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特集連載
第53回
物語の国の偉大な劇作家

2015/12/29

安藤 聡/あんどう さとし

 安藤 聡/あんどう さとし
 大妻女子大学比較文化学部教授

 今月ご登場いただくのは,大妻女子大学比較文化学部教授の安藤聡先生です。
 英文学,児童文学が専門でいらっしゃる安藤先生は,GT24『ライオンと魔女と大きなたんす』発刊時に,講演会や制作資料集等でご協力いただきました。
 先生ご自身,小学生の頃より多くの英国の物語に親しんでこられ,現在も英国の物語の名所をたずねていらっしゃいます。
 今回はシェイクスピアにもふれながら,英国の物語の魅力についてお話しいただきます。

物語の伝統

 英国は物語の国です。『ガリヴァー』や『ロビンソン・クルーソウ』,『アリス』や『ピーター・パン』,『フランケンシュタイン』や『シャーロック・ホウムズ』,そして『ホビット』,『ナルニア』,『ハリー・ポッター』など,世界中で愛読される物語のかなりの割合が英国で生まれています。私も小学校時代に愛読した本の多くが英国のものだったと大学時代に気づき,そこから英文学に深入りしました。これらの物語は単に英語で書かれているから世界中で読まれやすいというだけでなく,英国には優れた物語を生み出す伝統があるのです。この伝統は,現実的な人間の経験を重視する国民性とも関係があるようです。
 英国の物語の伝統は作者不明の叙事詩『ベオウルフ』やチョーサーの『カンタベリ物語』,スペンサーの『妖精女王』やミルトンの『失楽園』など,古くから続いています。その頃は詩の形で物語を綴るものが主流でした。散文による物語,いわゆる小説ノヴェル(英語のnovelは長編小説のみを指す)がジャンルとして最初に確立したのは18世紀の英国です。19世紀になると『高慢と偏見』のオースティン,『ジェイン・エア』と『嵐が丘』のブロンテ姉妹,『オリヴァー・トゥイスト』を書いたディケンズなどが活躍し,小説が文学の主流になりました。19世紀後半にキャロルが『不思議の国』と『鏡の国』の二つのアリスの物語を書いたことで,児童文学やファンタジー小説の黄金時代も始まっています。
 英国は演劇の国でもあります。ロンドンの劇場街(ピカディリー・サーカス周辺)を見れば,この国がいかに演劇王国であるかが一目瞭然でしょう。演劇も舞台上で表現する物語ですから,この分野でも物語王国としての英国の本領が発揮されていると言えます。
ロンドンの劇場街

シェイクスピア――言葉の達人

シェイクスピアが生まれ育った家  英国の最も偉大な劇作家はもちろんシェイクスピアです。この人は詩人でもあり,十四行詩ソネットを154編も書いている一方で,37編の戯曲を書き,当時のロンドンの劇壇で注目を集めました。シェイクスピアが活躍した時代は16世紀末から17世紀初頭にかけての,エリザベス一世の晩年からジェイムズ一世の初期にまたがる時代です。この頃はイングランドのルネサンス時代で,さまざまな芸術文化が繁栄した時期でした。エリザベス一世もシェイクスピアの芝居に夢中になり,女王のリクエストに応えて書いた作品もあります(『ウィンザーの陽気な妻たち』)。
 シェイクスピアの劇作品は大きく四つに分けられます。『ヘンリー六世』三部作や『リチャード三世』などの歴史劇,『ヴェニスの商人』や『夏の夜の夢』などの喜劇,『ハムレット』,『リア王』などの悲劇,そして『ペリクリーズ』,『冬物語』などのロマンス劇です。2016年はシェイクスピアの没後400年に当たりますが,彼の作品が400年たってもまったく色褪せないのは,たとえば考え過ぎて行動できず自分を破滅に追い込むハムレットや,劣等感の裏返しの野心に突き動かされるリチャード三世など,いつの時代にもいるような,誰もがどこかで共感できるような人間を迫真性と説得力を持って描いたからなのです。
 シェイクスピアはまた,言葉を使いこなす天才でした。3万を軽く超える語彙を駆使して人々の心に残る台詞を書き,’lonely’,’lovely’,’dwindle’など,彼が最初に使ったとされる英単語がいくつもあります。「青春時代」,「未熟だった頃」を’salad days’と言ったのもシェイクスピアが最初です。「恋は盲目」,「終わりよければすべてよし」など,彼の作品から生まれたことわざも少なくありません。
シェイクスピア時代のものと同じように復元されたグローブ座

物語の意義

 英国の物語はさまざまな時代の文豪たちが書いたものだけでなく,アーサー王やロビン・フッドの伝説,「ジャックと豆の木」や「三匹の子ぶた」などの昔話も英国に古くから伝わる物語です。英国のすぐれた物語のいくつかはすでにラボ・ライブラリーに収録されています。そしてこのたび『ハムレット』と『夏の夜の夢』がその仲間に加わります。
 物語を読むことは読解力や表現力といった言葉の力を育むだけでなく,人間や世界を見る目を養い視野を広げることにもつながります。自分で経験できることは限られていますが,物語を読めば普段と違う世界でさまざまな経験が出来るのです。物語の中の人物の気持ちになって物語の世界を経験することは,想像力を鍛える上でも不可欠です。想像力は人間にとって最も大切な能力のひとつなのです。

おはなしをうかがった方
安藤 聡
安藤 聡(あんどう さとし)
 大妻女子大学比較文化学部教授
 明治学院大学大学院文学研究科英文学専攻博士後期課程満期退学,博士(文学)(筑波大学),専門は英文学,児童文学,英国文化。
 著書『ファンタジーと歴史的危機―英国児童文学の黄金時代』,『ナルニア国物語 解読―C・S・ルイスが創造した世界』,『英国庭園を読む―庭をめぐる文学と文化史』(以上,彩流社),『ウィリアム・ゴールディング―痛みの問題』(成美堂)など。
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