『夏の夜の夢』の,キラキラした思い出をかたちに
蟹江 杏
版画家
『夏の夜の夢』の,キラキラした思い出をかたちに
蟹江 杏
版画家
かんたんにいうと,金属やプラスチックの板をニードルという鉄の針でひっかいて絵を描き,その溝にインクを詰めて印刷するという方法です。
幼いころから絵を描くのが大好きで,子どもの頃,将来は絵描きになりたいと思っていました。でも絵描きとして生きるのはたいへんです。それで舞台美術を仕事にしようと,イギリスのロンドンに留学して勉強しました。 そのとき,あいた時間をつかって版画の学校にも通ったのです。そうしたら舞台美術よりも版画のほうがおもしろくなって,日本に帰ってからも夢中になって版画の勉強をしました。
日本に帰ってからのはじめての仕事は「お絵描きお姉さん」という,子どもといっしょに絵を描くという仕事でした。子どもってすごいですね。いっしょに絵を描くと,なぜかいい絵ができるんです。
エネルギーや,いろんなアイディアをもらっている気がします。感情もゆさぶられます。この仕事では,たくさんのことを勉強しました。
子どもたちとのことといえば,東日本大震災は,私にとっても大きなできごとでした。子どもたちに元気になってもらいたいと,絵本の読みきかせをしに行ったのですが,みんな外遊びをしたい活発な子どもたちなんです。
絵本を読んでもらっても,ほんとうにおもしろいのか不安になりました。でも,読み終わったときに,そのなかのいちばん活発そうな子が近づいてきて,「今夜も来る?」って聞いてきたのです。
予定がつまっていて,すぐに帰らなければならず,彼の希望を叶えるのはむりだったのですが,必ず2週間後には来るからねと約束しました。その時以来,毎年彼らに会いに行っています。
『夏の夜の夢』は,私にとって特別なお話です。私のおばが若いころ,東京バレエグループというシェイクスピア作品ばかりを上演するバレエ団にいて,私も幼いころからよく観に行っていました。
演目はたくさんありますが,そのなかでとくに好きだったのが『夏の夜の夢』だったのです。暗やみにキラキラ光る宝石のようなイメージをもったからでしょうか。
その印象がとても強かったものですから,今回おとなになった自分が,そのイメージを超える作品を描くのは,とてもむずかしいことでした。
でもあるとき,頭でっかちになったイメージからはなれるために,大きなキャンバスに自由にボトムとティターニアの絵を描いたら,すごく気持ちが楽になりました。
「この感じ」が消えないうちに,と,それから5日間はほとんど眠らずに,一気に作品を仕上げました。
今回の作品は,私にとって新しい挑戦もしています。版画に絵の具などで色をつけるといういつもの方法に加えて,ふつうに描いた絵と版画を組み合わせてみました。
それから,金箔などをはりつけている絵もありますが,色違いの金をまぜています。金色や銀色を印刷するのはたいへんむずかしいのですが,印刷会社の人がいろいろとくふうして,
じっさいの色に近い色に印刷してくださいました。ぜひ楽しんでくださいね。