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初夏から夏にかけては雑草との戦いである。以前は姑が自分の仕事として毎日草取りをしていてくれた。その頃は花も野菜も私にとっては切って飾るもの、とって食べるものだった。ところが姑が他界してからは、誰がやるの?私がやるより仕方がない。とってもとっても生える草。すごい勢いで茂る草。始めの年は、どうしても追いつかなくて、除草剤を使ったりもした。しかし、2年、3年と草を取り庭の手入れをしていると、庭の状態の変化もさることながら、私自身がずいぶん変わったことに気がつく。
もう、雑草に追いまくられることもない。草もかわいい花をつける。庭ぜきしょうのかわいさ、小判草の面白さ、どくだみだってよく見ると、いい花を咲かせている。邪魔なところは抜かせてもらうけれど、かわいい草は毎年生えたほうがいい。
柿の葉の新芽の緑がなんともすてがたく、そのみどりを食べるため、てんぷらにしたり、柿茶を作ったり。また、どくだみの勢いをもらいたくって、乾燥させて、お茶にしたり、お風呂に入れたりもしている。
草がおとなしくなれば、庭の木や花は元気に伸びて、私を楽しませてくれる。花を見ると、いつも、その花だけの美しさ、姿、形、色、におい、を何とかしたいなあと、思ってしまう。けれども、私はまだ花の絵がかけない。なぜか、満足できない。美しいと思えば思うほど、その花にならない。
そんな今、庭に咲き乱れる花々をいとおしんで、やっていることがある。フリージア、マーガレット、やぐるまそう、むらさきつゆくさ、さつきなど、花びらを取って、その色を出来るだけ保存するように乾燥(電子レンジをつかって)させ、ポプリ風に作っている。黄、むらさき、ブルー、白、ピンクと、あざやかではないけれど、十分に色が保存できた喜びと、なんともいえぬ自然の温かいほのかな香りが、気持ちがいい。透明なグラスに入れて並べ、家に来る友達や来客の楽しい話題にもなり、癒しにもなっている。
こんな勝手な楽しみ方をするようになった今は、雑草も、少し遠慮して生えてくるように思える。 |
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