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035
風のかよい路、〔がの〕さんの庭にて。
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がのさんの掲示板 [全2358件] 1581件~1590件 表示 << 前の10件 | 次の10件 >>
Re:「あちらがわ」と「こちらがわ」〔3〕
がのさん (2005年08月16日 01時11分)

Play with meさん
ちこらんたんさん  ≪3≫

そのころは「鬼若」と名づけられ、比叡山の学頭のもとにあずけられま
す。ところがもともと手のつけられない乱暴者ですから、山門を追い出
されることになり、以降は自分を武蔵坊弁慶と名乗っていろいろな地を
遍歴、そして夏行に書写山に登ってつとめました。ここでもまた悶着を
おこし、もうやけくそになり堂舎を焼き払って出奔、そのあと、よく知
られる太刀千本奪取の野望に走るわけですね。
物語の最後のほうで描かれるはずですが、義経が頼朝の怒りを買って奥
州へ脱出します。藤原秀衡をたよって、山伏すがたに身をやつしてのき
びしい旅。大津、愛発山、三の口、平泉寺、如意の渡し、直江津と、危
難がつぎつぎに襲い掛かりますが、そのつど発揮する弁慶の機知と胆力
にはふしぎなほど深い感動をおぼえます。秀衡の子の泰衡に衣川で攻め
られ、壮絶な立ち往生を遂げる弁慶には、義経以上に魅力を感じてしま
います。義経をかばって、身代わりになって死んでいく佐藤継信・忠
信、そして弁慶のみごとな死に様に。
と、と、このへんにしましょうか。静のこと、伊勢三郎義盛のこと、金
商人の吉次のこと、まだまだありますが、すっかり主題がどっかへ行っ
てしまいましたね。ごめんなさい。きりがありません、義経とその周辺
のことは。
Re:「あちらがわ」と「こちらがわ」〔2〕
がのさん (2005年08月16日 01時05分)

Play with meさん
ちこらんたんさん ≪2≫

とくに、後段の源平の戦いでの義経の活躍について「義経記」はわずか
数行しか叙述しておりませんで、武将としてのもっとも華やかな活躍の
場面は「平家物語」のほうでどうぞ、という感じ。義経の絶頂期の前後
の不遇な生い立ちと悲劇的な末路の運命を描くのが主題になっていまし
て、そのへんが日本人の感性をくすぐるようでして、いわゆる「判官び
いき」からどんどん伝奇性へ傾斜していき、室町時代以降、無数の義経
判官をめぐる作品が生まれていきますね。
ごめんなさい、義経のことを書きはじめると、たちまち20000字くらいに
なりそうですし、そのところはみなさんにはそんなに関心があるとは思
いませんので、このへんにとどめておきますが、謡曲や幸若、浄瑠璃、
あるいはまた御伽草子、浮世草子、草双紙など広い文藝に影響を及ぼし
ていることは、みなさんよくご存知のはず。「熊坂」「橋弁慶」「二人
静」「吉野静」「忠信」「安宅」「衣川」「腰越」「冨樫」…といった
曲のことをどなたも耳になさっているはずですし、浄瑠璃の近松門左衛
門の「平家女護ケ島」とか、竹田出雲らの「義経千本桜」、並木宗輔ら
の「一谷嫩軍記」などなど、おびただしい影響作が見られ、日本人にと
っては最大のヒーローの一人として語られてきたんですね。

>赤羽末吉氏の絵本、「武蔵坊弁慶」「屋島のたたかい」もあわせて読み
ました。姫路に書写山円教寺に弁慶のゆかりの品がいくつもあることに
納得したり、面白かったです。
★…弁慶ですか。わたしは個人的には、義経以上に弁慶に興味がありま
す。佐藤継信、佐藤忠信とともに。弁慶は、熊野別当弁せうが、参詣に
きた二位大納言の姫君をかどわかして生ませた子で、生まれ落ちたとき
から不細工な異形だったとされています。お書きいただいた播磨の書写
山ですが、それは、可哀相に異形だったため殺されかかったところを、
別当の妹にあたる人が憐れんでひきとってくれた。≪さらに、つづく≫
Re:「あちらがわ」と「こちらがわ」〔1〕
がのさん (2005年08月16日 01時01分)

