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特集連載
第35回
美しい日本語として味わえる
名もなき人の「詩」でありたい

2014/4/1

谷川俊太郎/たにかわしゅんたろう

 谷川俊太郎/たにかわしゅんたろう
 数多くの絵本,小学校でよく群読されている「かっぱ」の詩や,スヌーピーが登場するマンガ『ピーナッツ』の日本語訳など,多くの作品が親しまれている詩人・谷川俊太郎さん。ことばのもつリズムや味わいをたいせつにしており,詩の新しい可能性を追求し続けています。
 今回は,10代のラボ会員が谷川俊太郎さんにインタビューしたときのお話(「ラボの世界」Vol.259 所収)から一部を抜粋してお届けします。

「終戦後,もののない時代 友人に誘われ,詩を書きはじめた」

 ぼくの10代は,だいたい太平洋戦争に重なっているんですよね。1941年,小学校4年生のときに真珠湾の攻撃があって日米開戦になりました。日本自体がたいへんな時代でした。
 詩を書きはじめたのは17〜18歳ぐらいの頃だったと思います。きっかけは友だちです。同級生に児童文学作家になった北川幸比古がいたんです。彼がうちによく来たんですよ。哲学者だったぼくの父親は文芸評論などもやっていたから,知人から詩集をもらう機会が多くて,家にたくさん本があったんですね。彼はそれが目当てでした。その彼が詩を書きはじめて,ぼくも誘われたんです。

「将来を案ずる父親に『詩』を見せるしかなかった」

 ぼくは高校を中退し,定時制で卒業しました。学校が嫌いだったんです。大学も行く気はなかったけれど,父親が大学の学長までになった人だから,体面上,ぼくも東京大学を受けました。試験では,だれよりも早く答案を出して,脅威の目で見られましたね。でも中身は白紙だったんです(苦笑)。
 そういうわけで大学にも行かず,うちでプラプラしていたんですけど,寛容な父親も業を煮やして,とうとう「どうするんだ?」と言ってきました。そのとき,自分には詩を見せるしかありませんでした。じつは,父は若い頃自分でも詩を書いていた人で,文学や詩に理解がある人でした。そして,ぼくの作品を三好達治さんという詩人に持っていってくれたんです。そうしたら三好さんが気に入ってくれて,『文学界』という雑誌に紹介してくれました。その雑誌で,ぼくははじめて詩で原稿料をもらいました。それで道が開けたわけです。

「インスピレーションを植物のように吸いあげる」

 作品は,自分で生みだしたっていう感覚はあるけれど,だれかがくれたみたいな印象ももちます。インスピレイションということばがありますよね。ギリシア神話では,空気中に3人の女神がいて,その女神が詩人に息を吹きかけるとインスピレイションが生まれるといわれています。でも,ぼくの場合は上にいるんじゃなくて,下にいるんですね。昔からいまに至る日本語の総体みたいなものが,土壌のようにある。そこに自分が根を下ろし,吸いあげて花を咲かせ,葉っぱを茂らせている,といった感じです。そんな植物のようなイメージですね。それは左脳では吸いあげられないものなんですよ。右脳で吸いあげてきて,ポコッと1行できたりするのね。「あれ,なんでこんなことばが書けたんだろう?」というような感じなんです。
 もちろん,全部が全部そういう形ではなくて,リズムでつなげたり,連想したりしながら書くこともあります。「かっぱ」という「ことばあそびうた」などのように,インスピレイションもあるんだけれど,日本語の似た音を書きだして,つなげていくという,ほんとうに職人的な手仕事をすることもあります。注文で書く場合,たとえばどこかの学校の校歌とかは,その学校の歴史を調べて書いたりします。そういうのはインスピレイションでは書けません。でも,やっぱり詩というのは,自分の知らないところから,ポコッと出てくるのがほんとうなのだと思います。

