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2005年、春の中国交流で思ったこと
今年の春は中国交流が始まってから20年という年を迎え、今年は20周年を祝う交流として実施されました。
その様子を記憶をたどりながら綴っていこうと思います。
現時点ではPCの電源コードが無いため、写真はなく、事実関係も記憶の中からなので間違うこともあるかも知れませんが、トライトライ。
残っていることだけを記していこうと思います。
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たまプラーザから高速バスに乗って一路成田空港へ。
お昼過ぎに成田から出発予定のテューターとラボっ子達がEカウンター近くに集合し、そろってチェックイン。
北京までは約4時間の旅となりました。
空港に着いたら、まぁ、北京と言うだけあって、アジアの人達が圧倒的に多かったですね。
いえ、白人はほとんどいませんでした。
それは大きなショック。
イギリスに行ったときも、かなりのアジア人がいて、びっくりしましたが、やはり、ここは中国。
アジア人だらけでも当然と言うべき?
私たち成田勢が到着したらそのすぐ後に、訳あって遅れたという名古屋のグループと一緒になりました。
その後に到着予定の九州勢を待って、みんなでまずは、月壇中学へ。
子どもたちの対面式があるという。その後に、宿泊予定の民族飯店へ向かう。
あっという間に日が落ちて、あたりは真っ暗。
バスの車窓から見える景色に夢中になっていましたが、道路の広さに圧倒されました。
月壇中学に到着すると受け入れ家庭のホストファミリーが待っていました。
成田組と九州組は予定通りでしたが、名古屋組は予定より3時間ほど遅れてしまったので、大分待たせたようです。
でも、中学のみんなは笑顔で迎えてくれました。
早速大きな部屋へ通されて、中学側のご挨拶があった後に、対面式。
日本の子と中国のホストの始めての出会いです。
対面式はいつも感動するのですが、今回は、いつもと違います。
受け入れはすべてこの学校の中学生、高校生で、ジャージー姿の子も多かった。
でも、おしゃれに着飾った子や、男の子で、"US ARMY"という刺繍入りのGじゃんの様な物を来ている子もいましたね。
小柄な5年生の男の子を受け入れるのが見上げるように大柄の高校生のお兄さんだったり。
小学生にとって受け入れる側はみんなお兄さん、お姉さんでした。
お互いの出会いに期待で胸ときめく瞬間が次々に展開されて、ほんと見ているだけで、こちらも胸がいっぱいになりました。
この中に自分のパーティの子がいたら、感動もさらに大きかったのでしょう。
対面式が終わり、子どもたちがホストファミリーに引き取られて帰った後には、まだ興奮の空気が残っていました。
いいなぁ、この交流も。
知らなかったぁ。
こんな交流があるなんて。
過去に苦い体験のある日本と中国の若者が、こんな風に良い出会いをし、手に手を取り合って友好関係を作っていく。
いいじゃない。
私はどうしてこれまでこの中国交流に無関心だったのだろう。
なぜ?
自分で自分を責めていました。
アジア人同志で交流なんて。。。
ラボを始めたのは、英語の環境作りのためと言うことでしたから、中国なんて、と思っていましたね。
中国は別にという気持ちがありましたが、でも対面式を見ていたら、充分に国際交流として、異文化交流としていい交流が行われているじゃないのぉ。
と感動しましたよ。
司会進行は中国語と日本語で行われました。
中国の言葉はよく判りませんでしたが、でも、日本語の通訳が付いていたので、その言葉から知りうる限りのことはキャッチできましたが、あ~、この国の言葉が話せたらなぁ。
少なくとも、理解できたらなぁと思ってしまいました。
来る前には、判らないからどうしよう。と一方的に考えていて、中国語を知りたいとかはあまり思いませんでしたから、私にとっては大きな変化でした。
中国語が知りたい。
この交流相手の方々の話している言葉が判りたい。
この方達とお話しがしたい。話せたらなぁ。というもどかしい思い。
これは、観光で来ていたら、決してそんなことは考えなかったでしょうね。
これって、こんなことって、ラボっ子がホームステイに行くときにも似通った体験をするのかな。
まぁ、ラボっ子は私とは違って、もっともっと英語を理解できるし、話せると思います。なぜって、ラボっ子はテーマ活動やその他諸々の交流活動の蓄積がありますからね。
当然です。
でももどかしい思いをして帰ってくる。
帰国すると、もっと英語を真剣に御勉強するようになる。
ん~、私ももう少し、中国語をやらなければ。。。
と思いましたよ。
さて、対面式の後は宿泊予定のホテルへ向かいます。
バスで通った民族飯店の前の道路は特に広く、片方6車線ほど。
ほどと言うのは、車道の他にいろいろあったからです。
車道の他には横に自転車がたくさん走れる街路樹の並木通りが一車線づつ付いている。
さらにですよ、あちらこちらで、建物の前には、車やバスが入れるのです。
何十代も止められる駐車場ももちろん付いている。
一時間ほどで民族飯店に到着。建物の前にバスが横付けできます。
ホテルの前の駐車場はと言うと、広くて、二列が向かい合わせになっている。
ほんとに余裕というのか、広いです。
この道路は天安門前広場に繋がっていて、特に広いようです。
いざというときには、飛行機が飛び立つための滑走路になるそうな。
広いわけだ。また、長さは直線50キロとか。
広くて長い。
さすが大陸だぁ。
この後、このように広い道路がいくつもあることが判り、うなってしまいました。
やはり、広いんだなぁ。
民族飯店は、4☆のホテルと言うことで、なかなかいいホテルでしたよ。
まぁ、日本のホテルとほぼ同じ。
洗面所やお風呂場で必要な物は、すべて揃っていました。
アイロンは無かったかな。
ホテルに到着してからは、
ちょっと夜遅くなりましたが、ゆっくり休みました。
これが第一日目。
大陸としては、アメリカやカナダを知っていますが、北京がこんなに巨大な都市だったとは、ちょっと認識不足。
その分、驚きは大きくて。。。
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