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特集連載
第54回
子どもたちとの物語体験

2016/4/14

斎藤 惇夫/さいとう あつお

 斎藤 惇夫/さいとう あつお
児童文学者,公益財団法人ラボ国際交流センター理事

 今回は,長年,福音館書店で編集者として活躍され,また作家として『グリックの冒険』『冒険者たち〜ガンバと15ひきの仲間』『哲夫の春休み』(いずれも岩波書店)などすぐれた児童文学作品を世に送りだされた,  斎藤惇夫氏に寄稿していただきました。  斎藤氏は,いまも日曜学校やフリースクールで,子どもたちに昔話や創作物語の読みきかせをされています。  子どもにとって,昔話を聞く体験,物語を読んでもらう体験がいかにたいせつかを,ご自身の幼少期の体験にも触れながらお書きいただきました。

齋藤惇夫著『グリックの冒険』(岩波書店)齋藤惇夫著『冒険者たち?ガンバと15ひきの仲間』(岩波書店)齋藤惇夫著『哲夫の春休み』(岩波書店)

物語を子どもたちに

 70代になってから,思いもかけぬ依頼を受けて,月に三度ほど教会の日曜学校で,また月に一度,あるフリースクールで,小学生・中学生に物語を読んでいます。 日曜学校は20分ほど,フリースクールは特別授業という名目で,15分の休みをはさんで,45分を二回というたっぷりとした時間です。 読む物語は,『イギリスとアイルランドの昔話』(石井桃子訳),『ロシアの昔話』(内田莉莎子訳)『ノルウエーの昔話』(大塚勇三訳/以上いずれも福音館書店刊), それに『グリム童話集』(主に相良守峯訳/岩波書店刊)や『日本の昔話』(いろいろな方がたの再話)などを基本として,昔話を中心に,当然の事ながら,子どもたちに読んでやる前には翻訳や再話を舌頭に千転し, 私の舌になじまない場合は少し手を入れながら,年間50話ほど読んでいます。
石井桃子訳『イギリスとアイルランドの昔話』(福音館文庫)内田 莉莎子訳『ロシアの昔話』(福音館書店)
大恬E三訳『ノルウエーの昔話』(福音館書店)相良守峯訳『グリム童話集』(岩波書店)

昔話の豊かさ

 口調のよさ,文体の確かさ,もちろん物語の簡潔さ,おもしろさ,豊かさと深さは,やはり昔話にかなうものはなく,子どもたちはいつも身を乗り出して聴き入っています。 私はそれぞれの地方や国の,人間の特質をもっともみごとに浮き彫りにしているものが昔話と思っていますし,同時に,地方や国を越えて,普遍的に人間が同じようにふしぎでおもしろく, じつに愛すべき存在であることをもっとも正確に,しかもわかりやすく素朴に語っているのが昔話と思っています。したがって昔話にだけしぼって読み続けてもいいのですが, 子どもたちは昔話の語り口に慣れてくると,ときに,また昔話か,といった表情を浮かべ始めるものですから,そういう場合には,昔話のなかに創作の物語を混ぜることもあります。

宮沢賢治の世界

 昨年の10月には,フリースクールで『セロ弾きのゴーシュ』『注文の多い料理店』『なめとこ山の熊』『どんぐりと山猫』を続けて読みました。賢治の物語のなかで, 私がとくに好きで,しかも,45分で二編読むことができる長さのものを選びました。なにしろそのフリースクールは,小学校の1年生から中学3年生まで全員(といっても20名ほどなのですが)で聴くものですから, ひょっとして退屈する子どもたちも出てきやしないかと心配していたのです。ところが昔話同様,子どもたちは全員耳を澄まし,しんと静まり返ったり,笑い声をあげたり,ため息をついたり,涙を浮かべたりしながら, すっかり賢治の世界に入り込んでいました。読んでいるこちらのほうがその子どもたちのういういしい反応に,緊張し息苦しくなってきたほどです。当然日曜学校では(こちらは20名前後,1年生から6年生までです), それを4回に分けて読むということになりますが,こちらの反応もほとんど同じでした。私はうれしくて,あと数編は,賢治の物語を子どもたちといっしょに楽しむことができるぞと,『虔十公園林』の虔十と同じように, 口を大きくあいてはあはあ笑いました。

