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あんなに心に誓ったのに、今年もまたハロウィン前日は徹夜になってしまった。
夜がふけ、あたりが明るくなり始め、日が昇ってもまだ準備が終わらない。
休日出勤の夫はいつのまに出かけたのだろう。「かあさ~ん、見て~。」と娘がスケルトンの人形ごしに、私を呼んだ。「おなかすいたよ~。」わお、もう9時半だ。朝ご飯忘れてた~。
リビングには足の踏み場もない。ハロウィンの準備物ですごいことになっている。トーストにゆで卵とハムをはさんで、とりあえずの朝食。「あんたたち悪いけど、ベランダで食べて。」
こどもたちは文句も言わず、「とうとう今日だね。うふ。」「楽しみだね。いひ。」などと話している。なんてけなげな人たち。結局開始15分前に会場入りするぎりぎりまで作業に時間がかかってしまった。 つづく
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久しぶりのディズニーランドだった。
(といってももう1ヶ月も前の話です。HPの更新がなかなかできなくてスミマセン。)
下の子で考えると4年ぶり。「わ~い、初めて来た~!」と喜んでいるが、物心つかないうちの旅行は記憶に残らないとは本当だ、2回目なのに(ガッカリ)。
キャラクターに一切関心のない私たち家族の、今回の目的はジェットコースター。
1・3年生になり、「そろそろ乗ってみようよ」ということで、と楽しみにしていた。
しかし、授業参観の振替を利用して平日行ったにもかかわらず、超満員。長蛇の列。
なんとかファストパスを使って、ビッグサンダーマウンテン、スペースマウンテンなどに乗りまくる。
これまで、身長制限であきらめてきたジェットコースター、今回ようやく初体験のこどもたちにしみじみと成長を感じたり、その反応のおもしろさに大笑いしたり、久しぶりに家族で行楽を楽しんだ。
トム・ソーヤはディズニーキャラクターがいるわけではないので、私としては安心してアトラクションを体験したが、ピーター・パンは迷った。(いまどき、ディズニーのピーター・パンを知らず、原作をもとに作品に触れている子どもも珍しいと思うので、なおさら。先入観のないうちに今度の夏の発表に入りたかったのだ。)
そんな警戒心をもちながらも、心が開かれたのは会場の音楽だ。
ウエスタンランドや、トイストーリーのウッディ(彼は西部の保安官)のランチショーで聴くことができたBGM。私たちがいつも聴いているGT-S『ひとつしかない地球』のCDに入っている曲が、たくさんかかっていたのだ。ショーの方は生演奏だ。
[I’ve been working on the railroad]、[Oh, Susanna]、[Cotton-eyed Joe]、[This land is your land]などなど。
子どもたちも「あ!これ知ってる!これも、これも!」といって、口ずさんでいた。
ディズニーランドでこういう楽しみ方ができるとは…思いがけずうれしいできごとだった。
トイストーリーのランチショーは、ほとんど英語でミュージカルが進行する。こどもも対象としたショーにも関わらず、遠慮なく英語が飛び交い、ディズニーランドも以前より英語を使うようになった気がして、「今」を感じた。
そして、5月の花々の美しいこと。ガーデニングデザイン、植栽がみごとで目にも心がはずむ。安全面と管理面、季節とその特性を生かした工夫を感じた。
夜のパレードでは、何十万個とある電球の、一個たりとも球切れがないのが、「すごい」と思う。舞台裏での努力を感じて感動する。
また、列に並んでいる途中、息子がポップコーンをこぼしてしまったが、すぐにお掃除スタッフがきてくれ、あっというまにきれいになった。
別にディズニーランドの特別な思い入れはないのだが、企業としての努力、姿勢はやっぱり学ぶものがある。ディズニーキャラクターに興味のない私たちでさえ、ディズニーランドは「高いお金を出したけど、来たかいがあったね」と思える不思議な力があるところだ。作り物の世界にも、人の手、人のこころを見た気がした。
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子どもが通っている小学校に、アメリカ人のRくん(2年生) が入学することになり、副校長先生(もう教頭先生とは言わないのです☆)に「教育ボランティアとして来てほしい」と声をかけていただいて以来、毎日いそいそと通っている。これがまた楽しい。
私って、学校という場が好きなのだなあ、とあらためて思った。子どもたちはとてもかわいい。特にこの小学校の子どもたちは、来訪者によく声をかけてくれるので気持ちがいい。
Rは人なつっこい子で、学年、性別関係なく、誰とでもコミュニケーションをとるところが彼のいいところだ。文化の違いなど戸惑うことも多いだろうと思うのだが、何一つ否定的にとる様子がない。(あ、でも給食の野菜は残していた。)本当によくがんばっている。日に日に使う日本語が増えているのもびっくりだ。
