|
 |
 |
 |
 |

ラボ中川パーティー25周年おめでとうございます。 すっかり寒くなりましたね。皆さん元気でお過ごしでしょうか。 お久しぶりです。Tです。
OBのメッセージということすが、自分がOBであることにまず驚きました。 大学も4年目に入ろうとしています。就職を考える時期になりました。 あれやこれや多忙な日々の生活の中、自分と向き合う時間もないまま過ごしていたところ、 こうやってラボへのメッセージを、じっくり考えるという機会が与えられたのは 何か、意味のある縁かも知れません。 なぜなら、ラボについて思い起こすということは即ち、自分の在り方を思い起こすことに他ならないからです。
僕は小・中・高と中川パーティーで育ちました。 実のところ、思い出したくない恥ずかしい思い出ばかりです。 というのは、この10年間、どんな時でも自分という人間をさらけだしてきたからです。 笑う時には笑い、怒る時には怒り。ある意味自分に正直なのですが、 普通はそれを感情的だといいます。 熱くなり過ぎて、人の気持ちを汲み取ることを怠っていたように思います。 そのために人に迷惑をかけたし、嫌な思いをさせました。 ラボ自体が嫌になってしまった人もいたと思います。 今さらながら深く反省しています。
自分と人は違うんだ。ということを知ったのは、かなり後になってからでした。 何度も自己嫌悪を繰返し、理想の自分を追い求めました。 無理に自分を変えようと強く意識する程、実はそこにある自分の姿を全く見ていなかった。 認めようとしていなかったのです。 中川パーティーでの生活は「自分」を学ぶ場だったのではないでしょうか。 本当に多くのものをラボから吸収しました。 それと同時に自分が中川パーティの様々な面を形づくっていたことも、また事実だと思います。
多くのメンバー交代を見てきました 新しく入る立場から、いつの間にか迎える側になっていました。 その時その時のメンバー全員が、中川パーティーを形づくっていたように思います。 よく、「ラボって何だろうねっ」て話しをしましたが、 今考えると、ラボとはラボっ子1人1人だったんだなと思います。みんながラボです。 今みんなが作り出しているその環境がラボなんです。 入ったり、出ていったり、そういった全ての痕跡の上に形成されています。 だから常に変化する。そして限り無く自由で、可能性に満ちています。 それぞれがラボの一部ということです。
それぞれがラボという白い空間に自分の色を塗ればよいのです。 100人が同じリンゴを描いたら100個のリンゴができるように、 同じ人間は1人もいません。共鳴もすれば、衝突もするでしょう。 しかし、そこから産まれるコミュニケーションの場がラボをつくり出し、 そこから学ぶことは、これからの人生に必ず役立ってくるでしょう。 とても貴重な体験です。
そんなラボを25年間も続けて下さった先生に、感謝。ありがとうございます。 色んな場面で助けて頂きました。精神的にも心の支えでした。 僕がラボを限り無く自由なものだと胸を張って言えるのも、まぎれもなく先生のおかげです。 貴女はいつもラボっ子1人1人の先生でした。 いつも共に笑い、共に泣き、共に怒ってくれました。
僕の他にもたくさんのOBメッセージが届いたと思いますが、それはとてもすばらしいことです。 中川パーティーを巣立ったラボっ子の心にはいつまでも、仲間が、そして先生が、あの時のまま残っています。 25年もの長い間ラボパーティーを続けたことは、ノーベル賞ものですよ。 これからもラボっ子1人1人の先生でいてください。 人生の最初の方で貴女に出会えたのはとても幸せなことでした。
長くなりましたが、それだけ思い入れが強いということの表れとして了解して下さい。 最後にもう一度、25周年おめでとうございます。 再び多忙な生活に戻ります。これからは少し落ち着いた気持ちで臨めそうです。 ありがとうございました。
2002年12月15日 T.N. |
|