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きょうの中高大生グループが、Mパーテイの同じく中高生グループと交流会をしました。
人数が足りなくてフォークソングがなかなか出来ないと聞いていたので、ソングバーズやフォークソングをいっぱいしました。
途中、地区合宿の準備をしている大学生コーチも加わって、総勢20名となりビッグラボという感じでした。
わがパーテイは、高校生の男の子が多いせいか とにかくパワーがありあまっています。日頃の管理された環境から離れて、等身大の自分をさらけだせるラボが、彼らにとって本来の自分を取り戻せる大切な場所であることは 間違いないようです。
中高大生も異年齢の中で、自分にない個性と出会うことで いろんなことを感じ、考え、自らも表現していく、コミュニケイション力が育っていることを実感します。
彼らと活動をともにし成長の瞬間に出会えることは、私にとって大きな喜びであり、励みになっています。
今年も3月26日~28日に地区合宿(諌早合宿)が行われます。今回25周年の記念すべき合宿に向けて、大学生コーチが熱い思いでその準備に力をそそいでくれています。コーチの間でも互いに刺激を与え、自分をみがきあっているようです。
合宿でも、いろいろなドラマがあることでしょう。こどもたちと正面から向き合い、気持ちを温かく受け入れていきたいと思います。
最後は、テーブルを囲んでお菓子を食べながら ワイワイガヤガヤ談笑して楽しい時間をすごしました。交流はいいなあ~ってつくずく思いました。
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先週の土曜日娘が通う高校の英語科の発表会があり、行ってきました。昨年4月新設されたコースで、この1年の学習の成果として身近な出来事や異文化との関わりからテーマを見つけ、社会問題に発展させその問題解決をスピーチにして発表するものでした。8人の生徒たちは、自分のスピーチに思いを込めて一生懸命発表していました。娘もラボの北米交流、韓国交流、韓国受け入れでGuestとHostの両方の経験を通して感じたことを発表しました。
その後、講演がありここの中学、高校の卒業生で昨年まで2年間外務省専門調査員として セネガル日本大使館に勤務していた方のお話しを聞くことができました。彼女はセネガル共和国について概要を話された後、講演の最後を”この学校に学ぶ中学、高校の皆さんへ、ヒューマンベースに生きていってほしいと願っています。”という言葉で結ばれました。
つまり、~高校をでたという学歴、~大学を出て~大学院を出たという学歴それらはすべて飾りであって、それを全部取り去ったあとに残されたものこれがヒューマンベースだと、そしてこのヒューマンベースでもってセネガルの人々と接した時人間としてお互いを尊重しあえ、また彼らから多くを学ぶことができたとおっしゃっていました。まだ自分もそのヒューマンを磨いている発展の段階にいますが・・・と話されていましたが、とても印象的でした。
また日本人は”旅の恥はかき捨て”とよく言うけれどもどこの国を訪れても「自分の行動に責任を持つこと」と「人に迷惑をかけないこと」は世界共通のルールだ思うと話された言葉も本当にそうだと思います。
また、いろいろな国に出かけていくと日本人というだけで理解されなかったり、マイナスのところからスタートしなければならないようなことにも遭遇したりするがヒューマンベースで向き合うことで乗り越えることが出来ると思うとお話しされました。
これからホームステイに出かけるこどもたちや国際社会へ一歩を踏み出そうとしている若者へ伝えたい大切なことだと思いました。
そして、私自身もさまざまな経験を通して、もっともっとヒューマンを磨き、ヒューマンベースに生きていこうと思いをあらたにしました。
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金曜日のキデイクラスに1歳のゆうりちゃんが入会。昨日が3回目でした。
2回目の時、よみきかせに興味がなくぐずっているのをお母さんが気にして”みなさんの迷惑にならないでしょうか?”と言っていたので、”だいじょうぶよ!ゆうりちゃんのそのままの気持ちなんだよ。きっと好きなことが出てきたら興味を示すようになるから それまでゆったりと見守っていて。それより、お母さん自身が楽しんでね~”ってお話し、サンプルCDもお渡ししていたのです。
