Profileを拝見して
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dorothyさん (2005年08月18日 11時35分)
好きな本、の欄を見て驚きました。
ツルゲーネフの「はつ恋」は、中学時代に読みました。
また、「最近読んだ本」の中のほとんどが、10代後半に
読んだ本で、懐かしく思いました。昨日書き込んだ中で、
10代の終わりのころに読んだ、強烈に印象に残っている
本のことを書き忘れたな、と思い再訪したのです。
サルトルの「嘔吐」とニーチェの「ツァラツストラ
かく語りき」は、相当力をいれて読みました。ニーチェの
方は、赤鉛筆で傍線を引きながら。
それと、エラリー・クイーンのレーン四部作は、
主人公のドルリー・レーンが元、シェイクスピア
俳優という設定で、これが元で、かなり多くの
シェイクスピアを読みました。推理小説を苦手と
されるがのさんには、少し不愉快な話題に戻して
しまい、ごめんなさい。
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Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★あのとき、戦争があった【1】(08月12日) [ 関連の日記 ]
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ちこらんたんさん (2005年08月18日 10時55分)
がのさん
「火垂るの墓」、ストーリーは、だいたいがのさんのおっしゃるとおり
です。
最後にお骨を入れるドロップの缶は、爆撃から逃げる時から持っていた
サクマドロップスだと思います。
店頭でこのドロップの缶を見ると、食べるものがなくてお腹が減って減
って、この最後のかけらに水を入れて、おいしいおいしいと飲んだの
だ、と切なくなります。
>戦争というのは、人びとを極度にセルフィッシ
ュにするようで、ひとのことなんかかまっていられません。
>野坂昭如はこういうストーリィのなかで何を語ろうとしたのでしょう
か。戦争というものは、武器をもって人と人が殺しあうというだけのも
のではなく、人間性を根本から腐らせてしまうものでもある、というこ
とをいいたかったのではないでしょうか。違いますかねぇ。人間がふつ
うに備えている他への思いやり、やさしさ、助け合い、力を合わせる、
というような基本的な心情さえも奪い取るもの、…このサイトのここま
での話に添って云えば、「想像力」を奪うのが戦争である、その想像力
が人間には大事なんだよ、と語りたかったのではないかと、わたしは読
み解くのですが。【つづく】
人間を極限の状態にしてしまう戦争・・・
自分だってそんな状態になったら自信はありません。
わが子を生かすだけで精一杯だと思います。
衣食足りて礼節を知る・・・でしたよね。
それでも、最後まで相手を思いやる兄妹の姿に、心を打たれますが、
そんな状態にならないのが一番。
そのためにも「想像力」って本当に大事ですね。
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Re:Re:「あちらがわ」と「こちらがわ」〔1〕
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ちこらんたんさん (2005年08月18日 10時43分)
がのさん
Play with meさん
さとみさんやPlay with meさんと同じに、知性派に入れていただいて光
栄です。
歴史は大好きですけど、特別詳しいわけではありません。
ただ、大河ドラマが好きで、子どもの頃から見ています。
昨年の「新撰組!」も、「あちらがわ」と「こちらがわ」が気になるド
ラマでした。いつの間にか新政府軍に反逆者にしたてられてしまった若
者たちにどうしても情が湧きます。これも「判官びいき」なのかな。
「義経」や「平家物語」、「源氏物語」も?!古典にお詳しいがのさん
に、直接お話をうかがいたいものです。
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Re:Re:本について【2】
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dorothyさん (2005年08月17日 18時49分)
がのさん【承前】
また、アガサ・クリスティを代表として、マザー・グースを
知らないと、その中に内包される真実の面白さを理解できない、
といった具合に、だんだん、うわっつらだけで犯人捜しをするので
なく、背景となる文化・教養を感じ取りました。
実際、ユリア・ヒープ的だ、と言われても、デビッド・コッパー
フィールドをちゃんと読んでいないと、その意味が理解できない、
など、その文化圏の人々の、実際的な教養に触れるために、軽い
読み物から入った、というのが実情です。そして、イギリスでは、
ある時期、ディケンズを親から子へと教養として読ませ、演劇を
鑑賞させる、といった教養の時期があるようにも思えるのです。
日本で、そういった連綿と続く教養の存在を、最近の人々を
見ては、感じられないのです。少し前ならば、歌謡曲に「おとみ
さん」が歌われ、これは「余話情浮世の横ぐし」を知らなければ
歌の意味がわからない、という歌舞伎の世界がありました。
英国では、シェークスピア、ディケンズ、マザー・グースを
会話の中に当然のごとく取り入れます。アガサ・クリスティが
「パリス・モード」というキーワードを犯人の手がかりにして
いましたが、これも、この言葉の意味がわかっていないと、
犯人をあぶりだせない、ということなのです。
すみません。濫読や、推理小説を読むことを夢中で
正当化していますね。けれども、全く異なった文化を
持つ人々の感性を覗うには、背景に持つ文化を意識した
読みやすいものを読み漁る、というのもひとつの方便だ
と知っていただきたかったのです。
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Re:Re:本について【2】
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dorothyさん (2005年08月17日 18時48分)
がのさん
>申し訳ありませんが、エラリ
ー・クイーンは、名はよく存じておりますが、多分1冊も読んでいない
と思います。
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残念です、というか、予想通りでした、と言うべきか・・・。
