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特集連載
第18回
人とのつながりで拓く

2012/7/5

鈴木小百合/すずきゆりこ(通訳・翻訳家)

 最近,ジョニー・デップやレオナルド・ディカプリオといった俳優が映画の紹介のために来日するとき,通訳として立つ鈴木小百合さんの姿をテレビで見ることが多くなりました。ラボ教育センターの物語作品の制作にあたってもご協力いただくことが多くあります。このように,鈴木さんが活躍されるようになったのは,人と人とのつながりが大きな支えになったとおっしゃいます。今特集では,10代の青少年が,鈴木さんに直接お話をうかがったインタビューから,抜粋してお届けします。

10代のころをお聞かせください。

8歳の頃,オーストラリアの学校の制服を着て,自宅前で。16歳の頃,はじめてのスキー。蔵王にて  父親の仕事の関係で,8歳のときにオーストラリアのシドニーに引っ越しました。転校先は現地の学校。当初はまったく英語が使えず,なにをいってるのかさっぱりわかりませんでした。でも子どもの柔軟性はすごいもので,半年も経つと耳から覚え、普通に英語で話すようになっていたそうです。
 14歳のときに東京に戻りましたが,日本語が外国人のようにたどたどしくなってしまったので,インターナショナル・スクールに入学しました。ことばは英語と日本語が入り乱れる特殊な環境で,日本人の友だちとも「MeんちにYou来てHomeworkやらない?」というような会話を,自然にしていました。
 大学に進学するころには,英語も日本語も中途半端な状態で社会に出ることに危機感を覚え,大学では"Special Japanese"(略して『スペジャパ』)という授業で日本語を外国語として特訓しました。

いまの仕事を始められたきっかけは?

20代半ば、広告代理店の仕事をしていた頃。ロンドンにて  卒業後2年間勤めた広告代理店を辞め新しい仕事を探しているとき,主役の日本人タレントにマジシャンがマジックを伝授するのを通訳するという仕事をいただきました。ゾウを一瞬で消すとかオートバイが瞬間移動するといった大じかけの舞台で,すごく楽しかったです。またそのショーのプロデューサーから,ミュージカル『ラ・マンチャの男』の通訳の仕事を紹介してもらい,以後演劇の通訳を続けてきました。
 翻訳を始めたきっかけは,友だちがニューヨークから買ってきてくれたジョン・パトリック・シャンリィ著"Welcome to the Moon"という本です。6つの物語の短編集で,学生が学園祭などで使いやすいと思い,訳しました。当時は翻訳家としては無名でしたから,本にすることも芝居にすることも決まっておらず,自分で出版社や劇場を巡りました。それが『お月さまへようこそ』というタイトルで出版することがで,興味をもってくださった劇場関係の方がたが制作会社を立ちあげて舞台として上演することができました。またこの舞台がお客さまにも好評で,次の翻訳作品『ダニーと紺碧の海(原題:Danny and the Deep Blue Sea)』の出版と上演につながりました。

お仕事で気を使っておられることは?

