渡辺謙 アメリカを行く 911テロに立ち向かった日系人 |
07月22日 (金) |
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迷走台風の後、寒くなった。あんなに暑かったのに、夏休みに入ったというのに、寒い。
布団を出してきた。夜中にごそごそ布団カバーをかけた。暖かいお風呂に追い炊きで入っている。
あの台風のおかげで・・・・重要な番組をやっていたのにみんな見たかなあ。
私は、大雨で、画面がモザイクになったり真っ黒になったりで、さんざん・・・
「渡辺謙 アメリカを行く」 というNHKの番組だった。
911の時の、運輸長官だったミネタ氏の民主主義に基づく断固たる行動と、
人種差別に反対する日系人たちの行動。
そうだった・・・。
9/11の時、私たち家族はカリフォルニアに住んでおり、
事件はまさに起き抜けのブレイキングニュースだった。
学校は休校となり、帰国予定のための引越準備は全てがストップした。
その後の愛国心の高揚やヒステリー状態には、恐怖を覚えた。
知識人たちは冷静に行動しようとしていたが、突発的な事件に巻き込まれる可能性もあった。
ちょうどパールハーバーという映画が流行っていたこともあり、
日本人滞在者も多く、収容所の歴史を知っているカリフォルニアではとても感じやすい状態だった。
運輸長官が日系人のミネタ氏であったことは、収容所や差別を経験していることから
行き過ぎた対応にならないだろうと信頼を持ったが、つぶされてしまうとも危惧した。
そのミネタ氏が断固として民主主義をつらぬく態度をとり続けたことや、
日系アメリカ人たちが差別反対の行動を起こしたことは、驚きだった。
日本だったら、普通の日本人だったら、
いろいろな圧力に屈することを言い訳と共に認めてしまうだろう。
ミネタ氏は「日系人は、しかたがないという精神で現実に適応しようとする」といっていたが、
そうしてアメリカで暮らすうち、日系人たちは
自分が適応する現実を正しいものにしようするようになったのだと思った。
(「ガマン」と「しかたがない」「しょうがない」は収容所の日系人たちの象徴的なことば)
結局、引越は大急ぎで遂行、9月末に帰国したが、空港での警戒は物々しかった。
戦争、テロなどの重大事項のために安全管理を優先するために協力はもちろんするが、
そんな場合でも「正しいことのために行動する」ことは並々ならぬ信念が必要と思う。
日本に帰国して驚いたのは、テレビや世間で、いつまででもビル崩壊の映像を流し続けながら、
外国の危険さ、外国人への不信感をトークショーで無責任に語られていることだった。
(アメリカでは早い時期に教育的見地から映像をとめている)
アメリカ在住中、市民権闘争や日系人収容所の問題も学び、
市民権や平等のために教育がとても重要視されていることに感銘をうけたが、
危機に際してそのような行動がとれるのか、ためされていると思った。
アメリカの民主主義は、負の歴史からも成り立っている。
安全管理のためにも民主主義のためにも、考え抜いた末に正しいと判断したことを断固として守る
というミネタ氏の姿勢に深く感動した。
国際交流は、日本とは違う生活形態を見てくることではない。
「家の中で靴を履いていることなんか、もう知っています」・・・なんて浅はかなんだろう。
もっとよく見て、感じて、驚いてほしい。
国際交流を通して、その土地の人々が築き上げている信念にもであってほしい。
7月31日にシリーズの1「星条旗の下に生きたヒバクシャたち」が
8月15日に「911テロに立ち向かった日系人」が再放送される。
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Re:渡辺謙 アメリカを行く 911テロに立ち向かった日系人(07月22日)
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みかっちさん (2011年07月23日 09時32分)
はじめまして。私も911の時カリフォルニアに住んでいたんですよ。同じ日に同じカリ
フォルニアの地にいたのですね。私たちはメキシコとの国境に近いサンディエゴという街
にいましたが、やはり学校に行く前で日本からの電話で事件を知りました。でも学校は通
常、生活も通常。どちらかというとできるかぎり日常を保とう、それが我らに出来るこ
と、、、という感じがしました。日本からの「あと○機ハイジャックされて上空をとんで
いるらしい、、、」などという情報におびえ、家にこもりニュースを録画し、何度も何度
も聞き返し正確な情報を求めていたあの日を思い出します。事件があるとすぐに星条旗を
家や車にかかげた隣人は中東からの方で、やはり差別による何らかの力を警戒していたの
でしょう。湾岸戦争から逃れアメリカに移住していた家族で、我が孫のようにうちの子た
ちをかわいがってくれていました。同じ人間なのに生まれた国によってこんなにも違うの
かとつくづく感じたことを覚えています。
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Re:Re:渡辺謙 アメリカを行く 911テロに立ち向かった日系人(07月22日)
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カトリーヌさん (2011年07月23日 11時52分)
みかっちさんへ、
かきこみありがとうございます。そうかあ、サンディエゴにいらしたんですね。私はサンノ
ゼ郊外のモーガンヒルでした。
星条旗のことも、考えましたね。自分の態度を明確に示すことが必要なんだと体験しました
が、その扱い方によってはかえって危険を生み出すと思い、慎重に行動するよう、当時中2
だった長男にも言い聞かせました。消防署が、星条旗が標的になって仕事ができなくなるこ
とを恐れて、あえて星条旗を降ろしたことや、それに対しての批判行動。
帰国してからになりますが、日本がアメリカから「Show the flag」といわれ、大騒動して
いたことも思い出します。
事態がわかるまでは態度を明確にしないことが日本らしさですが、外交という場面ではそれ
も貫けなかった。
しかし、ミネタ氏が正しいかどうかで判断し、それを貫く、といったのは、本当にすごいと
思います。
「いろいろな人がいるからねえ」で済ませてしまっている日本。
考えさせられる材料は国内にも国外にもこんなにあるのだから、学ばなければ、と思ったの
でした。
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