私自身が、20歳になるまでは推理小説の何も読んでは
いませんでした。ただ、それ以前から、かなりの濫読でしたが。
20歳になる、という心構えをするにあたり、その半年くらい
前から、児童文学から哲学書に至るまで、ジャンルに
よらず、読みました。そうすることで、自分自身の大人としての
方向性を探していたのです。当然、日本の古典は常に私の傍らに
ありました。大学の専攻が上代国語音韻額で、万葉集や風土記を
学んでおりました。また、日記文学も好きで、必ず紐解いており
ました。そういったなかで、チェスタトンの随筆を原書で読む
機会があり、そのあまりの難解さに、チェスタトンなる人物に
興味を持ち、それを端緒に推理小説に入りました。
これがきっかけ
です。
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Re:本について【2】
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がのさん (2005年08月17日 00時33分)
ドロシーさん【承前】
そんなこともありましたが、これを推理小説というのかどうかよくわか
らないながら、夢野久作の作品は、泉鏡花の幻想性にも似て惹かれるも
のがあり、本になっているかぎりのものは全部読みました。そういえ
ば、宮部みゆきさんの「理由」までの初期作品は片っぱしから読んだこ
とがあります。とにかく、ストーリィ展開がめまぐるしく速い。構成も
巧みです。そういう魅力もありますが、どうしても登場人物が人間のほ
んとうの呼吸をしていないようにも思います。この悩み多い六塵の世に
生きている人とはぜんぜん別の形の存在ですからこだわりなくツンツン
読め、それが快感と感じる人もいるのでしょう。
夢野久作のいくつかの作品については、そのうちもう一度読んでもいい
かな、というものもありますが、ルブランもコナン・ドイルも含め、他
のものは、持っていってくれる人がいたら、どうぞどうぞ、お好きなだ
け、というところです。ということは、結局、推理小説はあまり好きじ
ゃない、ということになるのでしょうか。申し訳ありませんが、エラリ
ー・クイーンは、名はよく存じておりますが、多分1冊も読んでいない
と思います。
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Re:本について【1】
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がのさん (2005年08月17日 00時20分)
ドロシーさん【1】
>がのさん、というと源氏物語、というイメージが強すぎたのでしょう
か…。現在私は、平家物語を読んでおります。ハリー・ポッター第六巻
も読み終え、軽い推理小説や時代小説と平行して読み進めています。
以前からかなり速読の私は、濫読の類です。推理小説はお好きですか?
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「源氏物語」に限らず、(「義経記」については別項で書いたばかり)記
紀や方丈記、徒然草、伊勢物語、大和物語、枕草子、蜻蛉日記、和泉式
部日記、更級日記、平家物語、万葉集、古今集、新古今集、などなど、
日本の古典ものは、他のものと併行しながらではありますが、時間をか
け、一語一語しゃぶるようにして読みますね。自分の部屋でぶつぶつ声
を出しながら読むわけでして、こういうのはたしかに現役時代にはでき
ない読書スタイルでしょう。
こんなふうにして読んでいくと、どういうのが美しい日本語かがクリア
にわかってくるように思います。児童文学や絵本も、その角度から価値
の輝きが見えてくるような気がいたします。心の深い浅いもすぐに見え
てきて、一度ダメとしたものは二度と見向きもしないという感じでしょ
うか。たいへんわがままな、偏った読み方をしています。そういうわが
ままも許されるのが読書でもあると思っています。
そんなわけですから、推理小説が好きか嫌いかというよりは、ほとんど
読んでいませんね。偏見を承知で言うなら、ドロシーさんの濫読をうな
がすのが推理小説のもつもともとの性格のように思います。なぜなら、
推理小説はおびただしい量に及んで濫作される場合がほとんどだから。
もともと、じっくり味わいながら読んでいたら推理小説はおもしろくな
いんですよ。違いますか。
むかし、たいへんな読書好きの友人がいて、レイモンド・チャンドラ
ー、これだけは読まなきゃだめだよ、どうして読まないんだ、読めよ、
読めよ、と会うごとにいうんですね。ゴソッと十数冊をもってきて、さ
あ、読めと。そんなふうに押し付けられると、ヘソが46度くらい傾いて
いるものですから、ぜったいに読まない。この作家のものが好きか嫌い
かではないんですね。それくらい云うのですから、たぶんいいのでしょ
う。いよいよ読まないと知って、サジを投げられたことがありました。
【つづく】
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本について
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dorothyさん (2005年08月16日 10時59分)
がのさんの過去の日記を拝読して、
「ごろごろにゃーん」「やまなし」など、
私自身が思いいれの強い本を紹介されている
ことに気づきました。
がのさん、というと源氏物語、という
イメージが強すぎたのでしょうか・・・。
現在私は、平家物語を読んでおります。
ハリー・ポッター第六巻も読み終え、
軽い推理小説や時代小説と平行して
読み進めています。
以前からかなり速読の私は、文庫本一冊なら、
軽い内容であれば数時間で読み終えてしまうので、
濫読の類です。ただ、無類の本好き夫婦ですので、
自宅にはいたるところ、本が山積み状態です。
速く、沢山読んで、読み終えて気に入ったものを
繰り返して読む、という傾向があります。
エラリー・クイーン作の「レーン最後の事件」は
推理小説ながら、いたく感動し、10回以上
繰り返して読みました。もともと、X・Y・Zと
最後の四部作は、バーナビー・ロス名で発表し、
論争を呼んだシリーズでした。私は、「レーン
最後の事件」を書きたいために、わざわざその
前振りとしてX・Y・Zを書いたのではないか、
と穿って考えています。そういう風に考えていたのは
私だけではなかったことに、最近気づきました。
推理小説はお好きですか?