すると・・・昨日のゆうりちゃんは、流れてくる音楽に反応してHelloを聞いてにやっと笑い、りこちゃんの弟ゆうだいくん(1歳半)といっしょに手をつないでいるのです。MyBalloonでも、お母さんに渡される色んないろのBalloonを一生懸命振ったりして。うわっ~かわいい!すご~い☆見ていたみ~んなで大喜び。思わず手をたたいてほめてあげると、ゆうりちゃんもいっしょにうまいうまいと手をたたいていました。みんなの喜ぶ姿が、ゆうりちゃんきっと嬉しかったんだね☆
またごっこ遊びの”かぶ”では、りこちゃんとみゆうちゃん二人ともまごの役になりたかったみたい。でも用意していたお面は一つだけ、さあ、どうなるかなと心配しながら行方を見守っていた。ひとつ年下のみゆうちゃんは、どうしてもあきらめられず、一生懸命自分の意見を通そうとする、そして涙までが
出てきた。りこちゃんは・・・さすがお姉さんでした。やりたいまごの役をゆずって、犬になってくれました。パーテイの中の小さなやりとりですが、その中で自分の気持ちを我慢して役を年下の子にゆずってあげる優しさがそだっていることに、とっても感激し今思い出しても涙が出そうなくらいです。
りこちゃんは去年の8月からクラスの年長者になり、今までお世話してもらうばかりだったのが お世話する立場になっていたのです。だからこの半年のりこちゃんの成長がとっても嬉しいんですね。
小さいラボっこが入ってくることで、こんなに変わっていく子供の成長に出会えることにしあわせを感じますね☆りこちゃん、ありがとう。そしてこれからもかわいいラボっこたちをよろしくねっ☆
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金曜日のキデイクラスに、1才児を連れた親子2組が参加してくれた。
たまたま、キデイのRちゃんはお休みだった。久しぶりのYちゃんは、突然の小さなゲストに大喜び。そ~っとほっぺに手をあてたり、まだ良く立てない1才児にあわせて Hello,My Baloon,も自然にお座りしてやっていた。
Fruit Songのとき、おもちゃのフルーツをならべて”What Fruit do you like?"どの フルーツが好きかな~と言うとハイハイして大好きなバナナをとりにきたHくん、Yちゃんは最初持っていたストロベリーを、小さなYちゃんに’これ、いいよ~’って渡してあげたり 優しい一面を見せてくれた。ちなみに、Hくんは、フルーツソングの間ずっと、おもちゃのバナナを不思議そうにしっかりと握りしめたままだった。
そのあと、てぶくろのごっこあそびで、シーツのてぶくろにみんなで入る予定が途中で脱走したり、小さなYちゃんは、お布団と思ったのか コロンと横になったり、自分の生活とごっこあそびが一緒にとけあっている姿に、びっくりするやら、かわいいやら。テユーターの想像をこえたいろいろな反応を、お母さんたちと笑いながらみつめていた。小さな妖精たちも、ひろ~い空間に心が開放されたのか、パーテイのあともしばらくはニコニコしながら はいはいレースを楽しんでいた。
願わくばこの2組の親子を核に プレイルームが誕生してほしなあ~☆
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時津グループはききみみずきんに取り組んで5回目。ごんざの優しさや自然と共存していくことの大切さ、私たちも自分が気付かないところで、自然を傷つけているのかもしれない、などなど意見がだされた。
また、例えばどうして親ざるは、ききみみずきんを持っていたんだろう?
どこに、持ってたんだろう?など不思議なこともたくさんある。
昔話には迷信やたたりのような話が多いようだ。といろんなことを考える機会となっている。
きょうは、ききみみずきんは、誰にでも聞こえるの?という問いに・・・
Nちゃん<中3>:誰でもはきこえない、やっぱり動物の気持ちのわかる人にしかきこえないと思う。
Mちゃん<高1>:誰でもきこえると思う。でも聞いたあとどう行動するか は、その人次第、人によって良くも悪くもなる。
Nちゃん:良いことをしても、それに恩をきせる人もいるし、
テユーター:しかもずきんは、汚かったんだよね?
