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風邪を引いて久しぶりに医院へ行った。このクリニックの子供たち三人がラボっ子だったこともあって、親しくしている。
待合室に、ピノッキオの油絵が飾ってあった。これは私の個展のときクリニックの奥さんに、「待合室には、こういう明るい絵がいいわ」といわれて、譲ったものである。
イタリア・フィレンツェの郊外、コッローディ村(ここは作者コッロディの母親の在所という)のピノッキオ公園の入り口にある、ピノッキオのモニュメントをシルエットにして、その前に私がお土産に買ってきたおもちゃのピノッキオを二人並べて描いてある。待合室の雰囲気にぴったり納まっていた。
ピノッキオ公園は、メリーゴーランドなどもあって遊園地風になっているが、すべてピノッキオのお話。仙女さま、棺おけを担いだ4匹の黒うさぎ、などのオブジェのそばを子供たちがお話をしながら飛び歩いていく。ピノッキオの物語がイタリアのこどもの生活の中に溶け込んでいるという感じがする。広場のまわりにはタイルにピノッキオのお話の各場面が描いてある。最後には大きな鯨の中に入れるようになっていて、時々潮を吹き、水浸しになる。
ピノッキオ公園の売店で小さいピノッキオ人形が、たくさん売れて、売店のおばさんはちょっとびっくり。テューターはラボっ子の土産にいつも、どうして?と思われるほどの数を買うから。
フィレンツェは1981-1983年の3年間ピノッキオ誕生百年祭をやったそうだ。ピノッキオは1881年に「操り人形のお話」として連載が始まり、ピノッキオが木の枝につるされて死んでしまうところで、一応終わったのだ。その後、あまり評判がいいので、またピノッキオをよみがえらせて、連載を続け、ついに1883年まで続いた。だから、この三年間をピノッキオ誕生の年としているらしい。そして、誕生日も2度ある。人形として生まれて・・・人間として生まれる。
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