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Stop Taro からJulius Caesar まで、一つの活動組織の中にもっているということは、本当に宝物だと思う。異年齢の活動だからこそ、小さいときに、なんとなくシェイクスピアの作品に触れたということも出来る。そんな中で育って、本当にシェイクスピアを読む年齢、研究する年齢になったとき、・・・と想像すると、多くの子がそれぞれにいろんな思いをもって、読み深めていったであろうと私は思う。
確かにジュリアス・シーザーは、むつかしい。日常的に、小さい子も交えて出来るテーマ活動ではない。でも高大生がいたら、中学生も含めて扱ってみたいテーマだと思う。シェイクスピアの言葉に酔いしれるであろう。そんな私の感想を述べるより、ぜひ紹介しておきたい感想文がある。私のラボ人生のなかで、忘れられないものであり、ラボ・テューター、ラボ・テーマ活動の醍醐味かもしれない。
―――「ジュリアス・シーザー」をとおして、「ロミオとジュリエット」のときよりも、いっそうシェイクスピアの世界に入り込んだような気がする。僕はこの物語、ジュリアス・シーザーは、まさに僕の大学生生活と共にあり、ラボのさまざまな活動の経験を生かした僕にとってのテーマ活動の終着駅のようなものだったと思う。
ストップ・タローからはじまり、ありときりぎりす、みるなのはなざしき、白雪姫、ピーター・パン、トム・ソーヤ、国生み、など数え切れないほどのテーマ活動をやってきた。まるで自分の成長に合わせて、そのときのテーマ活動があったように思う。小学校のわんぱく盛りにはトム・ソーヤ、中学生の頃にはロミオとジュリエット、それから高校生になってパーティや地域のリーダーとして少し広い世界を経験し、だんだん大人の世界に頭を突っ込んで、物事について、自分なりの意見を持ち、複雑な問題についても考え悩むようになった。そんな時、出会ったのがジュリアス・シーザーだった。
ブルータスの精かんな演説、アントニーの知恵のさえた演説、そしてシーザーの勇ましい姿を想像しながらテープを聴く。次から次へとおおいかぶさるように続く言葉の連打、軽快な言葉のリズム、それにもまして、もうカッコイイとしかいいようのない英語のせりふ、僕はそれらに酔いしれて、長い演説を覚えた。そして、鏡や壁を民衆に見立てて、腕を振り上げ、何度もその演説をぶった。たくさんのテーマ活動を経験して、自分の成長と共に言葉も成長していったように思う。
ジュリアス・シーザーの内容とは関係なく、そして決して自慢できることではないが、これについて、どうしても話したいエピソードがある。大学2年から3年にあがるときのことである。英語講義で単位をもらうのに出席日数が足りない。そこでどうしたらいいか考えた。「よし、自分の英語の力を理解してもらおう。」と思い、その先生の部屋へ行き、自分のパフォーマンスを見てくれと頼み、もし、気に入ってもらえたら、単位をくださいと頼んだ。すると先生は、「よし、まずそのパフォーマンスを見せてもらおう」といった。そこで僕は、ほかの教授たちもいる前で、机を演台代わりにして、こぶしを振り上げ、演説をぶった。
Friends, Romans, countrymen, lend me your ears; I come to bury Caesar,………先生は、そんな僕の突然のパフォーマンスと、僕のパーソナリティ(臨機応変でガッツのある性格)を気に入ってくれて、そのパフォーマンスにレポート10枚を条件に3年にあげてくれた。今でも先生は授業のとき、そんなバカな生徒の例を出し、「もし、単位があぶないやつは、私の部屋をノックしてください。面白いパフォーマンスをまっています。」といっているそうだ。―――(1990年・大4・青井克樹)
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昨年の三月、この「ひろば」の仲間になりました。心に浮かぶ物語について、そのとき、心に残っていることを軽い気持ちで言葉にし、当時のパーティ便りや、文集などに残るラボっ子の感想文の一部を載せてきました。あるときは、どんどん思いが高まって書きたいことがいっぱいになり、思い出は、エッセイにとどめよう、レポートになってはいけないと思ったこともありました。すべてラボ・ライブラリーの物語題名にしました。このジュリアス・シーザーで、ちょうど100の物語を取り上げたと思います。すごいですね。ラボの宝物は!
この豊かな物語世界でテューターとして過ごせたことは本当に幸せでした。そしてまた、この一年、当時の活動を生き生きとこころによみがえらせるひと時をもてたことは、いまだにラボの仲間でいるようで、さらに幸せでした。
ここで、物語を取り上げるこの形態の日記は、一休みいたします。お読みくださってありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。 |
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