Play with meさん
ちこらんたんさん  ≪1≫

>話題になっている「あちらがわ」と「こちらがわ」を意識して、木下
順二氏の「義経」と「知盛」を読んでみました。「ライブラリーがなぜ
「知盛」だったのか?」が理解できたように思いました。
★…「あちら」と「こちら」――じつはここのところ郷里に帰省してお
りまして、ただいま高速道路の渋滞と猛烈な雨のなか帰ってきたばか
り。「あちら」の世界いるご先祖を年に一度「こちら」にお招きして、
ひとときありし日を偲んで語り合ってきました。どうしても、このだら
しない生き方を叱正されるばかりなのですが。
…失礼。そういう問題ではなかったですね。それにしても、さとみさ
ん、ちこらんたんさん、Play with meさんという知性派の代表がそろっ
て「義経」と「平知盛」をこの構造で捉えておいでになることに、ちょ
っとびっくりいたしました。なるほど、そういわれてみればそうなのか
もしれない、と。
NHKの「義経」はだいたい見ています。室町時代中期に成立したと推定さ
れている「義経記(ぎけいき)」全八巻のうち、第一~第三巻あたりまで
(弁慶が太刀千本の略奪という野望を抱き、牛若丸と争って負け、その家
来になるあたりまで)はかなり忠実に「義経記」に添って描いていたよう
に思ったのですが、そのあとは、人気タレントたちがつくるテレビドラ
マ的脚色が鼻につき、ときどき違和感を覚えながら…。
「あちら」と「こちら」という対比で義経の存在を考えると、「義経
記」のほうは義経の私人としての側面がクローズアップされているのに
対して、「平家物語」のほうは公人としての義経を描いていることに気
づきます(私人・公人というと、閣僚級の人の靖国神社参拝に際して向け
られるマイクが決まりきって問うものの借用で、どうもわたしの語彙の
貧困によるものですが)。≪つづく≫
「あちらがわ」と「こちらがわ」
Play with meさん (2005年08月15日 11時58分)

話題になっている「あちらがわ」と「こちらがわ」を意識して、木下順
二氏の「義経」と「知盛」を読んでみました。
読んでいる側によって、どちらも「こちら」になるんですよね。
物事軸足を置いているほうが「こちら」になるんだ・・・とわかってい
ながら不思議に感心してしまいました。
「知盛」のまっすぐな人間性と全力を尽くして生き、「見るべきほどの
ことはみつ、今は自害せん」とずぶりと海に入る最後は見事というより
他にありません。
あとがきに木下氏は、『・・・全力を尽くして生きた人々を、またその生き
方が絡まりあって作り出される歴史というものを、これほど生き生きと
感じ取らせてくれる古典は日本には珍しい。』とかかれているのを、読
んで、「ライブラリーがなぜ「知盛」だったのか?」が理解できたよう
に思いました。

赤羽末吉氏の絵本、「武蔵坊弁慶」「屋島のたたかい」もあわせて読み
ました。
ひめじに書写山円教寺に弁慶のゆかりの品がいくつもあることに納得し
たり、面白かったです。
Re:Re:Re:Re:Re:★あのとき、戦争があった【2】(08月12日) [ 関連の日記 ]
ちこらんたんさん (2005年08月14日 10時23分)

がのさん
>ちこらんたんさん

そういわれてみれば、その番組、
たしかに、NHKでは扱いにくい内容ですね。

そうそう、「かわいそうなぞう」の本もありました。
「ぞうれっしゃ・・・」のドラマの中でも、上野動物園のことがでてき
ましたが、東山だけでも象が生き残ったこと、動物を必死で守った人た
ちがいたことは、救われる思いですね。
三浦友和さんの園長さん、よかったですね。

「サウンド・オブ・ミュージック」「二十四の瞳」「風が吹くとき」
「アンネの日記」「黒い雨」は読みました。
「蛍の墓」も(原作は読んでいませんが)、毎年お盆の頃に放映されるの
で、子どもたちと見ます。
それから、チャップリンの「独裁者」が好きです。
戦争のテーマ、重いけれど、子どもたちにも伝えていかなければなりま
せんね。
Re:Re:Re:Re:★あのとき、戦争があった【2】(08月12日) [ 関連の日記 ]
がのさん (2005年08月13日 23時38分)

