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特集連載
第15回
子どもにとっての昔話

2012/3/6

中村とも子/なかむらともこ

 現代は,テレビやゲームやパソコンなどを通じてたくさんの情報がみなさんのもとに届けられます。そこに流れる「物語」も,毎日あふれるほど量産されています。でも語り継がれてきたお話を子どもに語ることは,これらの「物語」とはまた違った,特別な力をもっているようです。とくにまだ,やわらかな心をもった子どもに語りきかせることは,その子の人生に大きな意味をあたえます。
 今回は,ラボ・ライブラリーの制作にも携わっていただいている,昔話研究者の中村とも子さんに,昔話を研究する過程でみえてきた昔話の魅力について語っていただきます。

語り手との絆

 まだ幼稚園にも行かない頃,私は父親が休日の朝寝を楽しむ布団にもぐりこみ,「お話して」とせがむのが常でした。父が語ることができたのは『桃太郎』『浦島太郎』のふたつだけでしたが,飽きずに聞きました。「もっとほかのお話」と頼むと,困りきった父は,軍人として過ごした満州で出会った動物の話をしてお茶を濁したものでした。いま思い返してみると,話がおもしろかったというよりは,普段は厳格な父親がその時だけは私をもてなそうと,心を砕いてくれたことがうれしかったのでした。子どもはお話を聞くのが大好きです。おとなが自分の声で語って聞かせてくれる時,その人が聞き手をもてなそうとする心持ちを存分に感じるからです。そのような体験をした子どもは,語り手とのあいだに生れる絆とでもいうものを,生涯忘れることはありません。

昔話の特徴

「雪の夜に語りつぐ〜ある語りじさの昔話と人生」(福音館書店)笠原政雄・著 中村とも子・編  私は大学に入って昔話の学問的側面を知りました。本来,昔話は口で語られ,それを聞いた人がまた次の世代に語って,人びとの記憶のなかで代だい伝わってきたものです。昔話に作者はいません。それなのに,非常に巧緻な語りの法則をもっています。たとえば,昔話は語り始めに「むかし,むかし」と発句をいいます。いまからおとぎ話をはじめるよ,という合図です。終わるときにも「これでおしまい」という結末句をいいます。そのふたつのことばのあいだでは,何が起きてもふしぎではないという約束がなされます。聞き手は存分にファンタジーを浴び,豊かに想像力をはばたかせて頭のなかに物語を描きます。このような精神の働きはとてもだいじな力,聞いてイメージする力を育てます。この力を養うのに,昔話のもつ法則ほど有効なものはないでしょう。たとえば,昔話は,同じ場面をまったく同じことばで,3回繰り返します。聞き手は,繰り返して聞く情景で,鮮明なイメージを頭のなかに描きます。また,複雑な心理的な描写をせず,筋の展開は明解ですばやく,主人公の行為に沿って進み,時間的な後戻りをしません。この点もまた,イメージを描くために重要な法則です。このような特徴は,どの民族の昔話にも共通するものです。人類がことばを獲得したときから,世界中の民族が法則を守って,昔話を語り継いできたのです。私は,昔話のもつ奥深い世界に魅せられ,昔話の勉強を続けてきました。

「じさの宝」のやわらかな心

「昔話の調査〜山梨県下部町」  社会人となってから,私は,新潟県長岡市に住む笠原政雄という語り手に出会いました。盆と暮の休みに笠原さんのお宅を訪ね,数日間のうちに何十話という話を録音してはこつこつと原稿にしました。笠原さんは母親から昔話を聞いて育ちました。母親の思い出を語る笠原さんをみているうち,人が語り,人が聞くという営みに,生まれてくる絆があると感じました。なぜ昔話を語るのかという問いに対して,笠原さんはこう答えました「ひとつでもふたつでもいいから,母親の話をあとの世に残してやりたい」。母親への思慕もありますが,もっと大きなもの,人と人が結びあう喜びを,笠原さんは伝えたかったのだと思います。
 笠原さんのお孫さん,当時3歳のあこちゃんが同席したことがありました。あこちゃんは「じさの宝」と呼ばれて,笠原さんにいつくしまれていました。あこちゃんに向かって,笠原さんの表情と声音は,それはそれはやさしくなりました。あこちゃんは大好きな「ブツ」(「法事の使い」という笑い話)を,祖父の語りをなぞるようにして,口移しに語りました。たどたどしくはありましたが,古めかしいことばのイントネイションといい,リズムある語りといい,祖父の語りをそっくり受け継いでいました。慣れない私という存在に照れていましたが,ブツがカラスの糞を黒砂糖と間違えるくだりになると,「ここがほんとにおもしれえ」とケラケラ笑うのでした。そのとき,私にもあこちゃんが見ている情景が見えました。彼女の精神が自由に羽ばたいて,物語のなかでブツと一緒に遊んでいる情景です。笠原さんも,母親から話を聞きながら同じような体験をしたのだと思います。普段は働きづめの母親が,昔話を語る時だけは笠原少年に向かいあってくれたのです。子どもに昔話を語るとき,おとなは,おとなという枠から抜け出して,子どもの目線と同じになって一緒に遊んでいるのです。それを共有したおとなと子どものあいだには深いつながりができるのでしょう。私も3人の男の子の母親になりました。彼らを寝かしつけるときに,耳に残った笠原さんの話を聞かせました。子どもたちが「もっとお話して」とせがむと,早く寝てくれないかなと思いながらも断らなかったのは,こうしたひとときが子どもたちに何かを残すだろうという思いからでした。
 ある時,甥が泊りに来て,一緒に昔話を聞きました。甥は,昔話を聞くのははじめてでした。『蛇女房』を聞きながら,びっくりした彼はいちいちさえぎっては質問します「どうして蛇が人間になれるの」「眼の玉をくりぬいたら血が出て死んじゃうでしょ」。たまりかねた長男がいいました「うるさいね。黙って聞きな。これはお話なんだよ」。甥はファンタジーの世界に遊んだ経験のない子どもでした。現実にはありえないことを聞かされて,疑問をもたずにはいられなかったのです。

昔話の力

「昔話の調査〜福島県梁川町」  子ども時代という,やわらかな心を持っているあいだに,思う存分ファンタジーに浸ることがだいじです。想像力を十分に働かせて,昔話の主人公と同じように,楽天的で肯定的な世界観を身内に確立することがだいじです。そういう段階を経て,子どもは厳しい現実の社会を歩いて行けると思います。話を聞かせてくれた人との絆が,子どもの背中を押していきます。笠原さんは,壁にぶつかるたびに「母親はなんであんな話を聞かせたのか」と問い返します。すると,母親の声とともに,昔話にあらたな意味づけをみつけていきます。それは,八方ふさがりに思える現実に,違う方向からのイメージを見出す力でもあります。その力を,子どもたちに与えてやりたいと思います。子どもにとって昔話とは,ファンタジーを浴びて,想像力をいっぱいに使うという大きな働きがあると思います。

 次回は,大学時代に行なったフィールドワーク(昔話調査)で,土地の人びとに語っていただくなかで感じた人間という存在,その深さについてお伝えしたいと思います。

おはなしをうかがった方
師岡文男
中村とも子(なかむら・ともこ) 昔話研究者
日本口承文芸学会会員。主著『雪の夜に語り継ぐ―ある語りじさの昔話と人生』(福音館書店)。論文「昔話『狐女房』とは何か―口承が受容するものとしないものの一考察」『土曜会昔話論集・ 昔話の成立と展開2』(昔話研究 土曜会)ほか。
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