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Re:Re:Re:Re:Re:Re:★あのとき、戦争があった【2】(08月12日) [ 関連の日記 ]
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がのさん (2005年08月16日 10時30分)
ちこらんたんさん【2】
ひとが語るものを聞いただけで、はなはだいい加減かも知れませんが、
そんなことを感じながら哀しい兄妹の物語の概略を聞きました。最後の
部分にはとりわけ涙を覚えました。兄は、4歳の妹が飢えて死に、その
遺体を野火で焼いてお骨にするのですが、拾ったドロップ(だったか
な?)の缶におさめて土にうずめ、以来、二度とそこに帰ってくることは
なかったのだそうですね。ひとつには、ちっぽけな缶におさまってしま
うほどのお骨だったということ。幼いというだけでなく、栄養が得られ
ず骨がボロボロだったろうことが想像されます。そして妹が永遠の眠り
を眠るところに兄は二度と戻ることはなかったというのは、このあと間
もなく、兄もまた衰弱して、だれもしらない野辺のどこかでひとりで死
んでいったのだろうと想われること。たまらない哀しさです。
来年の夏、その機会があったら必ず観てみたいアニメドラマです。
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Re:Re:Re:Re:Re:Re:★あのとき、戦争があった【1】(08月12日) [ 関連の日記 ]
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がのさん (2005年08月16日 10時28分)
ちこらんたんさん【1】
「火垂るの墓」も(原作は読んでいませんが)、毎年お盆の頃に放映され
るので、子どもたちと見ます。
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わたしはその「火垂るの墓」についてはまったく知りませんでした。
お盆でいなかへ帰り、いろいろな縁者と雑談するうち、戦争の話題にな
って、ある人からこの作品について教えてもらいました。野坂昭如の原
作で、この時期にはよく放映されている名作アニメなのだそうですね。
ひとから聞いた話でして、間違いがあるかも知れませんが、胸かきむし
られる思いで聴きました。
お話によると、前半部分は、戦火のなかで肉親をつぎつぎに喪い、幼い
兄妹がいなかのおばの家にあずけられるあたりは「ガラスのうさぎ」に
似たところがあるようです。おばのところでは、何も仕事のできない子
どもですから、邪魔者扱いされます。その冷淡さ、邪険ぶりに耐え切れ
ず、ふたりはそこから脱出、防空壕でふたりだけの生活をはじめます。
仲のよい兄妹。しかし、戦争というのは、人びとを極度にセルフィッシ
ュにするようで、ひとのことなんかかまっていられません。この可哀相
な兄妹にやさしい手を差し伸べてくれる人はない。食べるものはなく、
暑さ寒さをしのぐものもなく、いよいよのひもじさのなか、イモのつる
などをひとの畑から失敬して辛うじて飢えをしのぐ日々。
野坂昭如はこういうストーリィのなかで何を語ろうとしたのでしょう
か。戦争というものは、武器をもって人と人が殺しあうというだけのも
のではなく、人間性を根本から腐らせてしまうものでもある、というこ
とをいいたかったのではないでしょうか。違いますかねぇ。人間がふつ
うに備えている他への思いやり、やさしさ、助け合い、力を合わせる、
というような基本的な心情さえも奪い取るもの、…このサイトのここま
での話に添って云えば、「想像力」を奪うのが戦争である、その想像力
が人間には大事なんだよ、と語りたかったのではないかと、わたしは読
み解くのですが。【つづく】
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