はじめつうことでラボに関係あることで。2002年度の北関表活の終わりにどうやら書いたらしい文章の落書きをどうぞ。なんか文体が若い。言ってる事もだけど。
流れていた日々を振り返れば
私が本当にそこにいたのかは
不確かなコトでした。
自分がこの場所で何をしてきたのか
何ができたのか
それはとても不確かことでした。
でも君たちが私の近くに存在してくれていたコトは
ひどく確かな気がするのです。
あなたたちの声が、目が、笑顔が
ひどく確かに記憶にあるのです。
時には、私をひどく困惑させ
時には、私をひどく落ち着かせました。
それらが、ひどく鮮明なのです。
私の日々の充足は、人々の隣に常にあったのでしょう。
彼らが私を支えてくれた。
それはひどく確かなコトでした。
私は、ココにあった全てのものを愛しんでいます。
普通に考えてみて下さい。
私が、ココにあった全てのものを愛しむコトはひどくあたりまえのコトなのです。
「明日もシアワセ。」という創作劇を表活でやったことがあります。自分で書いた脚本なんですが、未だにそのテーマである「忘れることは幸せか」というものは私自身わかってはいません。ふとノートを見ていたら一つの詩が書いてありました。まぁ、自分で書いたんでしょうが、これも記憶なし。
生きることを憎んだ哀れな鳥は
果たして飛べるのだろうか
死ぬことを許した哀れな詩人は
果たして唄えるのだろうか
僕達は活動を強いられ
それに名を付けるコトを常識とされた
僕達は終焉に愛され
それを認めるコトを運命とされた
風がいくら流れても
その反復は変わらない
僕は今
『忘却』という哀れな装置を
『幸せ』という名で呼ぶことにした
なんか「かわいらしい」詩をどうぞ。とか書いた気が・・・。(すいません消しちゃって何書いたか記憶が・・・。)
shinji-t@hotmail.co.jp
『わ~。』
たくさんの雲を集めても
わたあめにあるわけがないし、
たくさんの雨を集めても
炭酸ソーダになるわけがないし、
たくさんの音を集めても
台風になるコトなんてない・・・。
ただ、そうなったら面白いなぁ~って
思ってみただけ・・・。
そしたら、
たくさんの言葉を集めれば
キミに何か届くかもしれないし・・・。
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『生と死についての問答1』
生きているのか生かされているのかと問われても、
私は生きてるとしか答えられない。
けれど、死にたいのか死にたくないのかと問われれば
死にたくないと答えるだろう。
つまり私は死に怯えている。
そうすると、私はやはり生かされているのだろうかと思う。
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『欲しいモノ。』
僕の欲しいもの。
ずっと思ってきた。
僕は自分の感情というものを操る機械がほしい。
怒ることも哀しむこともないように
リモコンでちょちょと操って、少しも傷付かないように。
喜努哀楽。
このなかの「努」と「哀」が捨てれるならば
僕は進んで「喜」と「楽」を差し出そう。
それが誰にも傷付けられない代価だと言うなら。
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『欠けら。』
すすんで僕を傷付けないでくれないか。
すすんで僕は君を傷付けないから。
・・・と願う。
だけど・・・、
それが無理だってこともちゃんと知ってるよ。
僕という存在は既にもう世界を少し欠けさせている。
ほらっちゃんと知ってるだろ。
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『乞う。』
なぜこんなにも世界は悲しみに満ちているんだろう。
見るもの全てが僕には泣いているように見える。
そして僕にはその涙を止める力はないんだ。
ただ黙って見ていることしかできない。
ごめんよ。
ただ、僕は君たちの倍は泣いてみせるから、
そんな僕を許して欲しい。
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『悲しみ。』
悲しみを語ると少しだけ心軽くなってしまうのは、
悔しいけれど、やぱっり僕が
その悲しみを周りに分けてしまおうと
思ってしまっているからだろうか。
それとも、それよりもっと悔しいことに、
同情を買おうと必死だからだろうか。
なんだか後者な気がして、
自分の存在意義とか言うものを
果てしなく否定したくなるのは時々ではない。
人はそのようにしてまで生きてしまうのは、
どんな悲しみの結果なのだろう。
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『電車の音。』
電車の音ってなんか不思議だ。
ウィ~ンと響くモーターの音。
カタコト弾む線路の音。
ちょっと変わったアナウンスの音。
