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つれづれ塾――その《1》
———ものがたり鑑賞————
〔1-3〕あの日を知ろう、戦争のことを見つめ直そう
――日本の近現代史を文学のレンズから
思いつくままに、またみなさんから挙げていただいたものをもとに、
わたしたちが忘れかけている“歴史認識”に迫る図書資料をアト・ランダムに並べて見ました。
これらは、必ずしもわたしが読んでいるものとはかぎりません。
まだまだよい作品がたくさんあると思います。
子どもたちといっしょに読める作品を中心に、さらにどうぞご推挙ください。
〔児童むけ〕
あまんきみこ「ちいちゃんのかげおくり」上野紀子=絵、あかね書房
松谷みよ子 (直樹とゆう子の物語シリーズ)「ふたりのイーダ」「私のアンネ=フランク」「屋根裏部屋の秘密」「あの世からの火」 (絵本)「まちんと」「おいでおいで」
高田敏子「ガラスのうさぎ」
山崎佳代子「ある日、村は戦場だった」創美社
土家由岐雄「かわいそうなぞう」
中沢啓次「はだしのゲン」
大岡昇平「野火」「レイテ戦記」「俘虜記」
「ぼくの町は戦場だった」BBC編、山中恒訳
幅房子「ビルマ はるかな空へ」理論社
いぬいとみこ「木かげの家の小人たち」福音館書店、「川とノリオ」理論社、「光の消えた日」岩波書店
小川未明「野薔薇」
竹山道雄「ビルマの竪琴」
壷井栄「二十四の瞳」
今西祐行「ヒロシマの歌」「一つの花」「ゆみ子とつばめのはか」「あるハンノキのはなし」
乙骨淑子「ぴいちゃあしゃん」
丸木俊「ひろしまのピカ」
アンネ=フランク「アンネの日記」
ドーデ「最後の授業」
ハンス・ペーター・リヒター「あのころはフリードリヒがいた」
レイモンド・ブリッグズ「風が吹くとき」
ヴォロンコーワ「町からきた少女」
〔ルポルタージュ〕
古田足日・米田佐代子・西山利佳=編「わたしたちのアジア・太平洋戦争」童心社
①広がる日の丸の下で生きる
②いのちが紙切れになった
③新しい道を選ぶ
早乙女勝元「死んでもブレストを」日本図書センター
「(絵画記録)テレジン強制収容所―アウシュヴィッツに消えた子どもたち」ほるぷ出版
早乙女勝元編「(母と子でみる)南京からの手紙――日本は中国でなにをしたか」草の根出版会
早乙女勝元編「(母と子でみる)ターニャの詩」草の根出版会
パトリシア・ポラッコ「彼の手は語りつぐ Pink and Say」あすなろ書房
「八月十五日、ぼくはナイフをすてた――戦争の中のぼくの中学時代」
〔一般むけ〕
早乙女勝元「東京大空襲」「東京が燃えた日」岩波書店
火野葦平「麦と兵隊」
阿部知二「死の花」
「きけわだつみのこえ」
トルストイ「コザック」「セヴァストーポリ」ほか多くの短篇
原民喜「夏の花」
森鴎外「歌日記」
井伏鱒二「黒い雨」
野坂昭如「火垂るの墓」
林京子「祭りの場」「二人の墓標」
堀田善衛「審判」
大江健三郎「ヒロシマ・ノート」「洪水はわが魂に及び」も「ピンチランナー調書」「同時代ゲーム」
本多勝一「中国の旅」朝日文庫
石川達三「生きている兵隊」新潮文庫
妹尾河童「少年H」
〔映画・アニメ〕
「子どものころ、戦争があった」「ひめゆりの塔」「はだしのゲン」「ぞうれっしゃがやってきた」
「サウンド・オブ・ミュージック」「火垂るの墓」
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〔1-2〕8月6日、わたしの場合、あなたの場合
シャーシャーというクマゼミの声が鼓膜を蔽い、天地を領する8月6日。
日本の夏はまさにピークである。
この日、広島のうえに原爆が投下された。59年前のことである。
