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永平寺へ |
07月26日 (木) |
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曹洞宗大本山永平寺。素晴らしい荘厳な雰囲気の中にある。
鬱蒼とした杉木立が霧雨にけぶって。父と祖母の納骨のために初めて訪れた。
身体の不自由な母を連れているので、行動は想定外なことや制約が多い。
永平寺に行くならどうしても芦原温泉に前泊したいというので、行ったが、
温泉でゆっくりするでもなく、翌朝早くからチェックアウトで、旅館の方もびっくり。
東京から行った私と3人息子、母達とは、名古屋で合流して、「しらさぎ」に乗った。
空いているんだなと思いながら、連日の疲れでいつしか爆睡。
気がつくと周りに人だかりがして、ただならぬ雰囲気だ。ふあ~、なんごとでっかい・・・
周りの人だかりが、私たちを見下ろしている。迷惑そうに、何?
私たちは向かい合わせにした席に足も乗せ、リクライニングもして、
思いっきりリラックスモードで爆睡中・・・・
米原で進行方向が変わるので、座席の向きを変えるという。
名古屋から米原までは8号車が先頭、米原から先、富山までは1号車が先頭になる。
私たち家族は4人で、座席を向かい合わせにしていたので、変える必要はないのだが、
リクライニングしていたシートを戻せだの、座席の隙間に置いてある荷物をどけろだの、
いきなり・・・
もっとすごいのは、母と妹は、普通に2人がけに座っていたのだが、(我々は総勢6人)
前後の人が向きを変えるので、母達もいったん席を立ってどけ、という。
向きが逆になると、母達と向かい合ってしまうので、全員、向きをかえろと。
それが、訳のわからない私たちに、早くやれ!すぐにどけ!というので、
母は、すぐには動けないんだよね、妹が切れていた・・・私たちはまだ呆然としているし、
周りの騒ぎの諸悪の根源みたいになっているのを理解するのに時間がかかった。
でもさあ、米原から乗ってきた人が、通路ふさがれて通れないでいるんだよ。
まずこの人達を通して、人がいなくなって、
それから、母が立って、私たちが荷物をどかして、
それからじゃない?座席の向きを変えるのって。
と、思えるほど目が覚めたのは、ずっと後だった~。
芦原温泉は、とても、すてきな旅館に泊まり、夕食もおいしかったし、いいお湯だった。
夜遅く、お風呂に入って、誰もいない脱衣所で、独り占めしてマッサージ機に座る。
あ~ごくらくごくらく・・・ 朝食のバイキングも、おいしかった。
こういうとこに来たら、やっぱり、和食だね。このところ、ちょっと食べ過ぎ。
翌26日は、レンタカーを借りて、永平寺へ。
私たちだけなら公共交通機関で十分だけど、いろいろと事情のある母がいるので。
雨も降っていたし、レンタカーは大正解。こめどころなんだな~という、平野を走る。
10時前に永平寺に着き、手続きをして、11時の納骨だ。
その前に参拝順路を回ろうとも思ったが、中途半端な時間だったので、待つことに。
納骨の人の控え室というのに行ってみると、どこから入るんだろうという障子で囲まれた部屋。
入るも、真っ暗。電気のスイッチを探して、ぐるぐる。
部屋の中は、檜のにおいと、湿気とかびのにおいと、充満している。ものすごい・・・
一気に具合が悪くなり、障子をあちこち勝手に開けて、廊下に立っていたりしたが・・・
納骨式は、すばらしい荘厳な雰囲気の中に始まった。
私の亡くなった祖父が「じゃらんぽん」といっていた打楽器の音もものものしく、
読経の青年僧の声は、低くて艶のある声だ。音量もあり、ど迫力。
すごい日本文化に遭遇している、という気がしてきた。
納骨式の後、参拝ルートにしたがって、ざっと七伽藍をみてまわる。有名な七伽藍だ。
それに、僧堂(雲水達が修行や生活をする場)や東司(とうす:お手洗いのこと)などなど
テレビでしか見たことがない、すごいすごい、と思いながら、階段をあがり・・・
お昼前のこととて、母をあまり長いこと待たせておけないので、早々にもどる。
