Re:★「わだつみ…」と隼人舞いをめぐり(10月23日) [ 関連の日記 ]
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とんかつ姫さん (2004年10月24日 00時57分)
へ~え、めちゃ興味深いです。
この話は「国生み」の中でもエキゾチックと言うか南方的で興味深かっ
たですが。
うちはとても変な所に結論を持っていって、ラボッ子たちと「釈然とし
ないね」と語ったことがあるんですよ。
間違ってるかもしれないけど、ホオリのこどもを密に出産したトヨタマ
ヒメはワニ子を産んだ、その子(または子孫)がヤマトタケルノミコト
になった、と読んだ子が「え~私たちの先祖はワニだったの~?」と言
ってまして。 わたしゃ何とも説明の出来ない思いをしたことがありま
した。
アカデミックじゃなくってごめんなさい。
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Re:★「わだつみ…」と隼人舞いをめぐり(10月23日) [ 関連の日記 ]
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さとみさん (2004年10月24日 00時52分)
がのさま
『わだつみ、、、』についての背景を教えていただきありがとうございます。
聴いている時は、わからないのですが、実際に兄(ホデリ)役で動いた人が、
隼人舞いをしてみると、とっても屈辱的な気持になって、哀しくなってきた、
という意見がありました。なるほど、そういう背景がね~。
以下は、「隼人舞い」についての資料から
ーー 自分の釣り針に固執した兄海幸は、弟の山幸の得た塩盈玉でなぶられた
あげくに結局は降参する。それ以降、海幸の一族は、山幸一族への服従を示す
ために塩盈玉で溺れた様を演じ続けることを強いられ、それが隼人舞という芸
能になったという。
海幸の子孫たちは、おそらくは征服者たちの嘲笑と蔑視を浴びながら、一族
の敗北の様を演じ続けたのだろう。その永遠に続く屈辱の記憶の繰り返しは、
彼らから復讐への意志を奪い、その魂の深部に底なしの空洞を空けてしまう。
征服者による恐ろしいほど残酷な心理作戟だ。ーーーー
ラボのライブラリー『わだつみ、、』は、美しい音楽と、調子の良い「隼人舞
い」の音楽が心地よく、どろどろとした政治の臭いが、一見はしないのです
が、ちゃんと、兄役になりきってみて動いてみると、隠された心理が見え隠れ
するのです。(んんん、奥が深いな~。)
ライブラリーの終わり方として、ふたりで、声を出して大笑いして、兄も弟も
一緒に踊ってしまうのですから、他3話に比べて、とても、海に抱かれている
ような大らかさを感じ、心地よい仕上がりになっている気がします。
それにしても、豊玉姫からの恋の詩だけで、なぜ、ホオリからの返事の詩は、
ラボライブラリーでは、カットしてしまったのかしら?あなたなら、この詩
に、どんな返歌をしますか?という投げかけでしょうか?
がのさんなら、どんな返歌を返されますか?きいてみた~い!!
赤玉は 緒さへ光れど、
白玉の 君が装いし
貴くありけり。
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来ていただいてありがとう
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ふしぎの国のアリスさん (2004年10月23日 20時20分)
川崎洋さんのことメッセージありがとうございました。
本当に残念なことです。もっと、もっと、ラボと関わって欲しかったです。
『大草原の小さな家」の日本語訳はほんとに優しくて温かい言葉がぎっしりで
す。今年のウィンターキャンプはきっと楽しい時だと思います。
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Re:良寛さんのことば
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がのさん (2004年10月20日 21時06分)
Play with meさん
>すみません。勝手に使わせて頂きました。毎日自戒です。
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「ことばの旅路《1》」の〔4〕からですね。むだなことばは慎しむべし、長
ばなし、軽はずみなおしゃべりはだめ、ひとの話に耳を貸さないのは最悪、と