この日をみなさんはどうお過ごしですか。
わたしの場合をすこしご紹介しつつ、
亡くなった多くの御霊にまことを捧げたく思います。
わたし自身には戦争の現実的な実感はまったくないというに近い。
いま社会の底辺にあって、機会あるごとに非戦の声をあげてきたつもりだが、
そんな声を嘲笑うかのように核の脅威は少しも減じることなく、
いよいよ人類の未来を見えないものにしている。
核をなくし、世界のどこからも憎しみと暴力をなくすためには
わたしたち一人ひとりの力はあまりにも小さい。
それでも、せめてこの8月には、世界の平和を祈らないではいられない。
8月6日。この日、わたしがこの10年余にわたってしてきたことを
はなはだ恥ずかしながらお示しし、それをもってせめてもの慰霊とし
またわずかに非戦の思いを自分のなかで確かめたく思います。
この日の朝、忘れることなく口で誦ずる幾篇かの詩があります。
まずは、原民喜の「永遠(とわ)のみどり」。
ヒロシマのデルタに/若葉うづまけ/死と焔(ほのお)の記憶に/
よき祈りよ こもれ/とはのみどりを/とはのみどりを/
ヒロシマのデルタに/青葉したたれ
つづいては、「原民喜全集」(芳賀書房刊、全2巻)第一巻を引っ張りだし、
「水ヲ下サイ」「燃エガラ」「焼ケタ樹木ハ」などを自己流で朗読する。
40歳のときに被爆、そのことを詩と小説とエッセイにたくさん書き残して
46歳のとき、東京の吉祥寺・西荻窪間の鉄路に身を横たえ自殺した人。
原民喜の詩のあとは、おなじ原爆詩人の峠三吉の「原爆詩集」からの数篇。
特にその序「ちちをかえせ ははをかえせ」を誦ずることになる。
ちちをかえせ ははをかえせ/としよりをかえせ/こどもをかえせ/
わたしをかえせ わたしにつながる/にんげんをかえせ/
にんげんの にんげんの世のあるかぎり/
くずれぬ平和を/平和をかえせ
広島の平和記念館の北側、原爆慰霊碑を見通せるところにこの詩碑がある。
昨年の平和祈念式典の、秋葉市長の「平和宣言」につづく
子どもたちによる「平和のちかい」で小学生の男の子が、
青空のように澄みわたる声でこの詩を朗読、大泣きさせられた記憶も新しい。
さらにこの詩集から「仮繃帯所にて」「としとったお母さん」「ちいさい子」
「墓標」「その日はいつか」など、手当たりしだいに読んでいく。
そしてまた、こんなとき決して忘れることのできない詩がある。
与謝野晶子の「君死にたまふこと勿れ」である。
あゝをとうとよ、君を泣く、/君死にたまふことなかれ/
末に生まれし君なれば/親のなさけはまさりしも/
親は刃(やいば)をにぎらせて/人を殺せとおしへしや/
人を殺して死ねよとて/二十四までをそだてしや。/(以下略)
気分によってはこれらのほか、茨木のり子、大塚楠緒子、新川和恵といった
女流詩人の詩も。なかでも茨木のり子の「わたしが一番きれいだったとき」の、
無垢なこころを乱暴に駈け抜けていった戦争のすがたは胸にこたえる。
わが身の非力を羞じつつ、詩人の純な思いをこころに満たしつつ、
非戦の思いを新たにし、魂かぎり核廃絶、戦争のない世界への願いを祈る。
そんな8月6日。〔2004年8月6日の日記より転載〕
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〔1-1〕大正モダニズムと「蛇にピアス」
こんなのがどうして芥川賞なのかなあ。文豪・芥川龍之介の名に恥じないのかなあ。
なるほど,亡者か死霊のように死のことばかり書く,おれの陰気でクソ真面目な文章,古くさく生硬で詰屈な文体なんぞ,この角度から見たら,たしかにちっともおもしろくなく,いまの文学状況のなかでは問題になるはずがないというわけだ,…と自暴自棄に納得する。
