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今年の夏の国際交流・海外ホームステイも終わって、各地で報告会が開かれている。ラボっ子の熱い夏が、ピンピン響いて聞こえてくるような気がする。今年の共通テーマは、「ききみみずきん」だったと聞いている。テーマ活動はどうだったろうか。
日本の昔話も話し継がれてきたいいものがあると思うのだけれど、小さい子がふれられるものとか、本として買おうと思ったとき、すぐ推薦できるものはどれだろう。そんなふうに考えると、私は身びいきと、すぐ身近にあるということで、ラボの中の話はいいなあ、と思う。人に推薦したくなる。というのも、ききみみずきんとか、みるなのはなざしきなどは、結構あちこちに取り上げられている。どれを読んでも余り感心しない。木下順二さんや、おざわとしおさんのような大御所のものも、それぞれの考えで、編纂されたのだから、その目的意識などは十分に分かっても、読んで面白いとはいえない。話の筋が分かるだけではつまらないし、あれこれ再話者が考えすぎても、昔話の骨格が緩んでしまう。話の筋の面白さでとらえるか、語り聞かせの楽しさとしてとらえるかで違ってくると思う。そんな思いで、古いテープ、[おばあさんが話した日本のむかしばなし]を出して聞いてみた。ラボっ子と一度だけ、このテープを使って、「さるのいきぎも」や「塩ひきうす」などの語りをしたことがあったが、今、聞くと、「これは本物だなあ」という感がある。今のほうが、いやに余裕をもって話が心に入ってくる。ついでに、字で読む昔話は、やはり[日本昔話百選](稲田浩二・和子)が好きだ。
今、生活している家の中は、いろんな音がする。テレビなどがかかっていると、外の自然の音など消されてしまう。庭に鳥が来ていても、気がつかないことも多い。たまに、高原の家で過ごすと、せせらぎの音、鳥のさえずり、木の実の落ちる音など、自然の当たり前の音を、心にしませて味わうことがある。そんなもっともっと素朴な自然を大切に、その自然に抱かれること、自然と共存することが当たり前の頃、人々が感じて生きていたこと、を感じるのが、昔話だと思う。
ききみみずきんをきいたら、その語り、物語の流れから、このような話が語り継がれてきた風土をかんじとり、出来ればそこにいとおしみの気持ちがもてたらいいなあ、と思う。自分の知っている懐かしい郷土でいいと思う。
―――ごんざは、ききみみずきんをもらってよかった。ごんざは、それをつかって、こまっているひとをたすけることになってよかった。ぼくも、とりのことばや、木のことばが分かったらいいなあと思った。おおきいおばあちゃんは、すこし花のことばがわかるとおもっている。「きれいなお花をありがとう」
といって、花にみずをやっている。―――S子(小1)
―――からすは、人間はばかだからわからない、といっている。ぼくは本当かもしれないなと思った。自分のことしか考えていないと、困っているものがいても分からない。へびは、いじめてはいけない、と聞いているけど、へびでも、木でも、みんな大切に思いなさい、ということだと思う。―――Y君(小5)
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