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私は小さい時から毎年つくしをを摘みに行っている。この頃はみんな忙しくてそんな時間を作るのも容易ではない。
つくしの食べ方について話をすると、ほとんどの人は、「たまごとじにして・・・」と言うのが多い。私は甘辛味の佃煮風にする。これは日持ちもするし、人に差し上げたり、地方に送ることもできる。だからつくしをつむといっても、一握りというような感じでなく、たくさんの量がほしい。
春になると、[ねえ、どこか、つくしのたくさん出ているところ知らない?」と、みんなに話しかけていた。
ある年の春、そんな、つくし好きの私を知っていたラボっ子のお母さんのOさんが、「先生、うちにつくしがいっぱい出たから取りに来て!」という。「あ、そう。でも・・・あなたもとって食べるでしょ」と、私は屋敷周りに出たくらいのつくしを想像して、躊躇して言った。でも、とにかくたくさんあるから、というので「じゃ、お言葉に甘えて・・・」ということになり、袋を持ってつくしを摘みに行った。
Oさんのうちの屋敷裏へ連れて行かれて私はびっくり仰天。5mくらいの畝2本に、2,30cmにのびたつくしが,びっしり生えていた。
Oさんは農家。「つくしが生えてくるように、ここだけ耕さないでおいたのよ。」という。
私は、うれしさ、感謝、驚きの入り混じったなんともいえない気持ち
の中、確かに有頂天でつくしをとった。Oさんとおしゃべりしながらとっているのだが、二人ともきっと「何か変だ」と思うのだろう。妙な笑いがこみ上げてくる。見つけてとる・・・のではなく、ひたすらとるつくし・・・というのは、おかしくて、手も笑ってしまう。畝の半分くらい取ったら十分。あっという間にたくさんのつくしをとって、私は大満足の筈。「本当にありがとう」と、お礼を言って帰った。
私のため、私を喜ばせようとつくしを生やすことを考えてくれたOさんには、心から感謝。でも、「やはり、つくしは、さがして・・・あった!と、見つけて摘むものだ。」
今年も、つくしを摘みに堤防へ行こう。
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