いうような良寛さんの戒めでしたね。まったく耳の痛いことばです。
一から十まで長々と話さなければわかり合えないあいだがらというのは薄い人
間関係にほかならず、何もいわないでもわかりあえるのがいいというのでしょ
うが、これは、なかなか…。それに、ラボではふだんからどう云っています
か? 国際交流に際して子どもたちに云っているのは、黙っているところから
は何もはじまっていかない、はっきり”yes” ”no”の意志表示をせよ、と。第
一、ラボは自然な表現を体得しようと独自のテーマ活動というグループ活動に
取り組んでがんばっているところですし。
ま、それとこれとは問題は別なのでしょうが、狂言についてふれた日記のほう
の「泣尼」の皮肉な例のように、ひとりよがりな長口舌からは何も生まれな
い、ということには心しておきたいものですね。
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Re:狂言でもりあがっていますねぇ。
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がのさん (2004年10月20日 12時04分)
Play with meさん
>関西の今年の総会で「蝸牛」を舞台ではなく、畳のお部屋でテューターがエ
プロンシアターのように囲み、演じていただきました。おもしろかったな~。
おなかを抱えて笑いました。息のかかる位置で、気取ることなくみんなの気持
が引き込まれていきました。
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狂言「蝸牛」のおかしさについては、いつだったか、わたしはどこかで書いた
ような気がしますが(「つれづれ塾」のページ?)、多分これまでに4回はこ
の曲を観ていると思います。うち2回は野村萬斎の演じるもの。ほんとうに、
これ、絶品ですよね。「でんでんむしむし、でんでんムッシムシッ!」単純な
このことば(歌)のくり返しと動きのなかに、人間が業(ごう)のようにして
持つズルさ、むごさ、強欲、貪欲、イタズラごころ、他をやっつける快感、や
さしさ、いたわり、…そんなものが見事に表現され、また来るゾ、また来る
ゾ、そら来た! と、その反復ごとに腹の底から笑いころげてしまう。眉根を
寄せてむずかしい芝居を観ているのとは違います。とりわけ、こういう芸能は
立派な能舞台でないほうがよいような気がします。緑に囲まれた広場の一角に
つくられた急造の仮設舞台で演じられる薪能のスタイルがいい。スナックをポ
リポリかじり、鼻をほじりほじり、ガキががさがさやるのを迷惑に感じなが
ら、お尻にあたる土のひんやりした感触もたのしみながら、好きなかっこう
で、好きなだけ笑う。品性卑しいわたしなんぞはそんなのがいいと思うのです
が、教養ゆたかな、育ちよろしい皆さんにはどうでしょうかね~。
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良寛さんのことば
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Play with meさん (2004年10月19日 21時53分)
すみません。
勝手に使わせて頂きました。
毎日自戒です。
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狂言でもりあがっていますねぇ。
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Play with meさん (2004年10月19日 21時14分)
関西の今年の総会で「蝸牛」を舞台ではなく、畳のお部屋でテューターがエプ
ロンシアターのように囲み、演じていただきました。
おもしろかったな~~~。おなかを抱えて笑いました。
息のかかる位置で、気取ることなくみんなの気持が引き込まれていきました。
丁度、成人式でこの演目が演じられているのをチラッとTVニュースで見てい
たので、狂言師の方にお話するとご自分たちだったとか。
おめでたい席での演目だそうでした。
また思い出します。
14~5年前の総会にホテルの仮設舞台で「柿山伏」を演じていただいたこと
を。(その時古賀元社長も来て頂いていました。)
比べる必要はないのでしょうが、報復絶倒できるのが本来の狂言なのでは?
と今にして思います。
さて、ラボのテーマ活動となるとなかなか難しく、考え込んでしまいます。
(こんなこと書くと「PWMはあんなこといってるよ!」と思われるかな?)