Sちゃん<小4>:汚くても、せっかくもらったずきんをかぶったのは、ごんざの優しさだと思う。」そのずきんをかぶるとかぶらないとでは、そのあとが全然ちがってくるよね。
長者どんはお金はあっても、娘の病気が良くならなかった、ごんざは貧乏だったけど幸せになったよね。幸せって物が豊かなこととは違う。いくらお金持ちでも、心が貧しかったら本当に幸せとはいえないと思う。
日本は、物の豊かな中にある。今の日本人に伝えたいお話だ。
ごんざは、貧しい家庭の息子。貧しいからかどうかはわからないが、些細なことにでもすごく感謝する。世界にも貧しい国があり、そこのこどもたちは小さなことにでも”ありがとう”と感謝の意を表す。現代の日本はというと贅沢な生活の中にいて学校にも行けるし、というか 行くのが当たり前という考えを持つ者が多いと思う。そして、感謝の意を素直に表すということが、欠けていると思う。まずしくとも、誰かの力になってあげたいという気持ちがごんざにはある。わなにかかっていたサルはごんざを見てすぐに素直な人だと察知した、言葉は交わしていないが行動を見て、そう思ったんだと思う。ききみみずきんは動物を助けるお話。小さい頃に聞けば、 きっと人間と共存している動物を 大切に思う気持ち・心が養えると思う。
物語のもつ教育力とはこういうことなのか、とこどもたちの意見を聞きながら思った。毎回毎回、あらたな発見があって、なかなか楽しいものです。
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昨日、ラボっこの幼稚園で松居友氏の講演があるとの案内を受け、早速参加してきました。先だって弟の松居和氏の講演を 聴いたあとだったので、弟さんとは対象的で静かな雰囲気の中、絵本のおくの深さをしんみりとお話くださり、とても感動しました。
お話の中から心に残ったことを書いてみます。
*現在、松居氏はフイリピンのミンダナオ島に在住、3年になるそうですがそこで感じたことは、”ミンダナオのこどもたちは、本当にお話が好きだ”ということだそうです。
*貧しい中にも家族で、お父さんやお母さんが語るお話を聴いて育っているから、こどもたちがストーリイテリングしている、というのです。(私も驚きました!)
*それとこどもたちが、とにかく人なつっこくて明るいということ。
つまり、人間の心を汲み取り気持ちを分かち合うことができると言います。
これは、お話の中から悲しみや喜び、苦しみや憂いなどさまざまな思いを分かち合っているからだと。わずかしかない食べ物も、相手のことを考えながら分かち合う、こういう文化は、お話の中にも現れています。自分だけ幸せであればいい、とか自分だけ繁栄すればいいという心はミンダナオのこどもたちにないとおっしゃっていました。
*貧しさの中で心を分かち合う心の豊かさは、日本の若者、こども、大人よりも美しく豊かなものがある。
*松居氏はフイリピンに住んであらためて、日本を見直してみたといいます。
豊かさをもっている日本の救いはどこにあるのか?・・・
それは”愛”だと。
ではその”愛”はどうやって表現してゆくのか?・・・
それは、子守唄であったり絵本であったり。無理やりおぼえたものはすぐ消えるけど、歌ってくれる人の、読んでくれる人の愛は消えないと言われます。
*フイリピンの16,7の若者が、なぜ語れるのか?・・・それはこどものころ読んでもらったお父さんの懐かしい声が、聞こえるから。(ステキなことですね☆)
*フイリピンのこどもたちは、実によく遊び、生き生きしていると言います。遊びを通して心を回復し、感性を育てている。
*愛は理屈ではなく、”ことば”を超えています。お母さんの語りには”愛”があります。カセットではなくお母さんの肉声がたからものなのです。 絵本のよみきかせは、必ず残ります。あったか~い気持ちになります。人生の中で、ふっと思い出しまたふっと消える、問題もふっとあらわれまたふっと解決する、絵本ってそういうものなんです。
*そのあとはいくつかのお話の一部分を、お父さんの読み語りそのままに 語ってくださり、そのお話のもつテーマに触れて下さいました。こうして、親が昔話を通してこどもに生きていく智慧を、語っていったのだと言われます。本当にそうなんだとあらためて納得しました。
