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いろいろと問題を抱えながらも、愛知万博の準備が着々と進んでいるようだ。近いところなので勿論関心がある。
これは!と、私がマークしたのは、能・狂言のドリームチームによる公演「咲き誇る伝統」と銘打って、万博の中で代表的な、能・狂言が上演されると、協会が発表したことだ。たった一日なので、何とかして、ぜひ観劇しようと思っている。
ライブラリーにある狂言、三本柱と柿山伏、すばらしい財産だと思う。私は、パーティ活動中、必要上からどのテープも2,3本買った。すると本も当然何冊もある。三本柱の本は私は宝物だと思い、一冊は、折り目もつけずに、丁寧に保管している。
このライブラリーは、ラボ10周年に出されたもので、私は当時、テューター歴5年。このテープを父母に理解してもらうのは容易ではなかった。とにかく私は全員を家庭訪問して、全家庭に購入をお願いしたのだった。(そんなこともあった)
そして次にしたことは、ヤングメイト大会というのを計画した。当時私のパーティの環境は、60%くらいが同居で、おじいちゃんおばあちゃんの理解が必要だった。「三本柱などは、家中で聞きましょう」として、発表会には、おじいちゃん、おばあちゃんを招待した。
三本柱の発表には、新聞紙を折ってかみしもをつくり、全員がその「新聞紙かみしも」を着た。・・・気分は出しても、狂言師のような声が出るわけがない。けれども、言葉の一語一語を丁寧に、言葉の出だしは、はっきりと。語尾までゆっくりと丁寧に。足にも力を入れて床をつかむように、しっかり動く。などとみんなで一生懸命になったことを覚えている。
そんな発表を見ていただいて、おじいちゃん、おばあちゃんの代表にも、ラボっ子に話をお願いした。明治生まれのおばあちゃんが、桃太郎のお遊戯をしてくださったり、おじいちゃんは、昔の木曽川の話、桑名からみかん舟が着くと、みんな喜んで荷おろしを手伝った話などをしてくださった。そんな努力は、私のパーティの陰の力となっていったのだ。
―――狂言といっても、今は、余り見る機会がなくなった。狂言として辞書を引いて調べてみると、「能楽の合間に演じるこっけいな風刺を主とした舞台芸術。室町時代に発達した。」とのっている。
テープの言葉は、今聞いても、全体の物語の流れは分かるとしても、一つ一つをとってみると分からないところが多い。言葉の発音もかなり狂言独特である。おもしろいことに、日本語より、英語のほうが意味がよくわかるところが少なくない。例えば、「げにもさあり、やようがりもさうよの、やようがりもさうよの」と唱えているが、よく意味がわからない。ところが
That is really true! Everything is just fine! となれば、[本当にそうだ。いや、みごとじゃなあ]ということになる。物語のストーリーはコメディではあるが、ゆったりとながれ、あとで「ああ、そうか、なるほど」という分かり方をする。僕はそれ以上に言葉を含めて全体に面白く興味が持てる。―――T君(専4)
―――私は、かほうもののやくをやりました。おばあちゃんと一緒に練習しました。おばあちゃんは、「むつかしいわねえ。つづみのおとがいいねえ。」といって聞いていました。新聞紙で、かみしもというのを作ってやりました。うたのようなことばで、息がつづかなくなったりしたけど、日本語より、簡単だなあ、と思いました。―――R子(小5)
―――このひとたちは、すごくあたまがいいと思った。3本のはしらを、3人して2本ずつもつことを、かんがえついてもってきたから。ぼくは、はじめ、よくわかりませんでした。―――K君(小1)
―――ぼくは、はじめへんな言葉だと思いました。日本語なのにぜんぜん意味が分かりません。おばあさんは、「これはいいテープだ」といいます。何で、昔の人は、こんなふうにしゃべったのかと思います。
山伏は、すごい力を持っていて、飛んでいる鳥を祈り殺すくらい。どうしてそんなことが出来るのか不思議に思います。でもそんな人でも、柿をぬすんでたべたくなるのです。そうして見つかってからは、犬になったり、さるになったり、けっさくです。さいごに、鳥になって飛んだら飛べなくて、普通の人でした。―――T君(小5)
―――柿山伏の本物の狂言を見た。声の出し方が独特で、すごい迫力だった。なれたら、意味もよくわかってきた。
自分は山伏で、難行苦行をしてきたから、そこらの人間とは違う。といいながら、柿をとってたべようとする。そこを見つけられて、面白いことになる。百姓に見やぶられて、からかわれ、まんまとそれに乗せられていくのが面白い。
狂言は動きが少なく、ゆっくりとしているようで、力強く、表現に迫力がある。心の動きもよくわかる。テーマ活動も、こういうふうに出来るといいなあと思った。―――H君(高2)
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