ジャッキー・チェンさんとジェイデン・スミスくん(ウィル・スミスさんの息子)の記者会見  ジョークの通訳がむずかしいですね。ことば遊びやダジャレなどはすんなり訳せませんし,説明するとテンポが悪くなります。映画の記者会見では開口一番ジョークをいう俳優が多くいますが,大きなプレッシャーです。英語がわかる記者が笑った後だと,わからなかった人たちにもおもしろさを伝えなければとさらに緊張が走ります。
 ことばは人を感動させることもできれば,傷つけることもできます。へたに使うと失礼になることも。あるリポーターが女優に対して,くだけた口調の英語でインタビューしている現場に遭遇したことがあります。案の定,女優さんは怒って退出してしまいました。ことばは相手の気持ちを考えて使わなければならないことを痛感しました。
英訳を手がけた「ももたろう」「かさじぞう」絵は本多豊圀氏。  冷静に中立の立場で訳すこともたいせつですね。演劇の仕事などで,アーティストどうしが意見交換するときは,お互いに感情的になることもあります。通訳を始めたばかりのころ,アメリカ人の振付師と日本人の演出家とが意見が合わずに大げんかになりました。演出家が振付師に「そんなこというなら帰れ!」といい放ったことばを,そのまま訳してしまったんです。すると振付師がほんとうに帰って気まずい状況になりました。どう訳せばよかったかと,ときどきふり返ります。またどちらの味方もしてはいけないということも学びました。相手が攻撃的な口調になっても,こちらは冷静に内容を伝えることに専念しています。中立の立場でいなければ,相手はきちんと訳してくれていないと感じ,信頼を失います。通訳の仕事は信頼がすべてです。
 翻訳は,作品のイメージをいかに伝えるかということに腐心します。最近,昔話の『ももたろう』や『かさじぞう』の英訳を手がけました。こちらは昔話や方言などの独特のいい回しや,そのニュアンスを伝えるくふうしています。たとえば「〜があったそうな」というような古めかしい文章の訳には,現在はまず使われない古い単語を散りばめて,昔話のふんいきをだしました。 また,桃が川を流れるようすを日本語では「どんぶり,こんぶり,すっこんごう」と表現されているのですが,英語でも似たリズムで,なおかつ日本語と同じようなイメージを共有できるような造語を,あれこれ考えました。日本語の文章を担当された方とも何度もディスカッションを重ねました。

10代の若者たちにメッセージをお願いします。

 たいせつにしてほしいのは人と人とのつながりです。みなさんにも将来の夢やなりたい職業などがあると思いますが,そのチャンスを,いつだれがくれるかはわかりません。『お月様へようこそ』のときは,私は翻訳家としては無名でしたが,演劇の通訳を通じて演劇界や出版界の人にはある程度人脈がありました。その知合いからの紹介が大きな力になりました。映画の仕事を始められたのも先輩の紹介。人とのつながりをたいせつにしていればチャンスは来ます。あとはチャンスを生かせるかどうか。生かすためには準備がだいじです。作家になりたくてもなにも書かないのではなれません。準備のためになにをすべきか考えることもだいじです。たとえば英語を使って将来なにかやりたいと思っているのなら,英語や外国のことを学ぶのと同じくらい日本のことも学ぶ必要があります。
 通訳するにも準備は重要です。たとえば私の場合,以前のインタビューをYoutubeなどの動画や残っている映像で調べ,どういう話し方をするかどういう内容でしゃべるか確認します。過去のインタビュー記事があれば入手しますし,プロモーションする映画で使っている専門用語などもなるべくチェックします。事前に準備すれば,自信をもってその人の通訳ができるんです。
 また,いろんな人の話を聞き,いろんな考え方と出会うこともだいじだと思います。自分の意見や思い,信じるものとは違っても,その違いを認めたうえでいっしょにやっていくことが社会には必要です。英語を理解しあうためのツールとして使い,世界の人と対話できるようになってもらえるといいと思います。

おはなしをうかがった方
鈴木小百合
鈴木小百合(すずき・さゆり) 通訳・翻訳家
通訳,翻訳家。東京生まれ。国際基督教大学卒業後,広告代理店勤務などを経て,83年よりフリーとして活躍。アメリカの劇作家,ジョン・パトリック・シャンリィの作品を日本ではじめて紹介。ウディ・アレン原作「又聞きの思い出」(2011)など,劇作品の翻訳にも力を入れている。ジョニー・デップをはじめ,多くのハリウッド・スターや映画監督来日の際の通訳を務める。ラボ・ライブラリーでは,SK24『おどりトラ』,『ヒマラヤのふえ』,SK25『ききみみずきん』,『おむすびころころ』,『チピヤクカムイ』,『鮫どんとキジムナー』,SK30『寿限無』,GT21『十五少年漂流記』,GT23『かさじぞう』,『ももたろう』の英語を担当された。
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