ちこらんたんさん

ごめんなさい、ミステーク、ミステーク!
先に書いたテレビの特別番組は、NHKではなく、TBS系列で放送されたも
の、筑紫哲也さんの司会進行による「戦後60年特別企画・ヒロシマ」と
いう番組でした。なるほど、NHKでは扱いにくい内容でしたね。これにつ
いては8月5日、Play with meさんの書き込みに応えて紹介させていた
だいております(「私のアンネ=フランク」=≪2≫)。

>昨夜は、NHKのドラマ「ぞうれっしゃがやってきた」を観ました。
★…見ましたよ。百恵ちゃんのダンナが園長さんをやっていましたね。
このホームページで、以前、土家由岐雄の「かわいそうなぞう」(戦争の
なか、上野動物園で餓死していったトンキーたちのはなし)を話題にした
ことがありましたが、その続編というか、もうひとつのおはなしとして
見せてもらい、胸つまる思いを新たにいたしました。

こういうことを書いていると、断続的ながら、忘れていたものを少しず
つ思い出します。「サウンド・オブ・ミュージック」の映像が蘇ってく
るし、壷井栄「二十四の瞳」、今西祐行「ヒロシマの歌」、ドーデ「最
後の授業」、自身、ナチスの青少年機関に属していたことのあるハン
ス・ペーター・リヒターの「あのころはフリードリヒがいた」、そうそ
う、凍りつくような核の脅威をコマ割りのマンガでリアルに語ったレイ
モンド・ブリッグズの「風が吹くとき」がありましたね。
忘れちゃいけません、「アンネの日記」。じつはきょう、松谷みよ子さ
んの「私のアンネ=フランク」を読み終わったばかり。Play with
meさんから課せられていた宿題をひとつ果たしたところです。
子ども向けの本を離れると、井伏鱒二の「黒い雨」は名作ですし、も
う、ほとんど忘れてしまいましたが、林京子さんの「祭りの場」「二人
の墓標」、堀田善衛の「審判」などなど。あっ、そうだ、大江健三郎も
たくさん発言していますよね。「ヒロシマ・ノート」があるし、「洪水
はわが魂に及び」も「ピンチランナー調書」や「同時代ゲーム」にも色
濃く戦争が描かれていましたような。
好きというわけではないし、普段そんなに「戦争」を意識して本を読む
ことはないのですが、少しずつベールのむこうにいろいろの人が描きだ
した戦争のすがたが見えてくるような…。あ~あ、重いですねぇ。
Re:Re:Re:★あのとき、戦争があった【2】(08月12日) [ 関連の日記 ]
ちこらんたんさん (2005年08月13日 17時56分)

がのさん

ああ、私も「ビルマの竪琴」観たことがあります。
それから、タイで「戦場にかける橋」の舞台となった場所に行きまし
た。
以前サイパンの「バンザイクリフ」に行った時にも、写真をとっていい
ものだろうかととまどってしまったことを覚えています。

昨夜は、NHKのドラマ「ぞうれっしゃがやってきた」を観ました。
ご存知と思いますが、名古屋の東山動物園での実話です。
戦争にまつわる書物や映画、たくさん紹介してくださってありがとうご
ざいます。
左のページにでも保存しておいていただけたら助かります。

キャンプ前後は、出る前からバタバタしていて、しばらくテレビは見ら
れませんでした。そんな番組を見過ごしたとは・・・残念です。
しかしすごい番組ですね。いや、その老人の神経がすごい。まさに想像
力の欠如。
でも、日本人は、同じ事をアジアの人々に思われているのでしょうか。

大河ドラマ、今年は「義経」ですが、それが「こちら」だとすれば、
ライブラリーの「平知盛」は、「あちら」。
ラボっ子は、小さいうちから多面的に物を見る目を養うことができます
ね。それを他の人に伝える力も、これからどんどん身につけていってほ
しいです。
そして、各国の指導者たちにこそ、物事の両面を見る力-想像力-をつ
けてほしいですね。
Re:Re:★あのとき、戦争があった【2】(08月12日) [ 関連の日記 ]
がのさん (2005年08月13日 11時44分)