しかし,これがほんとうに活字文化を蘇生させるために必要な新しさなのだろうか。若い層に本を読ませるために,文学をこの程度にまでレベルダウンさねばならない憂うべき情況にあるということなのか。その若者たちだが,電車の中を見まわせば,坐っているのも立っているのも,ケータイをカチャカチャいわせていたり,じっと見つめていたり。本を読んでいるのは中高年世代の人ばかり。どう見ても空っぽで薄っぺらな若いアタマたち。どうするンだ,たいへんだ~。
なかんずく最もわたしのカンにさわるのは,わけのわからないカタカナ語の羅列。品がよくないというだけではなくて,およそ意味も曖昧(この傾向は,文学の世界だけでなく,あらゆるメディアが冒されている今日の重篤な病弊だが)。テンポは速いがブツブツ切れてリズムがなく,凜としたひびきには遠い文章。「品」という死語にこだわるわが身の時代錯誤を感じないではないが…。
最初はそのつもりはぜんぜんなかったのだが,その青くさい淫猥さ,不潔たらしい穢れをわたしのアタマから拭い落とす必要もあって,この町歩きの最後には樋口一葉を求めて東大・赤門前の法眞寺に一葉塚をたずね,掌を合わせてきた。モノを書こうというものなら,一葉のツメの垢を少しでも煎じて飲み,あのひびきのよい,流れ美しい雅俗折衷体をよ~く学ぶべきだろうと思うのだが。
(批判は控えるとしたのに,いい気になってちょっと書きすぎたかな。作品をこのあと最後まで読んだら,まったく感想がひっくり返ったりして…。それにしても,ほんのマクラのつもりで触れた超新人類の文章のことを,なんとまあ,くだくだと…)
☆
味の悪いショックに打ちのめされて,さて,気分一新,さらりと華宵美人の世界,竹久夢二の叙情の世界へ。ここに来ると時間の流れが違う。廻り舞台がくるり一周したよう。空気も澄んで清麗な音が聞こえてくる。レモンのような芳烈な香りが漂う。和装・洋装を凝らした大正モダンの華宵美人には,いくつかの魅惑的な特徴をあげることができる。パッチリした目は悩ましげな三白眼であること。髪は大正モダニズムを映して断髪であること。とくに肌の白さ,なめらかさにはきわだつものがあり,健康な透明感に満ち,血が透けて見えそうなくらいの薄さを感じさせる。そして,しなやかな手,優美な指先の表情。足の組み方も上品である(品性にも品格にも自信のないものが,また「品」をいう!)。日本のいちばん純良なものを見せてくれる。
高畠華宵の絵は,わたし自身は,こうした美術館でしか見たことがない。大正末期から昭和初期,父や母,祖父母の世代に活躍した人気挿絵画家で,講談社の「少年倶楽部」「少女倶楽部」,「金の船」の表紙絵,実業之日本社の「日本少年」などに描きまくって,文字どおり一世を風靡,竹久夢二・蕗谷虹児(中原淳一も入れるべきか)とともに当時の出版ブームを沸き起こした画家。ほかに,当時の上流家庭のお嬢さまにたいへん珍重されたものに手紙の便箋があるが,その表紙絵でもっとも人気があったのが華宵の描くものだったと聞く。その清冽な人物画は大正末期の風俗図譜としても貴重。出身は愛媛県の宇和島という。
なるほど,わたしは時代遅れの人間。存在のねじくれた「ピアス人間」よりは,やはり,こちらのアナクロのほうが気持ちよい。品がないのはダメだよ,やっぱり。気韻,人品,品格,品性…。わたしにそれが備わっているというつもりはないけれど…。
(写真は,東大・三四郎池で捉えたコサギ。臆病で勘のするどいこの鳥を撮るには,自分を透明人間にして近づかないとだめなんです)(2004.2.13) |
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