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私は中学生か高校生の頃、森鴎外などを読み、「山椒大夫」を読んだと思う。ラボ・ライブラリーで、「安寿と厨子王」が出たとき、「山椒大夫」を読んでいたものは、うちの中高大生では、ひとりもいなかった。でもこの話の筋書きとしてはなんとなく知っていて、今の子供たちには、余り好かれない筋書きであるように思われた。
ラボの「安寿と厨子王」は非常に物語の展開が速く、キャラクターの性格や立場もはっきりしているので、テーマ活動はさらさらと進みがちだ。その点、どこに山を持っていくかが、問題となる。
日本はどこに行っても、神社仏閣がある。そこで手を合わせ拝む行為はわれわれの中に残されているが、私たちの祖先がそのあたりに、どのような信仰、価値観、を持っていたか、また持たざるを得なかったか。今の子供たちには想像もつかない中世の封建社会の不条理さ、運命の過酷さを考えたのだった。
説教節の特徴は主人公が社会の下層階級に身をおき、苦しいぎりぎりの生活を強いられる。語り手も生涯放浪生活を余儀なくされるというような中で、自分自身の生活とも合わせて、すさまじいまでの迫力を持って語られる。説教節からは、なんとなく中世という時代の人々の現実を想像することができる。
二代目若松若太夫の演じる山椒大夫の最後の鳥追いの歌を歌う場面。
「鳴子の綱を探りとり 涙にくもる声をあげ 鳥も生ある島なれば 追わずと立てよ粟の鳥 鳴子に生はあるまいが ばばはめかいが見えぬぞよ 引かずと鳴れや鳴子竹
安寿恋しやほうやれほう づし王恋しやほうやれほう どこにどうしていることか 会いたいわいな会いたいと 聞くより若君たまりかね 床机をはずしてそば近く 母上様 づし王丸にござります おなつかしうござりまする すがるその手を取ってつきのけて・・・・・」
CDもでているそうだが、文字で読んでもその語り口が想像できる。
―――あんじゅとずし王はすごくかわいそうで、わたしはないてしまいそうです。お母さんとはなれて、しらないところへつれていかれて、めちゃめちゃはたらかされるのです。ほんとうにひどいです。そうしてあんじゅはしんでしまいます。ほんとうにいまでもうらんでいると思います。でも、おまもりをあたまにあてたら、きずがきえてしまったことはふしぎです。少しはすくわれたと思います。―――C子(小2)
―――こんなにひどい状況におかれたら、今の私はどうするだろう、想像もつかない。安寿は自分の命と引き変えに、厨子王だけは助けようと思った。お守りの不思議な力、お寺の和尚さんの親切で、その後の厨子王は運命を取り戻していった。仏様を大切にすれば救われると、昔の人は教えているようだ。いい人、悪い人が物語の中にはっきりと出てきて、テーマ活動はやりやすいけれど、しお汲みも、しば刈りも体験したことないことばかりで、ふりをするだけでつまらない。―――M子(中2) |
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