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Re:Re:Re:Re:Re:Re:★笑いの生理、狂言のおかしさ―2(10月13日) [ 関連の日記 ]
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がのさん (2004年10月19日 10時09分)
スミティさん
>柿山伏、わたしはおっかしーとおもいますよ。でも、そう思ったのは狂
言の舞台で見てから。泉流でしたが。
三人のおろかもの、子供たちとやると面白いですよ!まさにプリミテ
ィブにして底抜け。面白さも子どもに教えてもらっている気が。
★ちょっとシビアな笑いを
私の妹が養護老人ホームで働いています。「やり切れなんじゃない」と
いうと、お年寄りとのやり取りの中で、それを如何に笑い飛ばしていく
か、そうしないとやってられない。だそうです。
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「柿山伏」の面白さについては、専門家ならおそらくいろいろ挙げて論ずるこ
ともできるのでしょうが、わたしなんぞはその点、ズブの素人、そういうこと
にはあまり興味もなく、狂言は、ただボーッと見て、まわりの人にちょっと気
をつかって極力バカ笑いは抑え、鼻のまわりで笑って楽しむ程度。何もあとに
残らないですが、それでもすごく解放された感触に満たされて帰ることができ
ます。ただ、これをラボのテーマ活動にしようというとき、どうするんだろう
な、困るだろうな、と思ってしまいます。ことばも違う、動きもちがう。こう
いうものを子どもたちはほんとうに楽しめるだろうか、ということと、日常言
語を離れたああいうことばと、それに対応する英語ですが、ナチュラルな英語
をめざすラボの教育のなかで、あれを「英語」と呼んでいいものかどうか…。
わたしにはわかりません。あれも英語なのよ、ということでいいのでしょう
か。…ということがあるものですから、狂言を前にしては、テューターさん持
ち前の高度の知性をこの際、過剰に効かせないほうがいいのではないか、「教
育」をしないほうがいいんじゃないかと、曖昧に逃げをうつようなわけでし
て…。
特別養護老人ホームにはヴォランティアでいつも出入りしています。体力も知
力も衰えた人びとに自然な笑顔を呼びもどしてもらうのが役割のようなもの
で、こんなときにいちばん有効なのは、ラボ活動を通じて体得してきたさまざ
まなKnow Howと、ものごとを明るく表現する本能のようなもの、そんなこと
にこのごろ気づいています。ラボの子どもたちの明るさ、テューターさんの快
活さを施設に注ぐことができたらいいのにな、といつも思います。おカネには
まったくなりませんが、それこそが地域活動なんじゃなかろうかと。
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Re:Re:Re:Re:Re:★笑いの生理、狂言のおかしさ―2(10月13日) [ 関連の日記 ]
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スミティさん (2004年10月18日 22時00分)
さまざまな課題に縛られ追いまわされている子どもたち、いつもいつも
いい子
を演じることを求められている子どもたちが、ふっと自分のこころにウ
ソをつ
かないひとときをもつ。それはかけがえのない時間じゃないでしょう
か。加え
て、そのなかで、自然でゆたかな表現力、ひとに楽しく訴求する力の源
泉を汲
みとってもらえるとすれば、それこそが、ラボ。
だめですか、そういうのは。
★お返事を書くのに少し時間が要るくらい、また難しいことを私に振っ
てくださって!!
上記については、まさにそういう場でありたいと思っています。
「恥の文化と罪の文化」なんてありましたが、自分の第一次感情を大事
に、それに向き合い、表現し、他者とぶっつける場でありたいと。一人
称で語ること。「私はこう思う、こう感じる」低学年は言葉でなくてい
いからナマの感情を出せる。日本社会って、外側からの規制、外からの
価値判断で動かされる事が多くて、自分は今どう思っているのかわから
なくなっている人も多い気がします。
柿山伏、わたしはおっかしーとおもいますよ。でも、そう思ったのは狂
言の舞台で見てから。泉流でしたが。がのさんが紹介してくださったも
のも見てみないとわからないなー 本はあるけど、と思いました。
三人のおろかもの、子供たちとやると面白いですよ!!まさにプリミテ
ィブにして底抜け。面白さも、子どもに教えてもらっている気がしま
す。
★ちょっとシビアな笑いを
私の妹が養護老人ホームで働いています。「やり切れなんじゃない」と
いうと、お年寄りとのやり取りの中で、それを如何に笑い飛ばしていく
か、そうしないとやってられない。だそうです。
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Re:Re:Re:Re:★笑いの生理、狂言のおかしさ―2(10月13日) [ 関連の日記 ]
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がのさん (2004年10月15日 21時05分)
スミティさん《承前》
さまざまな課題に縛られ追いまわされている子どもたち、いつもいつもいい子
を演じることを求められている子どもたちが、ふっと自分のこころにウソをつ
かないひとときをもつ。それはかけがえのない時間じゃないでしょうか。加え
て、そのなかで、自然でゆたかな表現力、ひとに楽しく訴求する力の源泉を汲
みとってもらえるとすれば、それこそが、ラボ。
だめですか、そういうのは。
すみません、「エンタ…」というのは知りません。初耳です。テレビのお笑い
番組で時には見ることがあるのは「笑点」くらいでしょうか。NHKの「お江戸
でござる!」も以前は見ていました。江戸のいろいろな習俗を語っていた杉浦
日向子さんとちょっと面識があったことにもよるのですが、あれがおもしろか
ったですね。このごろ模様が変わってしまったようですが。
なるほど、そうしてみると、わたしの日常も笑いが足りていないようですね。
かわいそうながのさん!
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