風を切る音。
通り過ぎる踏み切りの音。
リズミカルで、快活でその上なぜか涙を誘う。
とてつもない日常の音。しかし、なぜか生活感を持たない音。
僕は今日もそんな音を聞きながら、生活を飛び出し日常に向かう。
今日の日常はどんなだろう。
プシュ~と開く電車のドアは、
どこでもドアと言えなくもないよね、きっと。
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『ラッキー。』
僕の小さなラッキーが、君の小さなアンラッキー。
そしたら僕はアンラッキー。
僕の小さなアンラッキーが、君の小さなラッキー。
そしたら僕は非常にラッキー。
そう考えれば、傲らず、妬まず。
ちょっと疲れる感情にホワイト加えてパステル色に。
そうすりゃ、ちっとは世界が明るくならないかしら。
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『憎悪。』
憎悪一つを作るにはラッパが一つあればいい。
ワーグナーはやり過ぎだ。
あいつにかかりゃぁ、渋谷の交差点も戦争にされちまう。
愛を一つ作るには、唇二枚あればいい。
言葉も、やぱっりやり過ぎだ。
そいつにかかりゃぁ、憎悪すらも愛せてしまう。
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『隊長!!』
隊長・・・残念な情報です。
どうやら人って奴は自分の為にはそこそこしか頑張れないようです。
残念ながら人って奴は、誰かの為にしか頑張れないようです。
その上、自分の為に頑張ると結構頻繁に間違いを起こすそうです。
隊長、これ私が言うですから、かなり確な情報です。
・・・どうしましょう?
ほ~ほ~。了解しました。
全軍良く聞け~!!
突撃命令だ~!!
目標は実家、まずは母ちゃんの顔を眺めて来いとのお達しだ~!!
進め~!!
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『生と死についての問答2』
動くなと言われれば、私は動くまい。
だが、死ぬなと言われたからとて死なぬ訳にはいかぬ。
それは、同時に生きるなと言われ生きないことと同じなのだ。
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『生と死についての問答3』
人間にとって、最も重要なことは多分生きるということではない。
きっと死ぬということだ。
これだけは忘れてはならない。
いついかなる時も死ぬということを忘れてはならない。
生きるのは簡単だ。息をすればいい。
だが、死ぬのは難しい。
それもちゃんと死ぬということになると、それは奇跡に近い。
如何に死ぬか・・・。それがとても重要で、とても難しい問題だ。
生きるということは、その問いの中の一つの行動の結果でしかない。
如何に死ぬか。
如何に自分という物語を終結させるか。それが重要な問題だ。
映画のラストシーンを知らず知らずの内に最も重要だと感じるのには、
ちゃんとそういう訳がある。
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すいません。長い間放置してて・・・。永井も何やら忙しいようで、全く変化のないHP・・・本当に申し訳ないです。
今回の「落書き」は、授業中にふと思ったことです。そこまで深い意味はないっす。
shinji-t@hotmail.co.jp
『靴』
キラキラと光る靴を履いてはいけません。
本質を見失いやすくなってしまいます。
ツンツンととんがった靴を履いてはいけません。
人を傷付けることに鈍感になってしまいます。
カツカツと鳴る靴を履いてはいけません。
孤独を愛し始めてしまいます。
ボロボロに汚れた靴を履いてはいけません。
羨む気持ちが顔を出してしまいます。
タカダカと高い靴を履いてはいけません。
自分の視線を忘れがちになってしまいます。
ペタペタとずる靴を履いてはいけません。
飛び上がることを怠けてしまいます。
フニャフニャの変な形の靴を履いてはいけません。
自分の本来の形を錯覚しやすくなってしまいます。
五本の指にくるぶし、土踏まず。
カサカサの足裏に凸凹の甲、複雑な指紋。
愛すべき爪建ちと、ゆるやかな側面。
心はいつも裸足でいい。
僕等には、強く美しい足がある。
これで十分歩いて行けます。
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例えば今
彼がゆっくりと席を立ち
窓を見つめ
『先生、今日はいい天気です。』と
言ったとする。
その時僕は
ゆっくりと外に目をやり
何の偏見もはさまずに
『あぁ、本当だぁ・・・。』と
つぶやける自分で
ありたい思った。

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