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たくさん、たくさんあったぬいぐるみ動物など、整理に整理をして、やっと私の手元に残したい話題性のあるものだけにした。誰かの元にいってもいいよ、と思っても、いけなかった子たちが、マックスとかいじゅうたち。あまりにもよく遊ばれて、あちこちつくろわないと人に渡すこともできない。
ラボのライブラリーに入るずっと前から、この「かいじゅうたちのいるところ」は、よく読み聞かせてきた。子供たちの大好きな物語だった。センダックは、実にうまく小さい子の心の奥にあるものを視覚化できる画家だと思う。
ラボ・ライブラリーは、音楽もあり、勿論、英日の言葉からもイメージできるけれど、これは絵本の語るものが多く、やはり絵はおろそかにしたくない。
誰でも、これくらい暴れたいときもあるはず。この日のマックスは、何か爆発させたいもやもやしたものがあったらしい。おおかみのぬいぐるみというのも、もうその表れ。ナプキンのようなものをつないで作ったロープを、本の上に乗って大きなかなづちで壁に打ちつけようとしている。そのロープには、きっと自分の好きだったぬいぐるみや、お母さんが困るであろうシーツのようなものが、かけてある。
つぎのページには、マックスが描いた怪獣の絵がはってある。だから普段からマックスは、怪獣が好きなんだ。
そうして叱られて、寝室に放り込まれ、マックスの顔は、怒り絶頂!でも、その怒りは、長くは続かず、やがてファンタジーの世界へと入り込む。
それからは、すばらしい幻想的で美しい世界。マックスは開放感にあふれ、満足げな顔でMAX号に乗って航海。なんという子供の好きな世界だろう。すると突然、怪獣が現れてびっくりするけれど、今度は、その怪獣たちの王さまになってしまう。怪獣を手下にして、自分の好きなことができるとは、なんていいことだろう。ラボのテーマ活動をやっていたとき、このクライマックス、かいじゅうおどりを、一番考えた。みんなたのしく、ただただおどるが、そこに大切なマックスの気持ち、怪獣たちの気持ち、そしてそのずれ、の微妙さ、を見逃さないでほしいと。やがて、踊りつかれて、満足と、少し淋しいマックスの顔。そして最後の言葉がいい。「マックスは、ゆうごはんぬきで、かいじゅうたちをねむらせた。するとマックスは、おうさまなのに・・・・・・」みんなは、マックスが、ちゃんとお母さんのところに帰って、温かい夕ご飯も食べることができて、ほっとする。
センダックの魅力に取り付かれて、私は彼の本をどんどん集めた。そしていまや、その大半をゆずってしまった。センダックは、まだまだこれからも、多くの子供たちの心を豊かにしてゆくだろう。 |
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