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三男の中学卒業 |
03月18日 (金) |
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今日の卒業式は、地震の際の避難の仕方の説明から始まった。まず生徒と小さい子どもを避難させ、
他の保護者はそれから。U津先生の指示に従って、冷静に行動してくださいとのこと。
中学の卒業式に、誰も面倒見てくれる人がいないのか、乳幼児がいる。
静粛なはずの式の最中にかわいい声をだしたり、むずかったりする。なんじゃらほい。
お父さんの出席も多いなあ。うちは長男、次男、三男で隔世の感がある。
長男の時は、私たちの頃と基本的に変わらないような気がした。同じ昭和生まれ。
次男の時は、お母さんたちの髪の毛の色が違い、お父さんの出席が多いし、
始まる前からおいおい泣いている男子に驚いたり、やはり涙をぬぐっているお父さんたちに「苦労されたんだなあ」と思った。
今日の三男の卒業式では、入場の時に、もうにこにこ、てれてれしていて、
卒業証書授与のときもへらへら笑っている子が・・・緊張感がない。びしっと立て!と言いたい。
頭もぼさぼさに伸び放題の子が目立った。
あとで聞いたら、三男もそう思ったそうで、自分は昨日美容院!に行ったし、
しっかり返事したのだそうだ。
私たちの頃は、卒業式の練習をみっちりやったもんねえ。
その時は「なんて無駄な時間」と思ったけど、あれも修養の成果あったよね。
公式の場での振る舞い方を身につけられたと思う。
校長先生は、ニコニコされていた・・・今日が無事に迎えられて、嬉しいんだと思う。
この三年生は、小学校の卒業式も中学の入学式も台風のような大雨。
小学校時代から「雨学年」として有名で、以後、体育大会も校外学習も・・・・
必ず雨か、ハプニングに見舞われていた。
快晴の2年次の体育大会では半分がインフルエンザ。職場体験もそれで中止。
修学旅行では台風が来て新幹線が100分、止まっていた。
天候以外の所でも、もちろん?心配させてくれて、先生方は大変だったと思う。
全国大会に応援に行った校長先生が集中豪雨にたたられて大変な苦労されたし。
そしてこの震災である・・・
だから、校長先生が今日、にこにこされているのをみて、生徒たちも温かい気持ちになったと思う。
生徒から慕われる校長先生がいらっしゃる学校に、三年間お世話になって、本当にありがたかった。
卒業式が終わってまもなく、計画停電が始まった。
そのため長男、次男の時のように、校庭にエンドレスで残っているようなことはなく、
どんどん誘導して、校門から出て、交差点にも先生方が交通整理に立ってくださっていた。
信号機が点っていないのだ。
他の先生方におれいやごあいさつをする機会もなく、誘導されてきてしまい、
近くにいらした学年主任のS根先生にごあいさつする。
S根先生たち、三年の先生方は、三男の陸上の記録が伸びるように、ラーメンやギョーザでつって、
達成したときには本当にごちそうしてくださったとか・・・。
そんなことまでして生徒と関わってくれるのかとありがたかった。
「いやあ、よかったですよ。陸上部の中心になってよくやってくれて。
才能とか身体とかじゃなく、あいつの努力ですよ。ああなってくれて本当によかった。
そうでなかったら、正直どっちに向いて行っちゃうのか、わからない子でしたからね。」
・・・・ギクっ・・・おっしゃるとおり。
本当になまいきな子で・・・でも、息子が先生方と仲良くなれるチャンスをもらえたね。
大人と一緒にいられるように成長したともいえよう。
夕方の小学生ラボは、来られない子は無理せず、でも通常通り。
国生みナレーションのなぞり書きなどをし、桜レターを完成させ、さあ、やるぞ、百人一首!
異常に燃える。
夜の中高大生は、我が子以外来れそうもなく、もうやめようかな・・・と思っているところへ、
準会員、OB、その妹の小学生が突然やってくることになり、別のOGにもおいでよと声をかけ、
休んでいるラボっ子に「ラボの時間に電話する」と予告。
久しぶりのメンバーで楽しい話になった。
今週は、うまく計画停電の時間帯を免れたので、ラボをすることにしたが、
来週以降、できる見通しがなく、春休みいっぱいお休みにした。
合同をするはずだった会場からも、節電のため休館と言ってきた。
本当は、子どもたちと普段の活動を続けたい。しかし当面、休息。
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