*<基本的に大切なことは・・・>
・こどものときは外で思う存分遊ぶこと
・家で心のこもったお話を聴く
この2つができていれば、一生語れるものをもつことが出来ると言われま す。
*フイリピンの中にその原点を見たと。
<貧しいことは、必ずしも不幸ではない!>
*ただ、どうしてもかわいそうだと思えることは
・学校に行きたくても行けない。(鉛筆でさえも買えない。)<教育>
・病気になっても、治療が受けられない。<医療>
ということだそうです。
そこで、今奨学生15名(うち5名はフイリピンの学生)と協力して原語の絵本作りと医療のプロジェクトを始めたそうです。 ご自分の能力を最大限に生かしながら、財欲も捨ててフイリピンのこどもたちのため 愛を注いでいらしゃる松居氏の熱い想いに 絵本を愛し、世界のこどもたちを愛する豊かなこころが重なり合ってとっても感動いたしました。
*”愛は、理屈ではなく ことばを超えている。”このことばを信じて、これからもこどもたちと向き合っていきたいと思いました。絵本を通して現実ではない、フアンタジーな世界を体験し、愛を体験して豊かな人生を送る、ステキなことですね☆
*この講演でいろんなことを感じ、また考えさせられました。貴重なお話が聴けて本当によかったです。何だかあったか~い気持ちになりました。ありがとうございました。
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パーテイの中で大学生の存在は とても大きいなあといつも感じています。
3月26日~開催される伝統の長崎地区合宿に、ラボっこやお友達にたくさん参加してもらい、ラボの活動に触れてもらいたい、そして小学生高学年にリーダーとして育ってもらいたいという思いから 2月後半にこどもひろばを実施することになりました。もちろん、小学生リーダーが中心にプログラムを考え運営していきます。
実は去年の夏休みに1度やってみたのですが、リーダーの小学生がとってもやる気をだしてくれて それは素晴らしいものだったので、さらに子供たちをつよくする意味でもいいかなと思ったのです。
知らないうちに、小さかったこどもたちが、しっかり中高生のお兄ちゃん、お姉ちゃんの姿を見ていたんだな~と実感します。それをまるで母親のように、嬉しそうに見ている大学生、かつては自分達もそうやって 大きいお兄ちゃんお姉ちゃんに支えられながらやってたなあ~という思いでしょうか?それともみんな成長したなあ~という思いかな?
縦長の育ちあいを垣間みたようで 私もしあわせな気持ちになります。
さあ、今年はどんな企画を考えてくれることでしょう!高校生、大学生もサポートよろしくねっ☆
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今日からFineグループは”空のかけらをいれてやいたパイ”のテーマ活動に取り組みました。このお話あんまり好きじゃな~いって何人かの子が言っていたが・・・
実際CDを流しながら、自分の好きな役で自由に動いてみた。何人かがパイの生地になっておばさんからこねられ、型に入れられた所でどこからともなく、小2のNちゃんが空のかけらになって、パイの中にはいってきた。オーブンでやきあがったパイはなんとふわふわうかんで、窓から外へ飛んでいく。おじいさんとおばさんは、あわててパイを追いかけとうとうパイの上にとびのってしまう。そのあとはとにかくパイ役のキデイや低学年の子たちが、手をつなぎ、まるくなってグルグルまわり始める。あまりの盛り上がりに一時はCDの音も聞こえないほど。途中で乗ってきた子ねこのウィスキーや飛行士、アヒルたちもパイから落ちてしまった。ちょっとふざけているようにもみえるが、とにかく続行してみる。結果的には思う存分、自由に動けて満足したのか、また動いてみることで楽しくなったのか、いろんな意見がドンドン出てきた。
