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一人暮らしをしていた姉が倒れて、私が救急車を呼んで救出した。この「救出」というところを余談だけれども話させてもらおう。姉は高齢で、毎日夕食を給食センターから支援してもらっていた。だから、「2日間鍵がかかったままで、昨日の夕食も食べてないからおかしい。」と給食センターから私のところに連絡が入った。外出の心当たりもないし、車で飛んでいったが、何の反応もないので、ついに窓ガラスを割って家の中にはいった。彼女は意識朦朧として倒れていた。脳内出血が起きて、動くこともできず、声も出せず倒れていたのだ。もう一日発見が遅れたら、おそらくは助からなかったであろう。このような高齢者の事故を防ぐのもひとつの目的という、岐阜市の給食支援の制度に感謝!というところ。
こんなことで、私は始めて救急車に乗ることになった。救急車のいちもくさんの世界は、本当はさまざまの人生のドラマをのせ、そこに関わる人々の献身的な働き、努力、そして感動、あるいは悲しみをも含む、深い深い世界があるのだ。
ラボ・ライブラリーの「しょうぼうじどうしゃ じぷた」のもとになる、福音館書店の「しょうぼうじどうしゃ・じぷた」を書いた山本忠敬(ただよし)氏のメモを、たまたま見つけたので、一寸、紹介。
「東京消防庁牛込消防署。この絵本を作るためにこの消防署を取材させていただきました。実はこの、牛込―消防―火事との言葉の連想が私の子供のころの遊びとつながって懐かしく思うのです。というのは子供のころの戯れ歌の囃子言葉で、<かじはどこだ、うしごめだ、うしのきんたま(ここのところは小声で)、まるやけだ>といって遊んだのです。
春うららの午後、消防署の前をぶらりと通りますと、訓練を終えたポンプ車とはしご車が並んで日向ぼっこをしています。消防自動車大好き人間としては見逃すわけには行きません。(後略)」
何といって参考になるものではないけれど、作者は消防自動車大好きということはわかる。この戯れ歌は、大正10年前後、この本の初版が、1963年というからずいぶん古い。古くてもいいものはいい、のであるが、私は残念ながらこの絵本はそうは思わない。どのページの絵も平面的で、のっぽくん、いちもくさんなどと、擬人化された車のいきいきさもなく、じぷたも主人公なのに、魅力を感じられるようには描かれていない。
働く自動車というのは子供たちの大好きなテーマだから、単にいい本だと見られているように思う。私はいつも「じぷた」のテーマ活動をするとき、除雪車の「けいてぃ」や、消防士のスモールさんのはなし「ちいさいしょうぼうじどうしゃ」などで心の中の幸せを補ってきた。
そして元気な「じぷた」のテーマ活動ができたのは、私は勝手に、ラボ・ライブラリーと、福音館の「じぷた」とを別物と考えるようになってきた。音楽や歌の助けもあり、英語と日本語という言葉の幅の広さ、そして何よりもラボっ子のセンスと共同する力が、ラボ・ライブラリーとして物語を育ててきたと思う。お話を聞いて、子供に絵を描かせたほうが、よほど生き生きした絵がかける。
―――ぼくは、ぱんぷくんが、いちばんすきです。ホースから、ちからづよくみずをたくさんだすからです。しょうぼうしょのおじさんに、ぱんぷくんや、のっぽくんをみせてもらいました。ぴかぴかでした。じぷたみたいなのはいませんでした。ぼくは、かいぞうするジープがなかったのだとおもいました。―――小1(Y君)
単なる刺激や表面的な面白さだけに動かされるのではなく、深い感動を味わい、人間らしい豊かな心を育む絵本やテーマ活動であってほしい。 |
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