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特集連載
第51回
翻訳と物語

2015/10/02

三辺 律子/さんべ りつこ

 三辺 律子/さんべ りつこ
 翻訳家

 今月は,絵本からヤングアダルト,一般向けの本まで,話題の英米文学を幅広く翻訳されている,三辺律子さんです。現在,大学でも翻訳を教えていらっしゃいます。
 ラボ・パーティではSK33『ちいさな仕立屋さん』の日本語を担当いただきました。物語のことば一つひとつをていねいに考えてくださいました。また「ラボ翻訳大賞」の審査員もお引き受けいただきました。今回は翻訳の大変さと楽しさなどをご紹介いただきます。

「英文和訳と翻訳のちがい」

 2014年,ラボから「中学生〜大学生対象の翻訳大賞の審査員を」というお話をいただきました。作品は,ラボの教材にも入っている"The Well Of The World's End",いっしょに審査員をしてくださるのは,法政大学教授で翻訳家の金原瑞人さん。
 わたしは大学で翻訳を教えていますが,英語の文法を理解していることを示すための「英文和訳」と,英語の内容を理解して,それを読み手が理解できる形で届ける「翻訳」とは,根本的にちがいます。例えば,I am a boy. 英文和訳なら,「わたしは男の子です」で100点です。でも,翻訳となると,そうはいきません。そもそも,男の子が自分のことを「わたし」ということは,あまりないでしょう。「ぼく」「おれ」「おら」「おいら」,さらに同じ「ぼく」でも,「ぼく」「ボク」「僕」でだいぶ印象がちがいます。
 さらに,日本語には終助詞があります。「おれは男の子だぞ」「ぼくはね,男の子なんだよね」「あたし,男の子よ」・・・・・・。きりがありません。最初のは,女の子にまちがえられた男の子が怒って口にしたのかもしれませんし,次のは,同じ状況でもぐっと冷静に(皮肉っぽく?)聞こえます。最後のは,外見は女の子で,女の子として育てられたけれど,心は男の子だと思っている子どものセリフとも考えられます。
 つまり,「物語」を理解していないと,翻訳はできないということになります。「I」と称している話者が,どういう人間なのか,「ぼく」タイプか,「おれ」タイプか,それともまた別のタイプなのか。年齢や,身分・地位(ファンタジー小説の王子さまかもしれませんし,歴史小説に出てくる奴隷かもしれません)はどうなのか? また,どういう状況で,どういう気持ちで,だれに対して,このセリフを口にしたのか。中学一年生で習うような,たった四単語の英文でも,考えなければならないことが,たくさんあります。

「考えてもいい」ことが翻訳の魅力

 しかし,今,「考えなければならない」と書きましたが,「考えてもいい」というふうにとらえることもできます。英文法のテストで,上記のようなことをあれこれ考えていたら,そもそも問題をぜんぶ解ききれませんし,例えば「男の子だぞ」などと解答したら,主語がないので,減点されてしまうでしょう。実際は,日本語では主語を省くことが多いので,「男の子だぞ」のほうが自然な場合が多いのですが。でも,翻訳なら,自分が物語を読んで想像した主人公を,自分の思うように造型していくことができます。この主人公だったら,どんな一人称を使うだろう,どんなしゃべり方をする? 相手は目上の人だろうか,主人公にとってどんな人だろう,どういう気持ちでこのセリフを言ったのか・・・・・・。

「物語」に近づくと翻訳が楽しくなる

 大学の授業で,四月は英文和訳のような訳文を書いていた学生が,ぐんぐんうまくなっていくのは,こうしたことを深く考えるようになるからだと思います。誤訳には,単なる文法上のミスの場合と,文法は合っているのに,「物語」を理解していないので,結果として意味を取り違えている場合があります。さらに,文法も物語も理解していても,それを日本語でうまく伝えそこねている場合もあります。英文理解から日本語表現まですべてを含む翻訳作業をくりかえしているうちに,学生たちは,物語をより深く理解し,より深く理解したことで,より楽しめるようになったと言ってくれます。それぞれの登場人物の行動や心の動き,情景描写や,物語の伏線など,物語をすみずみまで漏らさず楽しむことができるのですから。

翻訳の大変さと楽しさ

 また,文章の意味や“ニュアンス”をどうやったら相手にわかってもらえるだろうと考えるのは,他者とのコミュニケーションを考える上でも大切なことです。自分だけわかっていても,それが相手に伝わらなければ,翻訳は成り立ちません。自分が笑った箇所で,読者も笑わせてやろう,とあれこれ工夫を凝らすのは,大変だけれどとても楽しい作業です。
 なので,ラボ翻訳大賞の参加者たちが,「カエルにとって女の子はどういう存在だったんだろう」と考え抜いて訳語を決めたり,「どうしたらセリフで、登場人物の緊迫感や焦りが表現できるか」悩んだり,「言葉が持っている文化や背景,雰囲気が異なる」ことに気づいたりしたのを知って,とても嬉しく思いました(「ことばの宇宙2014年夏号」から)。翻訳の大変さと楽しさは,物語,さらには,自分やひとの考えや見方を理解し伝えることの大変さと楽しさにつながると思うからです。
 最後にひとつ。ラボ翻訳大賞の審査の過程で,金原さんと海外文学のおもしろさをもっと広めたいという話が出ました。それが実現して,今年の秋から,「BOOKMARK」という海外文学を紹介する小冊子を出すことになりました。中学生,高校生から大人まで楽しめる本を毎号17冊ずつ紹介していきます。本屋さんや図書館に置いてもらう予定なので,ぜひ探してみてください。物語のおもしろさと力に触れることができると思います ! 三辺律子氏の翻訳された「おいでフレック,ぼくのところに」偕成社/「ジェンナ」小学館

おはなしをうかがった方
三辺 律子
三辺 律子(さんべ りつこ)
英米文学翻訳家。白百合女子大学・フェリス女学院大学講師。
東京都出身。聖心女子大学英語英文科卒業。白百合女子大学大学院児童文化学科修了。神宮輝夫氏に翻訳を学ぶ。おもな訳書に『龍のすむ家』シリーズ(クリス・ダレーシー著),『マザーランドの月』(サリー・ガードナー著),『まだなにかある』(パトリック・ネス著),『ジャングル・ブック』(ラドヤード・キプリング)など。
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