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千葉支部ライブラリ委員会のHPにもアップしていただいているのですが、
http://www.labo-party.jp/hiroba/top.php?PAGE=chibalibra&MENU=UPAGE&UP_ID=8923
ここにも、転記しておきます。
ぐるんぱ と 私の ♪turn the world around♪
京葉地区 森 富子
’79夏、アメリカ・マサチューセッツに旅立った私の手には、
クレヨンで描いた「『ぐるんぱ』の手作り紙芝居」がしっかりと握られていました。
今思い起こすと、北海道の小さなパーティーのラボっ子だった小6の私は、
黒姫キャンプはもちろん、他のパーティーとの交流もほとんどしたことのない
「まっさら」な子で、まるできれいになったぐるんぱが働きに出て行く様子そのものだったのです。
当時のラボのホームステイは、今のような事前活動もなく大して予備知識もない状態で、
お土産には『ちゃんちゃんことお箸 Japanese Kimono & chopsticks』・・・それとラボのお話の紙芝居、ってな具合でした。
(八重歯はドラキュラだから嫌われる・・・なんて言われビクビクしたことはありましたが(~_~;) )
最近になって、ベテランのテューターに、
「当時ホームステイにいった子の家庭は、今で言う『セレブ』なのよ~。
あの頃はみんな父兄も着飾って発表会を見に来たものよ!」という話を聞きました。
確かに、周りに海外旅行に出掛けた友達はひとりもいなかったし、
大人でさえもほとんど聞いた事がない時代だったのです。
実際のところ我が家は、セレブでもなんでもなく、
それどころか旅費も母の相当な節約から生み出されものでした。
それだけに、家族はもとより、ご近所、学校の先生・お友達みんなが、
「さようなら、とんちゃん(ぐるんぱ)。がんばってこーい!」
と私にエールを送ってくれていたのかもしれません。
Bakery・Pottery shop・Shoemaker・Piano factory・Car shop・・・と失敗の連続でも凝りずに働いたぐるんぱ。
私の方は、ピーナッツバター&ジェリーのサンドウィッチ・トゥリーハウス・カラフルなお菓子・牛の乳搾り・羊・豚の世話・バンの荷台で高速飛ばしてお買い物・・・
今も強烈に印象に残っている初体験の数々・・・。
(告白:失敗と言えば、トイレを詰まらせうまく説明できなかったために2才のColbyが罪をかぶったこと・・・ごめんね<(_ _)>)
ぐるんぱと私の共通点。
それは、「世間知らずと柔軟性」☆何にも知らなかったからこそ湧いてきた好奇心と、失敗をもろともしないチャレンジ精神だったように思うのです。
「郷に行っては郷に従い」とばかり、何でも食べ、何でもやってみて、ホームシックの「ほ」の字もなかった私。
(シャペロンの存在さえ知らなかった!)言葉がわからないことが、不自由だとは全く感じなかったほど楽しい1ヶ月間だったのです。
それまでは引っ込み思案と言われた私ですが、それ以来、
「行ってみる!やってみる!」が今も私のモットーになっています。
ところで、あの時ぐるんぱを送り出した他のゾウやシマウマ・キリンはその後どうしたのでしょうね?
ぐるんぱの素敵なうわさを聞いて、みんなも旅立ったのでしょうか?
ぐるんぱを読んで、あるいはラボっ子のすてきなホームステイ体験を聞いて、
たくさんの子どもたちがどんどん羽ばたいて行ってくれたら・・・。
そして「ホームステイから帰ってきた子どもたちのお土産話を聞く」・・・
それもテューターとしての醍醐味なんだろうな~と思う新人テューターなのでした。
You’re old enough. さぁ、出発だ!
そうそう、前期テュータースクールの素語りで私が選んだのは・・・
当然、「ぐるんぱ」でしたよ。
紙芝居をやるために小6で覚えた素語り、30年近くたった今でもかなり覚えていたんですもん!! |
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