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How many leaves are there on a tree? テン! アハンドレッ! アサウズアンッ!と子供たちは元気にテーマ活動に興じた。これはテーマ活動を念頭において再話した、再話者の物語だから。・・・・勿論グリムのオオカミと七ひきの子ヤギには名前はない。一ぴきはテーブルの下に、二ひきめはベッドの下に・・・というかきかた。再話者の話を聞きたいものであるが、・・・・再話者の書かれた文章の中から、考えてみる。
小やぎたちは、なぜ七匹なのだろう。おおかみは七をみんなのみこもうとした。けれども六しかのみこめなかった。のこる一が母親と協力して六を助け出した。七はまたもとにもどった。おおかみが再びやってきても同じことが繰りかえされるだろう。とすればこの七は、ただひとまとめの七ではなく、六と一なのだ。なにか身近にこんな七がある気がする。一週間だ。するとピイプは日曜日か。再話者のつけた大きい順に、コリル(月)、コリーヌ(火)・・・と曜日が始まって、・・・おおかみはつぎつぎと土曜日までは飲み込めたけれど、日曜日、神の安息日まではのみこめなかった。(という考え方もある)
ピイプというのは実にかわいい。音の響きがいいし、peepという時計の中から「のぞく」というイメージにもつながる。ピイプは時計、時間の城に隠れた。時計は現在を未来へ進める力だ。時計に隠れたことで、ピイプは、時計と一体になり、そこから這い出したピイプにも、未来を切り開く力が備わったと考えられる。
再生した小やぎたちは、新しく始まる一週間を意味する。この堂々めぐりする時間は、おおかみと時計、過去へ引きずり込む力と、未来へ駆け出す力とのせめぎあいなのか。
メルヘンでは、おおかみは危険な動物の代表である。世の中の悪のシンボルである。幼いものに、用心して悪を避けることを教えている。
―――わたしのよんだオオカミと七ひきの小やぎは名前がありません。でも名前があると、性格が分かるみたいで、遊んでいても楽しいです。お母さんは森へ行ってなにをとってきたでしょう。 だいたいそうぞうできます。きのこ、くるみ、そのほかいろんな木の実でしょう。いいくらしをしています。おおかみもけっこうかしこいなあと、思いました。「イッツマザー イッツミー」といっていろいろ工夫するところが好きです。でも最後には、「ごろごろがったんこりゃまたへんだ」などといって、井戸に落ちてしまうなんて間がぬけています。―――H子(小4)
―――絵を見た瞬間、やぎが目玉焼きに見えてしまった。いや、これはおかしいが、抽象画はそれぞれ自分の考えで楽しめる。イメージが固定されないからいい。おおかみが何が何でも食ってやろうといろんな手を使ってくるのが面白い。でもおなかを切られて、石まで入れられてもしらずに、ずいぶんのんきなところがある。この話は、はじめのほうは創作っぽいと思ったけれど、やっぱし昔話だなあと思った。―――M君(高2)
―――今、テーマ活動で取り組んでいる「おおかみと七ひきの小やぎ」は、とてもはらはらする物語です。おおかみの声にこやぎたちが耳をすましたり、お母さんの帰りをいまかいまかとまちつづける・・・。そんなところをみんなは、オオカミの顔を見て、ニコニコ笑ってしゃべっています。本当は、顔は見えないし、もっとこわいのです。その小やぎたちを食べようと思っているオオカミも、小やぎたちは見えないけれど何とかして食べてやろうと必死です。もっと真剣にならないとおもしろくありません。わたしは、このきんちょうするところがすきです。―――M子(小6) |
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