おじさんとおばさんが乗っても浮いとったのにパイが冷えたからって下に落ちていくのはおかしい。 パイの形がくずれたらダメやろう、海の上に降りれんよ。 それとか、島の人々が’駐パイおことわり’と掲げるところは小さいこどもたちには何の意味かわからない様子だった。でも4,5年生がわかるよに説明してくれた。またここまで来ると更に気持ちが高まって来たのか、島にTVのアナウンサーとカメラマンが来てて、空とぶパイの様子を中継したりとお話の世界から更に想像をひろげていた。自分達の気の向くままのびのびと表現したり、意見が言えることってこどもを生き生きさせるんだなあと思いました。来週はまたどんな展開になるか、私には全く予測がつきません。この時期はいろんなお話を楽しんでみようとおもいます。
このお話好きじゃな~いって言ってたこどもたちも、にこにこ笑顔で帰っていきました。テーマ活動ってこどもの心を変えていく魔法みたいですね☆
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1月に入り、14,21日と2回で取り組んだ”三びきのやぎのがらがらどん”は私のイメージをはるかに超えてとても楽しい活動になりました。
1回目は、大きいやぎとトロルが戦う場面で、’戦いと言ったらお互いが攻めあうと思うけど、ここでは大きいやぎが一方的に攻撃している感じがするから戦いではないと思う’と小4のHちゃん。CDを流して聞いてみると、’初めトロルは大きいやぎを口先だけだと思っていたけど、口先だけではないな~とだんだん恐ろしくなってきた.’と小4のYくん、’ちょっとひるんだ。’小5のRくん、小1のYくんは’トロルは勝つはずだった。’とトロルの思いを代弁しているようだった。しかし・・・実際動いてみると・・・’いくら、怖いとはいえあれだけ大きいやぎにやられながら、何にも抵抗しないっていうのはやっぱりおかしい。何かするはず。’とみんなが違和感を感じた。
CDを聞いた時のイメージが動いてみることで、変わってきたことをこどもたちは感じたようだった。また、三びきのやぎの関係を孫とお父さんとおじいちゃんと思った小1の男の子もいた。 2回目は全体を通して動いてみたが、大きいやぎの6人が2人ずつ組んで手押し車を作り大きさを表していたが、”Well,come along!~”のところからは、6人がさっと広がって一人一人がまさに大きいやぎになりきってトロルに飛びかかっていくところは本当に迫力がありました。そして6人がいっきに攻めたのは大きいやぎのやっつけるぞという怒りを表しているとHちゃんが言っていました。もしも あぶらがぬけてなければ~の意味は?に山を降りる時にエネルギーを消耗したから。怖い思いをしたりしたときに油をたっぷりしぼられたとか言うよ。ですって!
あ~たのしかった!おどろいた!
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雪の舞う中、行われた支部総会はその寒さにも勝る大きな収穫を得、元気をたくさんいただきました。テーマ活動、地区表現では、さすがテユーターと思えるような表現の奥の深さやイメージの広がり、そして観客をひきつける豊かな表現力に、ラボ教育に自信をもってたずさわっていらっしゃる様子がうかがえ、何だか力が湧いてきました。2日目のラボOB新開健司氏のお話も、社会に出、色んなことに出くわす中でラボで育った力が、生きる力となって その人の人生をバックアップしていることを実感しました。また多感なラボっこをいつもかわらぬ笑顔で迎え入れ”テユーターだけは自分のことを最後まで信じてくれていた”としみじみ語る彼の姿をみて感動で涙しました。Nテユーターの器の大きさといつもかわらない笑顔はぜひお手本にしたいと思いました。最後に行った西村正平先生のワークシヨップは詩を声に出すことの楽しさ、面白さを実際体験できました。詩のことばは、意味をつきぬけて遊べること、また声にすることでその響きが気持ちを高揚させ、何ともいえない心地よさや群読することで九州のラボテユーターのこころがひとつになったような気がしました。このエネルギーを生かして、もっともっとパーテイを強くしてゆきたいと思いました。”Now is my chance!”
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