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ラボではぐくまれる言葉の力 |
02月08日 (火) |
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今、長靴をはいたネコをパーティで取り組んでいることを書きました。
子供たちの感じる力が育ってきているな、というエピソードを紹介します。
火曜のキディクラスでのこと、「僕、日干しになるってどういうことか知ってるよ。」と言う子がいました。きっとお母さんに聞いて説明してもらったのだな、と思いましたが「へぇ、すごいね。どういうこと?」と聞くと、「おひさまにたくさんあたって、体が薄くなっちゃうっていうこと。」と答えてくれました。なるほど。
その後、この子がどういうイメージで全体の中でお話しを受け取っているかは、まだ突き詰めていません。ただ、ウサギややまうずらをやらせたらすごいうまい。そしてかわいい。
他のクラスで、「日干しになるよりしかたない」ってどういう意味だと思う?ときくと、「あ~なんかわかる。ホームレスになるってことでしょ?」という子がいる。すると他の子も「そう、ホームレス、ホームレス!!」といって、ふらふらよろめき歩く。
私はびっくり。そうか、この子たちは、三男のこの独白で自分はお兄さんの家を離れ出て行って宿無しになるよりほかはないと観念してるというイメージでとらえているのかと思ったわけです。
その後、『ドレの昔話』という中に収められている長靴をはいたネコを読んだところ、古い形の再話では、お父さんは小金も残していて、三男はその小金とネコを連れて、粉引き小屋を出ていくという記述があって、ホームレスをイメージした子たちのイメージ力が必ずしも的外れではなかったことを知り、驚きました。
ラボで物語の中で言葉を獲得していくということは、日本語にしろ英語にしろ、辞書の中の逐語訳ではなく、物語の流れの中で言葉の意味をいろんなことと関連つけて、類推、推量していく力が付くということだろうということをこのことで具体的に確認できたように思います。
英語の意味を知っている高校生たちはどのように感じているのか確かめてみたいです。小学生の力恐るべし!です。
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