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21世紀に生きる力をはぐくむ教育とは?
~心にひびく英語力を求めて~
松本氏によるラボ教育講演会が2004年2月26日甲府にて開催されました。【ラボをえらんでよかった!】とすがすがしい気持ちで講演会を後にしたのは、私だけではなかったと思います。講演の内容があまりにも深く、濃く、私が受けた感動をそのままにお伝えすることができませんが、その一部を紹介したいと思います。
以下は ラボ教育講演会 ラボ教育センター本部長 松本輝夫氏の講演から・・・レジュメの項目のあとに、⇒にてお話された内容を記録しました。
★はじめに・・・ラボ・パーティ38年目、ラボ国際交流33年目にはいった。昨年3月イラク戦争勃発の日は、まさに、新刊ライブラリー音楽録音の日であった。間宮氏は祈りをこめてこの制作にあたった・・・
Ⅰ.「総合学習」、小学英語の現状は?-ダウンサイジングの時代―――「日本の将来は暗い」「努力してもムダ」という中学・高校生が75%。一方で教育の階層化が進んでいる(2割の子が私学へという)現状。
1)「スタートと同時に失敗がみえている」?
2)「今の英語ブームはタチのわるい新興宗教だ」とは?
3)子どもたちにとって<楽しくて底力のつく>小学英語の条件とは?
4)ことばは頭でおぼえて習得するものか?
5)超早期教育の落とし穴―――「肥満脳」教育はやめよう
6)あこがれこそが学びの原動力とは?
子ども同士が「育ち合う」教育環境とは?
7)子ども本来の「能力」「可能性」とは?―――子ども時代はみな天才
⇒ こどもたちの発言=Mテューターが紹介した大英博物館の写真をみて、「これ、シャマトが弾いているハープに、この牛の頭とおんなじのがついてるよ!」、ラボっ子のお母さんの文の中で「ぼくだって、ラボであそんでばかりいたわけではないんだ。・・・ラボはけっして遠回りではないと思うよ」、国際交流親子文集の中で「カナダって広いな。大地も人の心も・・・」があった。こどもの発言から、こどもは、全身の中にいろんなことをかかえることができていることがわかる。大人にはとても真似ができないイマジネーションをもっていること⇒これが大事なのだ
⇒総合的な学習の時間に、英語をとりいれている学校が増えているが、すぐに困難にぶちあたるはずである。多くの専門学者も今のままで小学校で本格的に英語を導入していくことの危険性を指摘している。文部科学省は「教えちゃいけない。楽しくなくてはいけない。」といっているのに、先生がこどもに教えている⇒こどもはたのしくないのが現状である。なぜか?英語を勉強する動機や好奇心がこどもたちの中にない(はぐくまれていない)からであり、子どもたちがだすシグナルをみつけることできる先生がいないからである。
その、こどもたちに英語を勉強する動機や好奇心がうまれ、それを育てるにはどうしたらよいか?もし、小学校で成功するとしたら以下の3つの条件をみたしている時であろう。子どもたちにとって<楽しくて底力のつく>小学校英語の条件とは・・・1.魂を一緒にだきしめあえる先生がいること 2.共に学ぶ環境があること【特に縦長異年齢がのぞましい=こどもたちは同年代でというよりも3~4才以上上の人から学ぶ、また、群れのなかこども同志で学びあい、育ちあうもの】 3.プログラムがしっかりしていること=うたやゲームだけでもいいが、教えるようなものではないこと、 おはなし【それもちゃんとしたおはなしでなくてはならない】 自分を表現できるもの
⇒脳科学者たちからの警鐘がある。=超早期にフラッシュカードなどで たくさんの情報をいれているところがあるが、それは脳を破壊していることになる。脳肥満症。人間は成長がおそい生き物である。 ある英会話教室の宣伝に、よりはやく、よりレベル高く、間違いません!というキャッチフレーズがある。こどもは、お母さんがのぞんでいることは拒否しないものだ。お母さんがよろこぶことをしようとするため、それと気がつかないことがあるが、結果としてこどもの脳を壊すこしていることがある。
ラボの考え方は逆だ。人間の脳は、もっとゆっくりとはぐくむもの。よりゆっくり、より豊かに、間違いをたくさんしよう!(一生懸命やって間違うのはOK!尊い間違いといえる。本人は悔しいと思うだろう。たとえ間違えてもそこには、ちゃんとその一生懸命さを評価してくれる大人(テューター・両親・他のご父母)や先輩がいる。悔しい思いはバネとなり財産となるのだ。
⇒こども時代はみな「天才」。先に述べたように、こどもは全身センサーでキャッチできる。こどもの天才的な力を信じることができれば、子育てはゆっくりできるはず。こどもは、3~4才で日本語の文法をほとんどマスターしてしまう。大人はその間何をしたか考えて見てください。「一緒にあそんで、一緒にくらしただけ」ではありませんか。「これは私の鼻です」といちいち教えていないはず・・・「教えない」から母語を習得したのです。おかあさんとあそんでいる心が穏やかな時だからこそ、丸ごとセンサーでキャッチして ことばが蓄積されたのです。
Ⅱ.「ことばをそだてることは――心を育てること」とは?
