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大きい子たちのがらがらどん |
10月17日 (土) |
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WHTで発表したがらがらどんの反省を、大きい子たちで話し合う。「流れがスムーズでなかった。」
「小さい子が自分の役がわかっていない?」「マイク練習が必要」「セリフが正確でなかった」
「大きい子たちがどう手伝っていいか、わからなかった。」(手伝ったら、その大きい子を見てしまった)
「今度の市民文化祭では、どうする?」
「橋をどうする?今度は人数がたりないよ・・・・・」
いろいろ話し合っているうち、おや、この子たちは物語の外側ばかりを話しているな、と思った。
あのね、このおはなしの本質はなに?
まさか、やぎが山へ行きましたっていうおはなしだと思ってないよね?
このお話の本質・・・・
「家族?みたいな。結局、親が出てきてみんなを助けてくれた。」
「問題をといて、自分のほしい物を手に入れる」
じゃあ、なぜ、小さい山羊から行かせたの?
「ためす」「こわれないか、たしかめ?」「頭を使えば、トロルをだませる」
なぜ、大きい山羊は、後からもっと特大が来ると言って通らなかったの?なぜ、対決したの?
「小と中は、まだ戦えない。大なら互角に戦える。」
「小なら、気づかれずに行けるんじゃ?」
物語というのは、人間の生きる本質を描いているんだよ。ただの山羊のはなしじゃない。
この物語を自分のこれまでの人生、今、あるいはこれからとして、自分なら、どのやぎ?
橋は、試練なんだよ。
大山羊のつのは、なに?
「互角に戦えるという武器」つまり「自信」「パワー」「エネルギー?」
トロルの存在は、自分にとって何?
Yz「国際交流が橋で、言葉がトロルだった」乗り越えたんだね。
Sh「今、部活の顧問」しょっちゅう文句言ってるよね。
Ken「誘惑。今これをやっちゃいけないのに」そうかあ、闘ってるんだね。
Soa「自分」自分自身が打ち勝つべき相手なの?
Takkusa「これから、受験が橋で、大学がトロル」
そうだね。これは山羊のおはなしではなく、
自分の目的に達するための試練をどう乗り越えていくか、なんだ。
そのあと、すこしユングの話をして、子どもの精神的発達段階を物語に見ると話す。
私の愛すべきティーンエイジャーたち。
彼らにも、しっかり角とひづめをもって自分に自信をつけるときが来る。
そのために何度も渡ろうとする橋がある。私がトロルだよ。簡単には通さないだろう。
「やるべきだと思うけど・・」「やりたいとは思えない・・」
「でもやらなかったら後悔しそう・・」
そう迷い、そして「やらない!」とも言えない。
長い沈黙の後、今後のことを決めた。
車で待っていてくださったお母さんたち、ありがとうございます。
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