幼い頃の物語体験

 この子どもたちとのなんともぜいたくな時間を,いったいあと何年続けることができるのだろうか,ということが目下の私の心配事なのですが,子どもたちの文学に対するまっすぐな反応を経験していると, 私の思いはいつも,私が幼なかった頃,たくさんの物語を語り,読んでくれた三人のおとなのところに翔(と)んで行きます。祖母と母と小学校時代の担任の先生です。
 幼い頃,私は新潟県の長岡市に住んでいましたが,毎年雪が降り始めると,祖母が決まって越後の昔話を語り始めてくれるのでした。夕食後のひととき,内容は,『雪の夜に語りつぐ』(福音館書店刊)に近いものですが, 私は物語というものがおもしろいものだということを,祖母からまっすぐに経験させてもらいました。そしてその祖母に呼応するように,小学校に入学する頃から,母が金田鬼一訳の『グリム童話集』(岩波文庫)のなかのいくつかを, 私がおもしろがると思ったものを選んでいたのでしょうが,よく読んでくれました。越後の昔話と違う,静に対し動とでもいいたくなるようなおもしろさに,たとえば,愛を成就するための激しさと美しさに,私はすっかり魅せられたようです。 そして今度は祖母と母に呼応するように,たくさんの物語を読んでくださったのが2年生からの担任の先生でした。最初はグリムやアンデルセンが多かったのですが,4年生からは,その年に刊行の始まった岩波少年文庫を中心に, 長編もよく読んでくださいました。『ドリトル先生』も,ケストナーの諸作品も,『宝島』も『足ながおじさん』も……,そしてそのなかに宮沢賢治が入っていたのです! 最初は『貝の火』でした。それから『ゴーシュ』も『オッペルと象』も, 『なめとこ山』も『グスコーブドリの伝記』も読んでいただきました!
笠原政雄著・中村とも子編『雪の夜に語りつぐ』(福音館書店)金田鬼一訳『グリム童話集』(岩波文庫)

物語を継いでいく

 私が今子どもたちに読んでいる物語は,結局のところ,祖母が語り,母が読んでくれ,先生が読んでくださった物語をなぞっているだけというわけです。 60年以上前に聴いた物語を子どもたちに読み,子どもたちとともに至福の時を味わっているのです。その物語のなかに,子どもたちは,幼い頃の私と同じように, みずみずしい世界と,人間の心を発見しているのでしょうし,私は,子どもたちに伝えたいことがみんなそこにあるように思っているのです。

おはなしをうかがった方
斎藤 惇夫
斎藤 惇夫(さいとう あつお)
 児童文学者,公益財団法人ラボ国際交流センター理事
 1940年新潟県新潟市生まれ。長年福音館書店で子どもの本の編集に携わり,2000年編集責任者(専務取締役)を最後に退社。以後,著作と,子どもの本の普及活動を続ける。現在,河合隼雄さんのあとを継ぎ,「小樽ファンタジー大賞」の審査委員長を務める。
 著書に,『グリックの冒険』(児童文学者協会新人賞),『冒険者たち―ガンバと15ひきの仲間』(国際アンデルセン特別優良賞),『ガンバとカワウソの冒険』(野間児童文芸賞),『哲夫の春休み』〔いずれも岩波書店発行〕がある。
 エッセイ集に,『僕の冒険』〔日本エディタースクール出版部〕,『現在(いま),子どもたちが求めているもの』,『子どもと子どもの本に捧げた生涯 ―瀬田貞二先生について』〔キッズメイト〕, 『わたしはなぜファンタジーに向かうのか』〔教文館〕,また共著に『子どもたちがあぶない! ―子ども・メディア・絵本』(古今社),『なつかしい本の記憶』(岩波書店),『だから子どもの本が好き』(成文社)などがある。
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