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6月の北欧は、美しく明るかった。木々は、ちょうど日本の新緑のみどり。どこへ行っても花がいっぱいだった。マロニエ、ゴールデンシャワー、しゃくなげが、真っ盛り。それにルピナスが自生している。お花屋さんで、2本、3本と買うルピナスが、淡いピンク、白、むらさきときれいにそこらあたりに咲いている。散歩の途中、私はルピナスにかこまれて、しばらく時間をとめていた。
今年の雪どけばあさんは、よく働いて、きれいに掃除し、春の女王をお迎えしたのだ。因みに、先回、来たときは4月だった。まだ冬のコートを着て歩いた。雪どけばあさんの掃除中、春の女王をお迎えする前だったのだろう。
今は、11時ころまで明るく、3時ころに白んでくる。もうすぐ夏至際。北欧の人たちは、一番うきうきしているときだ。朝夕は、まだ上着の要る温度なのに、彼らは、もう夏を感じ始めている。日中、太陽が照れば、裸になり、テラスに出たり、芝生に寝転がったりしている。短い春夏は、大切なのだ。
ヘルシンキからシリアラインでスウェーデン、ストックホルムへ。夕方5時に出港した船は、翌朝9時にストックホルムに着く。バルト海を静かに走る。島々がすばらしい景観を作っている。小さい島に赤やオレンジの屋根のかわいい家、そして水際に小さな小屋、その小屋からは、水面に差し出した板場、サウナ小屋だ。島の人たちの日常がうかがえる。広い海に出たかと思うくらい何も見えなくなったと思っていると、狭い海峡に入り込み、島が目の前に見えたりする。北欧は干満がなく、潮が薄いので、凍るのだという。
ストックホルムも車が多く渋滞。旧市街地はノーベル賞授賞式で有名な市庁舎やコンサートホールをみたりするが、ほんの少し走れば郊外へ出る。そんなところへ来ると、「ウッレと冬の森」を想像できるようにもなる。
家の周りは、今は緑みどり。少し行けば、ブルーベリーのつめそうな小道や、まっすぐに伸びた高い木々の茂った森がある。でも冬、明るくなった9時、10時、家からスキーをつけて「いってきまーす」と出かける、ウッレをイメージすることは容易である。決して日本のスキー場でしか出来ないスキーではない。ごく日常的に家の周りで、スキーやそりで遊ぶことが出来る。
―――この話に、白霜じいさんと、雪どけばあさんが出てくるのが面白いと思いました。冬といえば雪ですが、少し脇役のように思える霜が、ここでは、おじいさんのおかげで、引き立てられています。本当に寒い地方では、霜のほうが厳しいのかもしれません。また、雪解けばあさんのおかげで、春が来る前に春を迎える準備期間――雪解けの時期があることを教えています。雪解けという余りきれいでないものを、「雪どけばあさん」の登場で、詩的な楽しいものにしています。
[冬が去り、春がやってきました]という表現が、雪どけばあさんのおかげで、とてもはっきりと、明るく、喜びを持って受け止められます。
でも、白霜じいさんや雪どけばあさんに会えるのは、ウッレたち、小さい子でないと会えないのかなあ。―――いいえ、私は物語の中で会うことが出来ました。―――S子(高3)
街中を歩いているとき、私は本屋を見つけて、飛び込んだ。「あった。あった」ベスコフの絵本。先回、3冊ほど買っていった。(すでに現役テューターにゆずったが)読めない原書を、こどもたちは興味深く熱心に見たものだった。私は買わない本を、手に取り、懐かしく見るだけで、外に出た。
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