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この「かにむかし」や、「瓜コ姫コとアマンジャク」は、木下順二さんの「わらしべ長者」(岩波)に載っているものなので、’86年にこの物語がラボに入ったときには、私の語りで聞いている子が少なくなかった。昔話は文字で読むより、語りを楽しむのであるから、余り明るくないところで、おばあさんが語ってくれる「語り口」が想像できるといい。木下順二の「わらしべ長者」は独特の木下流方言で、でも、何とか昔の語り口を現代の語り手が作れるように文字化してあると思われる。
ラボでは、宇野重吉さんの語りであるから、またその独特さが深みを作っていていい。
さらにテーマ活動では、今までの常識で考えるなら、とんでもない面白いことがおきるから、その発想の面白さで、いっそう楽しいものになる。
物語の出だしというのは、その物語を最後まで読んだ上で、あらためて始めにもどって考えるべきだ。柿の種にこだわった子が、考えに考えた。波打ち際を表現して、静かに打ち寄せる波の中から、ころりと種が転げ出て、砂の上に残った。それをかにが・・・・という形でテーマ活動が進んだ。
いくら英語が入っているといっても、これは日本語の語りもおろそかにはしたくない。「かにの子どもが、ズグズグ、ズグズグ」「ガシャガシャ、ガシャガシャ、パンパンぐりはコロコロ、はちはブンブン、牛のふんはペタリペタリ、はぜ棒はトントンなどと、情景にあった擬音も子供たちは楽しむ。昔話本来の素朴な語りからは、外れた感じがするけれど、テーマ活動としては楽しく出来る。
―――「はようめをだせ」「はよう木になれ」「はようみをならかせ」とかには、話しかけてかわいがった。それなのにさるはいじわるで、ひどいです。 わたしはかにのみかたです。終わりのほうは、桃太郎ににています。―――M子(小4)
―――さるが、かにに、かきをなげつけたとき、かわいそうだなあ と思いました。そのとき、ぼくは、ほんの中にはいって、さるをたたいてやりたいきもちになりました。ぼくの一ばんすきなところは、「さるのばんばへ あだうちに」というところです。みんなでコロコロ、ぺたりぺたりとわいわいやっていくところがたのしいです。しかえしができてよかったです。―――K君(小1)
―――小さい頃、「さるかに合戦」として、本を読んだり、話を聞いたりしている。こういう昔話も卒業したと思って何年もたってから、ラボで再会するとは、すこしとまどった。
初めて聞いたとき、もうすでに知っている話なのに、妙に新鮮な感じがした。ラボでは、日本語、英語のほかに、音楽という大事な要素がある。それが加わることによって、すでに知っている話も、新鮮で、芸術的魅力も持つ。それにこの話は、ナレーションから蟹まで、すべて一人の人で話を進めている。つまり、語りの要素が強くなっている。この、日本語の語り、宇野重吉の語りがとても上手で、思わず聞き込んでしまう。素語りをして、外国人に聞かせたい。きっと大うけすると思う。―――T君(大1) |
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