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私は英語に出会ったのは、確か5年生のとき。
近所のオーストリア人の奥様と日本人の旦那さんとで始めた新規の英会話教室に通い始めました。
私が好きだったのは主に英語の歌。
その音の響きが好きでその頃覚えたジングルベルは気分がいい時つい口ずさむほど大好きでした。
いつしか「将来は英語を使って何らかの仕事をしたい」と思うようになり、英文学、英語学科がある大学を受けまくりましたが、行きたい大学には残念ながら合格できず、どうにか合格できた上智短大で英語学科を専攻しました。
4年生大学へ行きたい思いは持ち続け、編入学を目指すのですが、その短大では言語学、音声学、米国史、英文学などを学びました。今考えるとそこでの学びは多く、また恐らく編入を目標に勉強を続けていたので、そこで英語力はかなり伸びたように思います。
そして、言語としての英語を学ぶなか、「ことばの面白さ」を知ることができ、そこからもっとことばについて学びたくなりました。
言語学をそのまま学ぶという選択肢もありましたが、私はその後、社会の中に生きる私たちのこと、ことばについて、社会心理学についてなど学ぼうと立教大学に編入し、「社会学」を学びました。
私が大学で入ったゼミは対人援助関係論。社会心理学からのコミュニケーションについてです。
実は小さいころから「話す」とこにコンプレックスを感じていた私。
自分にいつも自信が持てず、うまく自分の気持ちをことばにして伝えることができず、もどかしさを感じていました。
社会の中に存在する自我について学びながら自分のコンプレックスと向き合うことができたのでした。
私が特に興味を持ったのは、「こどものことば」について。
卒論のテーマは「自閉症児におけるこどものことばの獲得」でした。
社会福祉系の仕事に就く友人もいましたが、その後私は航空会社の客室乗務員として働き始めました。
英語に関して机の上の勉強をしてはきましたが、流暢に話せていたかどうかは別で、私が実際にある程度不自由なく使えるようになったのは、やはり仕事上必要だったからです。
もちろん、職場での研修もありましたが、自分で英会話教室にも通っていました。
本当に語学は一朝一夕で身につくものではありません。
サービスのプロとしての自負もありましたし、やりがいも感じていました。たくさんの国に行き、色々な体験をすることもできました。
これは財産でもあります。
しかし、結婚して子どもが生まれてから復帰し働き始めると。
「一生続けられるだろうか」「子どもを犠牲にしていいのだろうか」という複雑な思いや子育て中の女性に対する会社の問題等々で悩む日々。
まだ1歳過ぎたばかりのわが子をおいて数日もフライトに出かける毎日に、もっとわが子とむきあえたら、と思っていました。
そんな時出会ったのが「小学校英語講師養成プログラム」。
働きながら通信教育を受け、ひそかに仕事を探し始めたのです。
ひたすらビデオを見続けるのですが、2日間のスクーリングで出会ったのがラボのテューター。
テーマ活動とソングバードを初めて体験し、心の底から「これなら楽しい!」と感じ、
そのままラボのテュータースクールに申込むことにしたのです。
子どもと向き合いながら一生続けられる仕事、楽しく英語を子どもたちに教える仕事としてラボ・テューターになることを決意したのでした。
ラボについて訳もわからず始めたものの、その英語だけでない奥深い魅力にすっかり魅了され、今に至るのでした。
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