|
 |
 |
 |
 |
ストックホルムから飛行機でノルウェーのオスロへ。オスロからはバスで、リレハンメルを経由して、ゲイランゲルへ。それからバレストランド、そしてベルゲンと動いた。その間、切り立った絶壁に囲まれたゲイランゲルのフィヨルドをクルーズしたり、ブリクスダールでは、馬車に乗ったり、足場の悪い岩場を登ったりして、氷河の間近までいくことが出来た。
ノルウェーの地形、フィヨルドは、実際に見なければ理解できないほどのものだと思った。私は古い本だが、東山魁夷の「白夜の旅」や、森麗子のファブリック・ピクチャー「白夜の旅から」を何度も眺めて楽しんでいる。これらのフィヨルドの絵画や、作品、または、旅行案内の写真などを見て、自分の絵の画材からは、はずして考えていた。私は、旅に画材を求めるとき、その国の文化にテーマを置いているから、フィヨルドは、まあ、旅のついでに回って来るか、ぐらいに思っていた。ところが、この旅の中心は、フィヨルドの雄大さ、すごさの感動になってしまった。言葉にいいつくせぬ、神秘的な美しさ、自然の力への敬嘆と畏怖、悠久のときの流れを感じ、周囲にも同じような観光客がいるのも忘れ、私は甲板で、風に吹かれ、長い一人の時間を物思いにふけった。
太古の昔、氷河が削り取って出来た絶壁、その割れ目の谷に横たわる氷河。厳しい冬、フィヨルドには氷が張り、丘は雪に埋もれる。ようやく6月、雪解けの水は、無数の滝となって、岩盤の絶壁をすべり、大西洋へと流れる。
今は、クルーズでこの景観を数時間で見て楽しむことが出来るが、刻々と変わる周りの様子は、雄大すぎて、写真にもしたくない。ノルウェーの文化は、まさにこの地形の上に作られたものだと思った。
この厳しい絶壁と絶壁が重なり合う谷間のほんの少しの平地に、見逃しそうなほどの、農家や牧場がある。また、昔はあったが・・・という場所もかなりあった。そんなところを見つめていると、絶壁が急に巨人に見えたりする。静かに草を食んでいる羊たちのほうに向かって、叫ぶようだ。羊飼いの少年が現れた。今朝、私がホテルで食べたチーズ、カマンベールは、私の力でも、ぽたぽたとしるがでるほど、クリーミーだった。少年の矢は、トロルまで届くかなあ・・・。
絶壁の岩面を見ると目や鼻があるようだ。2人、3人と重なっているようにも見える。ダウレアの「トロールものがたり」か。石になったトロルもいる。いやいや、それからトロルは、変わった!と私は言いたい。そのあとのトロルの絵本は、トロルが愛すべき仲間としてかかれていることが多い。
フィヨルドを歩いて、氷河を見に行く道すがら、その湿地帯に、私は「ぬまばばさまのさけづくり」(オルセン)の酒のにおいを感じるのだった。トロルも愛すべき仲間だ。
お土産屋で、私は、ひとつだけ気に入ったトロルを買った。その他は、お店の人に頼んで、全部写真を撮った。ノルウェーで入ったお土産屋のトロルは全部私のカメラの中にある。いつか私のフィヨルドの絵のどこかに現れるかもしれない。
家に帰って、トロル人形を友達に見せると「それ、なあーに、魔よけ?」といった。私は「うん、そう。」といった。そうなんだ。何かにも書いてあった。「幸運を招き、財を呼ぶ」と。そのように信じよう。
―――私は、ひつじかいが、「ちっともこわくない」といったところがすきです。シュトンペ・ピルトのからだにやがささって、シュトンペピルトがこうさんしたとき、ひつじかいは、ほんとうはこわがっているのだから「よかった」と思っていると思います。羊飼いはよく頭を使って考えたと思います。ひつじかいは、小さいのに、大きいシュトンペ・ピルトにかてて、よかったです。わたしは、ひつじかいを、おおえんしています。わたしは、夢を見ました。ゆめのなかに、シュトンペ・ピルトが出てきましたよ。―――I子(小2) |
|