1) 記号のことば=情報伝達のことば
表現としてのことば=「今、生まれ出ることば」
ことばのやりとりは、気持ちの交換/イメージの共有/魂の共振・・・・
2) ヒトの子どもが言語(母語)をマスターできるのは、なぜか?
ことばは、まず旋律/無文字期をたいせつに
母語の力が先決であり土台。「私たちは、ある国に住むのではない。ある国語にすむのだ」とは?
3)「ことばの<定義>は教えられるが、<意味>は教えられない」とは?
4)「心の母乳」=世界の物語との出会いを幼時から
ラボは、Self-esteemをスケール大きくはぐくむところ(自分のいのちと存在を肯定できる心)
物語とは、生きることへの励まし/世界の広さ、その不思議と魅力、人生の面白さをさりげなく、かつ熱く伝えてくれる宝庫。<心の表現>としての言葉体験の海。
5)「声に出す」だけでも楽しいが、全身表現が加われば・・・・
6)「世界漂流」の時代に、希望の虹を
――――正真正銘の「生きる力」、学ぶ力、ことばの力をこどもたちに!
⇒外国語の力は 1.表情と全身の動き=Non-verbal の部分と 2.母語(日本語)の力 であり、この能力がないとがないと 伝わりません。母語の力以上に外国語を話せるわけがない。天才的なパワーの源であるこころがなければならない。ラボはそのメソッドとして、ものがたり=テーマ活動を選んだ。
⇒ラボもスタート時は100%英語教室であった。単語をたくさんおぼえ、日常の挨拶、その他の表現へと・・こどもたちは、英語がおもしろくないよといいだした。(動機が育たなかった) 専門家に相談した。「ことばというのは気持ちの表現である」 気持ちの表現としての言葉・・・どうしたらよいのか。⇒研究をはじめた。テュータースクール読み聞かせの活動からはじめた。 おはなし・絵本・ものがたり の導入 「ぐるんぱのようちえん」でこどもは、身体全体でおはなしをかんじはじめた。ぐるんぱのかなしいきもちになって なみだになった。 ここで、ラボは「こどもの側に寄り添おう!」ときめた。きもちーたましいが動く側に・・・なみだになって動きだしてしまう側に立とう!ときめた。
きもちがやりとりできるところでなくては・・・・!、ことばがけがないところには言語は育たない。無文字期をたいせつにし、旋律(メロディやリズム)ではじめよう。間違ってもフラッシュカードで脳を破壊しないように!
⇒Self-esteem を おはなしは育ててくれる。おはなしを通してSelf-esteem をさりげなく育て、こどもたちは獲得していく。「今のあなたで大丈夫だよ」というと もっと勉強したくなって向上心もわいてくる。生きることに対する好奇心もわく。
生きているだけで嬉しい!いのちの尊さを感じ、もっといい人生を、もっと人のためにと・・・正真正銘の「生きる力」、学ぶ力、ことばの力をこどもたちに・・・・
以上です。正真正銘の「生きる力」をこどもたちに・・・と思って ラボをやれることはしあわせなことですね。ありがとうございました。 |
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