「自分のことばは,他人のことばでつくられる」

 創作のうえでたいせつなのは,「読者がどういうふうに受けとってくれるか?」ということです。ぼくは自分勝手なものは避けたい。言語はもともと他人のものでしょ? 「人間は言語の海に生まれてくる」といった人がいるけれど,生まれてはじめて聞くことばは,みんな他人がしゃべっているんです。それを赤ん坊が聞いて,だんだん自分のことばとして,話せるようになるわけです。だからことばは自分だけのものではない,という考え方をたいせつにしています。とくに詩を書くときには,人に伝わるように,味わってもらえるように,そういうものを書きたいというが思いがあります。意味を伝えるだけなら詩である必要はありませんから。
 一方で,詩をつづる日本語は言語だから,声に出せば,音とかリズムとかメロディとかいろいろあるでしょ? 現代詩はそれを無視してしまった。そういうのが詩の読者を減らしてきたんだと思うんですよね。
 詩っていうのは,ぼくは民芸品のようなものだと考えています。職人さんが作ったきれいな細工物や美しい皿のように存在感のあるもの。そんな存在感をもったことばを人に見せたいんです。ぼくとしては芸術品よりも,無名の人が作った民芸品に近づきたいですね。
 ところで,作品は作者の名前をつけて商品として売られています。ぼくもそれでご飯を食べています。でも,ことばは古代から万人のもので,お金にするのがおかしいという考え方もあるわけですよ。「万葉集」などでは「詠み人知らず」とか,作者がわからないものがいっぱいあるわけです。むしろ作者がいると,作品と結びつけ過ぎるんですよね。こんな立派な人が書いたことばだとか,作品は立派だけど私生活が乱れているとか。ぼくは作品は作品としてみてもらいたい。ぼく個人のものというよりは,言語の富として残ってほしい。自分の詩もお金をもらうために名前をつけているけれど,できればタダであげたいと思います。だから,「ことばあそびうた」のように,子どもたちがなにげなく口ずさんでくれる,自分の夢見たかたちで詩が世の中に広まっている,そういう状況はとてもうれしいことです。

−翻訳のお仕事でたいせつなことは?

「外国語と日本語の意味が 重なる部分をみつけること」

 翻訳は,外国語よりも日本語をよく知っているほうが強いと思います。たとえば「blue」を訳すとき,英語を母語とする人たちがどんなときにどんなふうに使うのか,まず調べるんです。そのなかから,日本語の意味が重なっているところをみつけないと,うまく翻訳できない。自分のなかの日本語で,この場合の「blue」は「青」よりも正確だと感じることばをみつけていくんですね。だから翻訳に意訳はすごくだいじだし,ときには誤訳も必要です。誤訳のほうが日本語として自然で,訴える力がある場合もありますから。ぼくの場合,翻訳は日本語に自信があったから続けられたんだと思います。
 絵本の翻訳は絵がたいせつです。描いている人はレイアウトも考えていると思うんですね。だから,英語が3行で25字詰めになっているのを訳したときに,5行で13字詰めにしてはいけない。当然ながら,読むのはみんなより小さな子たちだから,ことばもひらがなだけにしています。英語だと抽象的なことばも多いのでたいへんです。「society」は「社会」だけれど,幼稚園児は「社会」なんてことばはわからないと思うんですよね。それには意訳が必要です。あと,声に出して心地いい調べもたいせつですね。

−10代の若者に伝えたいことは?

「知らない人には話せない。ことばは一対一のもの」

 伝えたいことはないです。「10代の若者」と,集団をひとくくりにするのには抵抗があります。自分の孫や,質問してくれたあなたにだったらあるかもしれないけれど,それにはもう少しあなたという人がわかってからじゃないと,むずかしいですよね。コミュニケイションは「一対一」が基本なのに,いまはみんな「一対多」に慣れすぎちゃっている。メッセージということばの変な抽象性がいやなんですね。一対一で恋人にいう「I love you」にメッセージ性はあるのでしょうか? 詩の場合も,メッセージはなにかとよく聞かれるけど,ぼくは逆に質問するわけ。「古池や 蛙飛びこむ 水の音」という松尾芭蕉の有名な詩がありますが,これのメッセージはなんですかと。そんなことを聞いたって,なんの意味もないじゃないですか。メッセージっていうのは血も肉も無視して,骨格だけをいっちゃう気がする。そういうことは取扱説明書なら必要だけれど,文学作品は違うと思いますね。
 ぼくは自分の作品を,美しい日本語だなと思ってもらいたい。感動してほしいわけですよ。怒りであれ,笑いであれ,自分が書いたことばに相手が反応してくれれば,それでいいわけです。受け取る側がそこにメッセージを感じることがあるかもしれないけれど,書くほうとしてはメッセージを伝えようとは考えていない。もちろん詩には意味もたいせつで,思想もあるけれど,ほんとうに美しい日本語はいい味でないといけないと思います。意味よりもおいしいごちそうとして味わってほしいですよね。

おはなしをうかがった方
谷川俊太郎
谷川俊太郎(たにかわしゅんたろう)
 詩人。1931年,東京府東京市(現・東京都)に生まれる。1952年,詩集『二十億光年の孤独』でデビュー。以来,読売文学賞,萩原朔太郎賞などさまざまな文学賞を受賞し,著書も多数。中国をはじめ海外でも作品が翻訳され,世界的な評価も高く得ている。現代詩を広く知らせたいという思いがあり,詩のほかに作詞,絵本,翻訳,映画脚本など幅広いジャンルで活動。読者に詩を直接届ける「ポエメール」,詩をゲーム感覚でコレクションできるiPhoneアプリ「谷川」など,野心的な挑戦を続けている。
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