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特集連載
第16回
対馬の銀しゃり ―フィールドワークという異文化体験―

2012/4/19

中村とも子/なかむらともこ

 昔話を研究する場合,まず第一に行なう基礎的研究の一つに「フィールドワーク」があります。これは各地に出かけていって現地の人に話を聞いたり,資料や史料を集めたりする現地調査のことをいいます。フィールドワークでは地元の人に昔話を語ってもらったら終わりということは,まずありません。調査する人と地元の人の間に心の交流があり,おたがいに信頼できる関係をつくれなければ,昔話を語る場などできません。
 今回は,前回登場していただいた中村とも子氏に,フィールドワークを通じてかいま見ることのできた人の心のあたたかさ,その文化の豊かさを語っていただきます。

はじめてのフィールドワーク

 私が大学生になったころ,「ディスカバー・ジャパン」のキャッチコピーのもと,「古き良き日本」がもてはやされていました。昔話も題材として多彩に取りあげられ,また,多くの大学で伝承文学や口承文芸学が開講されていました。私も,昔話→おとぎ話という単純な興味から講座をとり,フィールドワーク(昔話調査)を体験しました。いずれ消えてしまう口伝えの話を残すため,直接昔話を聞き取り,文字記録にするフィールドワークは研究の基礎でした。私の最初のフィールドは長崎県対馬で,そこでの体験ははじめての土地ではじめての人との出会いをめぐる,忘れられないものとなりました。

旅人としてもてなされ

マツイ氏とお孫さん  1976年の夏,日本女子大学,立命館大学,京都女子大学の3大学合同で対馬昔話調査を行ないました。初日,公民館に集まったお年寄りたちから,話を聞きはじめました。こちらが聞きたい「昔話」の意味がなかなか伝わらず,ある方は,対馬沖のバルチック艦隊と日本海軍の海戦の歴史を,「むかし本当にあったこと」と話してくれました。ようやくマツイさんという男性が昔話を語ってくれました。もっと聞かせるというので,別の日にお宅を訪問する約束をしました。ところがその日,マツイさんは不意の病いで本土の病院へ行ってしまい,不在でした。呆然としていると,息子さんと小学生のお孫さんが,せっかく来たんだから海に行こうといって,近所の子どもたちとともに,漁船で美しい白浜海岸に連れて行ってくれました。水中の自分の足の指まではっきり見えるほどの澄んだ海。昔話のことはすっかり忘れて子どもたちと思い切り遊びました。海からもどると,マツイさんのお隣のおばさんが自分の家に案内して,風呂をたててあるから入るようにいいます。びっくりしている私に,「うちはマツイの親戚だから遠慮はいらない。あんたのことを頼むといわれているんだよ」。さっぱりすると,おばさんの手作りのハタンキョウ(スモモの一種)のジュースを出してくれて,「海水浴のあとは昼寝をするものだよ」といいました。すっかりおばさんのペースにはまって,子どものようにいわれるままになりました。
 この日,私は旅人としてもてなされました。見ず知らずの人間なのに,マツイさんのご家族も隣のおばさんも,心のこもったもてなしをしてくれました。澄んだ海と,ハタンキョウのジュースの美しいルビーレッド色は,今でも鮮やかに目に浮かんできます。

山もりのご飯に込めた思いやり

カンノご夫妻  雨の降る日,私は海辺の集落へ出かけました。漁村の話を聞こうとして,役場を介してカンノさんのお宅を訪問しました。カンノさんご夫妻と,お嫁さんとお孫さんたちに迎えられました。奥座敷にご夫妻がかしこまってすわり,小さな子どもたちは台所に近いところでおとなしくしています。昔話を聞きに来たというと,ご夫妻は「聞いたことないね。すまないね」と,気の毒そうにおっしゃいます。でも,なんとか私のためになってあげようと一所懸命です。漁師だったカンノさんは,漁の技術的な智恵や,海上で経験する奇妙な現象「あやかしの話」をとつとつと聞かせてくれました。
 昼時になると,おばあさんが昼食のお盆を運んできます。おにぎりを持参していましたので遠慮しましたが,ぜひにと勧められ,おにぎりを子どもたちに渡して,ご夫妻とともに卓を囲みました。私の前には大ぶりのお茶碗に山もりの白いごはん,おみそ汁とイカの子の煮付け,たくあんが並べられます。ご夫妻の前にはごはんとおみそ汁,そして,別の卓をかこむお嫁さんと子どもたちの前にはたくあんのお皿があるだけでした。突然の客のために,家族が分け合って食べるものを私にだしてくれたのでしょう。山盛りのごはんは普段の2倍の量はありましたが,これを一粒でも残したらバチが当たると思い,肩で息をしながら食べ終えました。
 夕方,雨もあがり,すっかり打ち解けたご一家と別れて帰路につきました。バスはすでに最終が出た後です。通りかかった車に頼むと,宿まで送ってくれることになりました。偶然にも対馬の役場の方で,昔話調査団のことも知っていました。私がカンノさんのもてなしを話すと,役場の方はうなずき,「昔は米がとれなくて貴重な食べ物だったんですよ。今でも,年寄りは白いごはんを腹いっぱい食べてもらうのが最高のもてなしだと思っているんです」とおっしゃいます。話はできないけど,せめて……と,ご夫妻の精いっぱいのお気持ちが伝わってきました。

対馬は不毛の地ではない

 日程がすべて終わった日,調査団は長崎県と対馬郡(当時)の担当者に,たくさんの昔話が対馬に伝承されている成果を報告しました。長崎県の役人は「対馬は文化果てる不毛の地だと思っていたが,こんなにたくさんの話があると知って驚きました」と発言。価値あるものは中央から地方へ広がると思いこんでいるのでしょう。すると,対馬郡の役人はこう返しました「今回の調査のおかげで,対馬には無形の財産がたくさんあることを知らされた。しかし,その財産はここに暮らす人たちが営えいと培ってきたもので,他から与えられたものではない。対馬は,決して不毛の地ではありません」。頬を朱に染めて,力強い声でした。そう,対馬の豊かさを私は身をもって知っています。あのように私を受け入れてくれた人たちを生んだ土地が不毛のはずはない。不毛なのは,はばかりもなくそういってのける人の心のありようなのです。

土地を訪ねて得た「人間」の深さ

 昔話を聞くとき,話とともに,語り手のひととなりも伝わってきます。それは,その土地に暮らしてきた人びとが代だい受け継いできた人間性ともいえます。私は昔話という具体的な伝承を求めていろいろな土地を訪ねて,数えきれないほどの話を聞きました。与えられたのは話だけではなく,人間という丸ごとの存在,その深さでした。その体験はある意味で,異文化体験といえると思います。私たち日本人は,同じ日本語を話し,同じような環境の中で暮らしているように見えますが,じつは,それぞれの土地で長らく培われてきた文化的,精神的な風土はさまざまです。対馬での体験は,そのことを私の心根に植えつけてくれました。

おはなしをうかがった方
師岡文男
中村とも子(なかむら・ともこ) 昔話研究者
日本口承文芸学会会員。主著『雪の夜に語り継ぐ―ある語りじさの昔話と人生』(福音館書店)。論文「昔話『狐女房』とは何か―口承が受容するものとしないものの一考察」『土曜会昔話論集・ 昔話の成立と展開2』(昔話研究 土曜会)ほか。
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