帰りルートの下り階段で、足が・・足の筋肉が・・・・
ここで毎日生活している雲水は、さぞ健脚だろう。
瓦志納(冬に雪のために壊れる瓦のための寄付)や、経典、数珠袋などをもとめ、
もっとゆっくり堪能できたらなあ、と思いながら、山門を出る。
そばやごまどうふを食べたり、門前町を散策したりしたのち、一乗谷経由で福井駅へ。
一乗谷は、朝倉一門の栄華の跡。復元された町並みなどがあり、興味深かった。
福井駅にてお弁当を買い込み、「しらさぎ」に乗る。
今度は母を立たせなくても済むように、4人席を向かい合わせにした方に、母を座らせる。
さあ、米原だ。リクライニングくらいは直さなきゃならないけどね。
米原で、9号車から11号車までが切り離され、名古屋には1号車が先頭で戻っていく。
9号車以降はいったん、引き込み線に入り、
今度また名古屋から来たやつにくっついて富山へ行くのだそうだ。
切り離すところを見ながら、車掌さんに説明を聞く。
行きの騒動(身体の不自由な人が立たないといけなかったので大変だった)をソフト抗議。
米原すぎて、お楽しみのおべんとタイム。鱒すし、鱒の笹寿司、鯛すし、かに飯、雲丹おにぎり、穴子寿司・・・楽しいよっ!北陸はやっぱ、おいしい~
名古屋で母と妹と、長男と別れる。
妹は母のところでもう1泊してくれて、長男は二泊して、そのあとゆつぼキャンプへ。
私と次男三男は新幹線で帰京。長かった一日。のどのリンパ腺がいたい。
杉か檜か、とにかく、アレルギー系だな。あの控え室だ・・・・長男は寝込んでいたし。
肩も痛い。疲れた。母のこともあり、普段使わない筋肉も気働きもいろいろ・・・・
こんな時でも、想定外の事件を起こすのが、次男。
納骨式の始まる直前「携帯など音の出る物はあらかじめご配慮下さい」という案内を聞いて、
焦ったように「箱、車の中において来ちゃった!」という。
歯の矯正器具を取り外してしまっておく箱のこと?
何で今???と思いながら
「お・と・の・で・る・も・の・じゃないでしょ」とひそひそ声でたしなめる。
「これ、音が出るんだよ」 入れ歯か?おまえのは。
「いいから、口の中に入れときなさい」
全て終わって、山門を出てから、笑いがバーストした。
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Re:永平寺へ(07月26日)
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ばーばーじゅこんさん (2007年07月27日 23時06分)
私の実家の本山も永平寺です。祖母も母も永平寺に泊まって修行
(?)してきたようです。
私は 大學卒業後 教育心理学会で教授のお供をし金沢へ、その帰路
何故か 先生達と途中回り道して永平寺におまいりしてまいりました。
本当に長い階段と坂のような廊下で大変だったと記憶しております。
でも、永平寺で納骨式とはすごいですね。
多分 私の年齢に近いお母様も、皆様ご一緒で喜ばれたことでしょう。
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Re:Re:永平寺へ(07月26日)
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カトリーヌさん (2007年07月28日 14時53分)
ばーばーじゅこんさん
私も永平寺に参籠修行してみたいと思いました。でもアレルギーの薬持参でもどう
か・・・・?
納骨は地元のお寺でしているのですが、いわゆるのどぼとけの骨(実際は首の骨の一つ)だ
けをとっておいて、小さな骨箱にいれ、後年永平寺まで行きます。
今回は3年前になくなった父の納骨のつもりでした。103歳のおばあちゃんの状態が安定
している内にと計画したのでしたが、おばあちゃんが「間に合って」しまいました。
母としては、一度にできて、ほっとしているようです。
なむからたんのーとらやーやー・・・・おもしろいですよね。もっとしっかり勉強してみた
いです。
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