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グリムの昔話に続いてロシアの昔話。ロシアのグリムといわれる、アファナーシェフ(民俗学者)の[ロシア民話集]にこれらは収められていて、岩波文庫の中村善和編訳の本など、私の赤ペンの後が懐かしい。新刊が出てしばらくすると、丁寧な資料集が出されるので、それを読めば必要な知識も得られるが、当時は、物語の周辺の関係書をいろいろ読んだものである。
ロシア昔話では、語りはじめと語りおさめの決まり文句が特に発達しているといわれる。「まほうの馬 シフカ・ブールカ」でも、簡単ではあるが、「むかし、むかし、わたしの口ひげがまだこんなに白くなかったころ。」と語り手の語りで始まり、物語の進行にしたがって、自然に意識されなくなり(テーマ活動では特にそうだが)また最後のところで、「わたしもその席でビールや蜜酒をごちそうになりましたが、みんな口ひげをつたってながれてしまい、口にはちっとも入りませんでした。」と終わっている。
語りおさめは面白おかしく、聴衆の心を現実の世界に戻し、韻をふんだ早口言葉で、昔話から語り手へと相手の注意を移すのだ。ほかにも、
ビールも飲まずワインをかもすでもない。
二人は婚礼をすませて、仲良く暮らしはじめた。
わたしは客に招かれ、ごちそうにあずかった。
だが、酒は唇をぬらすだけ、一滴も口には入らなかった。・・・などというのもある。
言い換えれば、語り手は、口が渇いていて、飲み物を催促しているのである。時にはもっと露骨に、「これで話はおしまい。ところで、ウォッカを一杯ひっかけたいものじゃ」などというのもあるらしい。
昔話をして、酒を飲み交わす、この部分だけはのんびりとした世界だ。しかしそうでない現実から、より幸せな暮らしを願って、夢や、祈りをこめて語り継がれたのがこうした昔話だろう。決して強く、能力に恵まれたものではない、むしろバカと呼ばれるような人間、または継母の下でつらい境遇に耐えるこどもが、魔法の力を借りて、人の出来ないようなことを成し遂げたり、幸せをつかむ。人々は夢を膨らませ、活力を得たのだろう。
―――みんなにバカにされていたけれど、イワンは、心がすなおで、やさしい。そのやさしさが、おとうさんにつたわった。まほうの馬をもらって、だれもできないことができてしまった。イワンもほんとうにエレーナひめとけっこんできて、びっくりだ。イワンはいつもふざけているようだったけれど、きっと、ゆめをもっていたと思う。だから、りっぱなおうじさまになれた。―――T君(小3)
―――墓に行って夜とぎをするのではなく、「畑を荒らすものがいる。それを見張りにいくが、兄二人は、夜中に干草の上で眠ってしまい、まじめに見張りをしなかった。イワンのバカは、まじめに見張りをして、火を吹いて畑を荒らしにきた馬を捕らえた。すると馬が助けてくれたらあなたのために何でもすると約束する。」という出だしの話もある。
シフカ・ブールカと呼んで、右の耳から、左の耳へ、出る。これだけのことをするだけで、立派な若者に代わるのが面白い。しかも、一度では成功しない。三回の繰り返しで、やっと成功するところが、昔話らしい。安心して聞いていられる。―――K君(中3) |
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