
なさんに嫌われ、反発をくらうことになるのでしょうけれど。
でも、こうしたものを「教科書」にして子どもたちに教えこむことは、できる
だけご遠慮いただきたい。わたしたちが中学校や高校の教室で古典を教えこま
れたときと同じにしないでいただきたい。本来、わたしはラボのみなさんにそ
んなことを云う立場にはありませんが。
そう、「柿山伏」は無理に「教え」ないでもいいんじゃないでしょうか。「三
人のおろかもの」を、みなさんの洗練された知性で過剰につっつきまわすのも
どうでしょうか。子どもそれぞれのしなやかな情調をもってじかにふれてもら
えば十分。いいじゃないですか、英語教育につながらなくっても。(つづく)
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Re:Re:Re:★笑いの生理、狂言のおかしさ(10月13日) [ 関連の日記 ]
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スミティさん (2004年10月15日 08時29分)
だって、そこは博物館ではなく、すぐれて今に生
きている人間劇の世界なんですから。
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狂言って、読んだり聞いたりしたのでは、なかなかその面白さは分から
なくて、見たり、やったりする方がいいですよね。今回、高校の国語の
先生をお誘いして一緒に行ったのですが、私も高校時代、堅苦しい古文
で最初に出会うのではなく、本物を見たかったなア。
今、という時代の「笑い」
がのさん「エンタのかみさま」なんて番組、見ませんよね。若いお笑い
芸人の卵?がやっている。子供たちに人気の番組なんですが。結構、い
いセンスしてるのもあります。じっくりは見たことないのですが。
わかものは、大人をよく見ているのかも。
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Re:Re:★笑いの生理、狂言のおかしさ(10月13日) [ 関連の日記 ]
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がのさん (2004年10月14日 17時25分)
スミティさん
>狂言は人間のさまざまな欲望 食欲、性欲、権力欲などを認めて、見事
にスマートに、明るく笑いにしている、すごいなあと今回あらためて思
いました。ついでにあの舞台の構図。この衣装、この色、この位置。何百年の
間守られてきた「形」は、納得。「美」になっているんですよねえ。動かせ
ないなあ、と。
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ありがとうございます。そうなんですね。狂言を観るたびに思うことですが、
狂言の世界にはへんな山っ気はありません。もったいぶった神秘性もなけれ
ば、政治性、宗教性もありません。すこぶる謙譲な庶民性、日常性のなかにあ
ります。あとに何も残らない純粋な笑い、というのでしょうか。決して、まわ
りくどい知性に訴えるようなものではなく、人それぞれの柔軟きわまりない情
調という近道を通って、じかにわたしたちのこころに語りかけるものであっ
て、そこへ導いてくれるのが「様式」なのでしょう。これを誤解して、神聖な
る舞台上で繰り広げられる特別な大演劇のように思ってしまうと、もう、ちっ
ともおもしろくありません。だって、そこは博物館ではなく、すぐれて今に生
きている人間劇の世界なんですから。
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Re:★笑いの生理、狂言のおかしさ(10月13日) [ 関連の日記 ]
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スミティさん (2004年10月13日 23時52分)
たった今、三本柱と柿山伏の本を見てたところでした・・・
1975年制作。30年近く前、万作さんも今の萬斉さんくらいのお歳
で、万之丞さんもお父さんの万蔵さんも。
これを西洋の人が見たらどんな感想を持つのかなと思いながら。
狂言は人間のさまざまな欲望 食欲、性欲、権力欲などを認めて、見事
にスマートに、明るく笑いにしている、すごいなあと今回あらためて思
いました。
ついでにあの舞台の構図。この衣装、この色、この位置。何百年の間守
られてきた「形」は、納得。「美」になっているんですよねえ。動かせ
ないなあ、と。
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Re:Re:「良寛」読みました。
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Play with meさん (2004年10月05日 22時56分)
日々多事多用なテューターさんにわたしは水上さんの「良寛」を読めと押し付
けてしまったのでしょうか。
→ いいえ、押し付けられたのではありません。
がのさんの奥座敷を散策させて頂いて、よまなくっちゃ!とかってにおも
ったのですよ。悪しからず。
不思議なくらいこころが透き通ってくるようには思われませんでしたでしょう
か。
→ 本当に「欲」にとらわれないいきかたをしなくては!!とすがすがしい気
持になりました。なかなかできそうにありませんけれど。。。
もう一度読み返すともっと深い感銘を受けることと思います。
すべてを棄てて自制的な生きかたに徹した良寛さん。しかし、その最後にここ
ろ通わせあった貞心尼というすばらしい存在があったことが、あたたかい輝き
をもって想い出されます。あこがれますねぇ、あんな女性に。
→ 本当によかった。。。と暖かい気持になりました。
読み進んできて、貞心尼と弟に看取られた最後でやっと安心のできた気持
になりました。
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Re:チンダル湖の画像
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がのさん (2004年10月05日 22時25分)
Play with meさん
>あのつり橋渡られたのですか? 私は足はがくがく、もう手すりにかじりつ
いていることでしょう!!(@-@)もう、なんか心臓パクパクしそうです。
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〔この画像についてはPlay with meさんのHPの「画像掲示板」をご覧くださ
い〕静岡の某テューターさんのご紹介を得て昔の仲間たち10人で奥大井に行
ってまいりました。写真は寸又峡温泉の奥にある、大間ダム湖にかかる吊り
橋、その名も「夢の吊り橋」です。はい、一歩ごとにゆらゆら、ふらふら…。
下を見たら目がまわります。何よりも、湖水の吸い込むようなあの色。地獄に
来たのか、極楽にいるのか…。一口にエメラルドグリーンといってしまいます
が、そんなふうにスパッといってしまっては味もそっけもない不思議な色。
この旅は大井川に沿って上りくだりするもの。途中にはいくつもの吊り橋がか
かっています。たとえば、塩郷というところにはもっと長い吊り橋があります
が、これは日常生活にも使われている橋で、同じように揺れてもそんなに恐い
とは感じられませんでした。馴れもあったかも知れませんが。それにひきか
え、チンダル湖の不思議な色の上をわたる吊り橋では、肝がイモになるほどの
恐怖を覚えましたね。
箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川、と詠まれる川。島田には約
1キロにもおよぶ長い長い木の橋がはるかむこう岸まで架かっていましたし、
今回は温泉三昧の旅であり、川(橋)三昧の小さな旅でした。SLの楽しみあ
り、「美女づくりの湯」と賞される天然温泉あり。一度いかがですか。
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Re:「良寛」読みました。
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がのさん (2004年10月05日 21時28分)
Play with meさん
>なかなか困難でした。漢字は読めないし…理解に苦しみました。
「こころのおもむくままに」生を全うされた良寛さんに深く感銘します。
「死ぬ時節には死ぬがよく候」は深く残ります。
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あら~! 水上勉の死に関連してでしたでしょうか。日々多事多用なテュータ
ーさんにわたしは水上さんの「良寛」を読めと押し付けてしまったのでしょう
か。ずいぶん無茶なことを言ってしまったものです。欧文で書かれたものなら
いざ知らず、英語に日ごろ親しんでおられる人に古蒼な漢詩のたくさん折り込
まれた本を読めとは!
