|
 |
 |
 |
 |
草取りをしていると、ミミズも出てくるし、ありも動き回っている。ありの世界では、もう、いまや働け働けの時期なのだろうか。
ラボの「ありときりぎりす」の物語は、イソップ寓話を基に作られたものだが、当時の子供たちの成長と活動にあわせて、ラボ活動にぴったしと、作られていると思う。今のように百以上の物語のある時代とは、違った感覚で受け止められた。SK1,SK2,やっと3本目の作品であったのだから。
イソップ物語は、誰でも何らかの形で、その中のいくつかに触れていると思う。絵本や幼稚園の購読本、または英語の副読本など、気がつけば、イソップは身近にいっぱいある。
ちょっと価値あるものとしては、私は、Arthur Geisertの絵の[Aesop & Company with scenes from his legendary life]とか、A Classic Illustrated Edition---AESOP'S FABLES といって、アーサー・ラッカムとか、ウォルター・クレインとか数人の人の絵の本を大切にしている。また、オズボーン、コレクションのなかにある、BABY'S OWN AESOPは、私の大好きな本のひとつ。これもウォルター・クレインの絵。イソップの寓話を短い韻文にして、クレイン独特のきれいな絵で、説明的に描写し、さらに、一行の教訓を添えている。その教訓がなぜか、いやらしくない。たとえばーーー
THE CROW & THE PITCHER
How the cunning old Crow got his drink
When 'twas low in the pitcher, just think!
Don't say that he spilled it!
With pebbles he filled it,
Till the water rose up to the brink.----USE YOUR WITS---
THE WIND & THE SUN
The wind and the sun had a bet,
The wayfarers' cloak which should get:
Blew the wind -the cloak clung:
Shone the sun -the cloak flung
Showed the sun had the best of it yet.
---TRUE STRENGTH IS NOT BLUSTER----
(残念ながら、ありときりぎすはない。)
小さい子も、読んであげると、英語がわからなくても、よく理解して、喜んで聞いた。
ラボの「ありときりぎりす」も、ずいぶん詩的で口調がよく、美しい。初めの部分など非常に絵画的でもある。
ーーーこのお話は、「遊んでばかりいると、キリギリスのような目にあうぞ」といったぐあいに、教訓的に聞くと、ちっとも面白くない。テーマ活動では、みんな楽しくありやキリギリスになって動いている。
テーマ活動で、ありになっているつもりでも、花や太陽や、虹を見るとき、みんな、自分自身に戻っているような気がする。たとえば、[花を見ろよ。目のごちそうじゃないか」というところも、どこに花を見たらいいのだろう。私たちは下を向いて花を見ていた様な気がする。ありから見たら、花は自分たちより上にあり、ずっと大きなものだろう。このように考えていくと、いろいろ面白い。ありときりぎりすの物語が、タローがゆきちゃんの家へ行く途中の広い原っぱで、生まれているような気がしてきた。ーーーK子(中1)---(この人はうちのパーティの一期生。いま40代半ばのおかあさん)
---「ありときりぎりす」をいま韓国語で聞いています。韓国語は絵文字のように面白いです。だいぶ覚えました。
花は「ゴッテレン」わかりました「アヤスニダ」さむいんだ「チプダニダ」「ジョンブライミン リッマイミン ジョンハバケイリイ リッマイミン」まだまだあるけど、書ききれないので、こんどのノートに書きます。トランポリーナは本当に愉快です。---N子(小3)
ありときりぎりすは、韓国語も雰囲気があると思った。お母さんも加わっての、韓国語体験の発表会も、印象深く記憶に残っている。 |
|