ちこらんたんさん【2】

それに、ちこちゃんはキャンプに出ておいでで見ておられなかったのか
な、ちょっとすごい3時間にわたるNHKの特別番組があったのですよ。原
爆を自分の手でつくり、エノラ・ゲイに搭乗してその爆発の威力を空の
上から観察し写真を撮っていたアメリカの化学者が出演したドキュメン
ト。8月5日の夜の番組だったでしょうか。そのご老人は、広島原爆資
料館の展示を見ても、ふたりの被爆者と対面し、その惨い体験を訴えら
れても、一言さえ謝りのことばをいいませんでしたよ。それどころか、
責任は真珠湾攻撃をした日本の側にある、と頑なにいいつづけ、むしろ
原爆投下の圧倒的な成功に得意げでさえありました。自分の撮影した映
像が資料館で放映されていることには至極ご満悦の態でした。これだけ
のものを見せたら「ごめんなさい」の一言くらいは言ってもらえるだろ
うと思うのは「こちら」の勝手な論理で、かたや、あの老人はまさに
「あっち」の人であって、「こっち」のことを理解しようとする想像力
は持たない人なんですね。びっくりしましたよ。科学的成功だけが関心
事であって人。いや、鬼でも悪魔でもなく、ごくおだやかそうな容貌の
老人でした。人によってはもうひとつの側の事情をまったく想像できな
いこともいるという、どうしても届かないこころの闇の恐ろしさをつぶ
さに見たように思いました。
ひどいめにあった側の記憶は50年や60年で消えるものではありません。
そういう「負」の歴史を背負いながら、バトンを渡された世代のものは
逃れようもなく次の時代をつくっていくことになりますね。「屋根裏部
屋…」で、老人が残した重大な秘密書類をエリコさんたちの孫の世代が
賢く処理せねばならない課題を背負ったように。たいへんなことです。
Re:Re:★あのとき、戦争があった【1】(08月12日) [ 関連の日記 ]
がのさん (2005年08月13日 11時39分)

ちこらんたんさん【1】
>早乙女勝元さんの「東京大空襲」。映画では「子どもの頃戦争があっ
た」や「ひめゆりの塔」を見ました。アニメ「はだしのゲン」も。
★…ありがとうございます。そうですね、「ひめゆりの塔」、竹山道雄
の「ビルマの竪琴」、それに子ども向けとはいえませんが、「きけわだ
つみのこえ」、大岡昇平「レイテ戦記」や「俘虜記」、火野葦平の「麦
と兵隊」、阿部知二の「死の花」。トルストイの「コザック」「セヴァ
ストーポリ」と、ほかいくつかの好短篇、…などなど。こころを震わ
せ、ときにはこころを凍らせながら読んだ記憶があります。原民喜の
「夏の花」も見落としてはいけない。そうそう、森鴎外の「歌日記」、
これぞ戦争文学の逸品じゃないでしょうか。

>ただ、子どもの頃ふれたものは、すべて被害を受けた側の体験談でし
た。これからは、がのさんがふれられたように、アジア諸国へ加えた害
のこともきちんと伝えていくべきだと思います。
★…“つれづれ塾=1”の「8月6日、わたしの場合、あなたの場合」で
暴露してしまったように、外国から「歴史認識の相違」を指摘され、は
げしい反日運動を招くまでは、被害を受けたこちら側のことしかほとん
ど見ることがありませんでした。考えてみれば、当然のこと、争いには
どんな場合にも相手があります。戦争においても、「あっち」があれば
「こっち」があります。そのことを強く意識させられたのが、松谷みよ
子さんの「屋根裏部屋の秘密」や「あの世からの火」でした。われなが
らずいぶん遅い認識でした。【つづく】
Re:★あのとき、戦争があった(08月12日) [ 関連の日記 ]
ちこらんたんさん (2005年08月12日 16時45分)

「ふたりのイーダ」と「ガラスのうさぎ」は、子どもの頃に読みまし
た。
怖くて悲しくて、子ども心にも、戦争は絶対いけないと思いました。
ほかに、早乙女勝元さんの「東京大空襲」という絵本があります。
映画では、「子どもの頃戦争があった」や「ひめゆりの塔」を見まし
た。
アニメ「はだしのゲン」も。
私自身も「戦争を知らない子どもたち」の一人ですが、
二度と戦争が起こらぬよう、子どもたちに伝えていきたいですね。

ただ、子どもの頃ふれたものは、すべて被害を受けた側の体験談でし
た。
これからは、がのさんがふれられたように、アジア諸国へ加えた害のこ
ともきちんと伝えていくべきだと思います。
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