こころより敬意をおくります。でも、いかがでしょうか、読み終えて、理解お
よばない部分をたくさん残しながらも、不思議なくらいこころが透き通ってく
るようには思われませんでしたでしょうか。良寛さんの高い精神性にはとても
とてもおよびもつきませんが、生きていることが恥ずかしくなくなってくる、
とでもいうか…。
この夏の記録的な猛暑、それに度重なる大型台風、地震、お山の噴火と、なに
やら自然が悪意の牙を向けてわたしたちのうえにのしかかってきたとき、災害
を受けられた方がたにははなはだ申し訳ありませんが、「災難に逢う時節に
は、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候。是はこれ災難をのが
るる妙法にて候」ということばが頭にうずを巻きます。
そして、ここ2~3日の冷たい雨が一挙に本格的な秋を引きつれてやってきま
したが、辞世の句とされる「うらをみせ おもてをみせて 散るもみじ」が口
辺にうかぶ季節。清貧孤高に生き、大自然とともに無理なく在った人が親しみ
をもってこちらに近づいてくるような…。「この世に何の所有もなく、心に是
非もなかった人が死ぬけしきは、なるほどもみじ葉がうらを見せおもてを見せ
ながら落ちるのに似ている」とこの句を読む水上勉そのひとのおもかげとも重
なって、しみじみとさせられます。
すべてを棄てて自制的な生きかたに徹した良寛さん。しかし、その最後にここ
ろ通わせあった貞心尼というすばらしい存在があったことが、あたたかい輝き
をもって想い出されます。あこがれますねぇ、あんな女性に。
久々に良寛さんのことを想い出させていただきました。
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「良寛」読みました。
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Play with meさん (2004年10月05日 19時46分)
なかなか困難でした。
漢字は読めないし・・・理解に苦しみました。
でもまずショックだったのは、「人権差別が近年まで行われていた」ことで
す。良寛さんの伝記ぐらいな気持で軽くふみこんだのですが、な、なんと重い
内容で息苦しくなるようでした。
いつもならとっくに中断しているだろう読書ですが、がのさんに励まされてい
るようで、2週間以上もかけて、読みました。
最後まで、裏づけされた内容にもひきつけられたのでしょう。
中唐のほう居士と娘の霊照女の坐亡や息子の立亡は「あの星の王子さまの死」
とどこか似通っていると思いました。
こちらは、事実に即しているのでもっと強烈です。
「こころのおもむくままに」生を全うされた良寛さんに深く感銘します。
これはそんなに遠い話ではないと実感しました。
我が家を建て替える時に見つけた年貢米の書付が文化十年と記されていまし
た。あの五輪さんの生きられた時代なのでしょうね。
そして、良寛さんの無を生きられた時代だと思うと親しみさえ感じます。
こんな感想しか書けません。
「死ぬ時節には死ぬがよく候」は深く残ります。
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チンダル湖の画像
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Play with meさん (2004年10月05日 10時40分)
ありがとうございました。
いつも気がつくのが遅くて失礼しています。
あのつり橋渡られたのですか? 私は足はがくがく、もう手すりにかじりつい
ていることでしょう!!(@-@);
Play with me 10/ 5(火) 10:31
素晴らしいながめですね。
スイスにでもご旅行かと思いました。
下を見ればこわそう!!
実は、つり橋のような足元が見える場所など苦手なんです!! もう、なんか
心臓パクパクしそうです。でもみたいし。。。の心境です。
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Re:いちご
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がのさん (2004年09月29日 14時03分)
スミティさん
>トップの写真、なんと言うイチゴなんでしょう。このイチゴはどんな味なん
でしょうか。
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さあ、名前は聞きそびれてしまいました。野イチゴを園芸用に改良したものだ
そうです。塀からホロリところげ出ているかわいい実、おいしそうですね。
「ひとつやってみませんか」といわれて一粒つまみ、口に入れてみましたが、
正直、うまい、…とはいいがたい味でした。やはり観賞用なんでしょうね。
*画像は変えてしまいました。どうぞ悪しからず。
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