今日はALTの先生がくるということで、朝の全校集会に呼んでもらった。ALTのJ先生が自己紹介するので通訳してほしいと言われ、冷や汗。あんまり難しいこと言わないでね、と耳元でささやいておいて、なんとかお役を果たした。この日のために2年生が英語の歌を練習していて、みんなの前でHead&shoulders,knees &ToesをALTの先生と歌うことになっていたのだ。「僕はこの歌をもう何千回も歌ってきたから練習はいらないんだ。」と言っていたRも楽しそうに隣の女の子とじゃれあいながら歌っている。なんと音楽クラブによる金管バンドの生演奏付きで、早くなったりゆっくりになったり、それはとてもゆかいだ。ラボで何度もやっている私も、700人で歌うのは初めて!すばらしい~、こんな体験をさせてくれたRに感謝。
そういえば以前、小学校に入ったラボっこが「BINGO」の曲の発音が急に悪くなり、驚いたことがある。「ぜあわずあふぁあまあはどあどっぐ、あんどびんごおわずひずねいむおう!」みたいな調子で眼が点になった。前任のALTの先生からもらったプリントを見てなるほどと思った。「BINGO」の歌詞にカタカナがふられていて、それをみて歌っていたのだ。すっかり日本語風の言い回しになっていた。せっかくのネイティブスピーカーなのだから、耳から覚えさせて欲しいなあと思う。今度、J先生に話してみようっと。
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福音館から「こどものとも(創刊号~100号)」の復刻版がでていて、息子の保育園がそろえてくださったのを機に、日替わりで借りてきて読んでいる。(卒園までに全部制覇したいと母は考えている。)
昨日借りたのは、『七ひきのこやぎ』。よく知っているお話だが、おおかみの結末がどんなふうに描かれているのかが知りたくて借りてみた。まず本を手にした息子が言ったのは、「このヤギの目、こわい。」--そう、眼球が黄色で赤の線が入った目をしている。リアルだ。「でも、ほんもののヤギってこんなじゃなかった?」と言ってみた。「ふうん、そうだっけ。」と息子。
登場するヤギは四つ足で、ヤギそのもの。立って歩いたりしなければ(お母さんヤギは前足で買い物かごやはさみをもつものの)、洋服なんかも来ていない。あくまでもヤギだ。そういうことでお話がすすむ。兄弟たちはつのの大きさで年の順がわかる。一番小さいヤギだけ、しっぽにリボンがついている。ずいぶんえこひいきだが、愛される末っ子の感じ。
おおかみの結末はというと、子ヤギたちに「おおかみ、しんだ。おおかみ、しんだ。」と歌っておどってはやされて終わる。大人のよけいなおせっかいで、けっして子供用に甘く味付けされていない終わり方。よかった。もちろん息子は読み終わった後、「おおかみ、しんだ!おおかみ、しんだ!」と歌いおどった。普段使ったら叱られる言葉も、この世界の中でなら口ずさめる、それが絵本の愉しみなのかも。
もう一つ思うのは、気のせいかもしれないが、この頃の「こどものとも」は毎ページ文章が多い。息子もずいぶん字数の多い本をしっかり聞けるようになったなあ、としみじみ思った。
私自身、上の子が2歳くらいから絵本を読みはじめてかれこれ6年。はじめは、子どもがどれくらいの本を、どの程度理解できるのかわからなくて、どういう本を読んだらいいのか全然わからなかった。手探りで過ごすうち、なんとなく、「今すぐに内容を理解できなくても子どもがすきなら何度でも読んであげればいいのだし、いつかこの絵本に再会した時、わかるかもしれない」という気持ちになって、やたらに易しいものばかりを選ばなくなって、そうこうするうちに、子どもの方が力をつけてきた。昨日、息子は保育園で『エルマーのぼうけん』を読んでもらったと、ストーリーを教えてくれるまでになり、そこまできたかと驚いた。こどもはすごい。その力を甘く見ていてはだめだ。そんなふうに思っていたら、『七ひきのこやぎ』の裏表紙にこんなあとがきが記されていた。50年も前にこれが書かれていたことに、感動してしまった。
「母の友」絵本62
こどものとも
グリム作『七ひきのこやぎ』裏表紙より引用
もっと大胆に
日本の子どもたちは、あまりにも幼い絵本をあたえられているのではないでしょうか。
もっともっと、子どもの年齢や成長にふさわしい絵本が、細心の注意と適確な大胆さをもってえらばれ、子どもたちに手わたされなければいけないのではないでしょうか。
いろいろな信頼できる資料から判断して、絵本が子どもに与えられる最初の時期は、二歳と考えてよいとおもいます。もちろんこの時期に与える絵本は、「こどものとも」のような物語絵本ではありません。そのことについては、別の機会にゆずるとして、では、物語絵本は何歳ぐらいから適当かといいますと、三歳の後半から与えてよいとおもいます。このころから子どもは、物語性のあるものに興味を持ちはじめます。「こどものとも」の“いちごつみ”やこの号など、この時期から与えても決して早すぎることはありません。したがって、四歳、五歳児ともなれば、もう十二分にこうした物語を理解できる年ごろです。特に最近の幼児は、私たちの幼児期とは比較にならぬほど、たくましい理解力をもっています。「こどものとも」ぐらいの絵本なら、四、五歳でどんどん消化しても、特にすすんでいるとはいえません。むしろ子どものもっているすぐれた理解力を、おとながおっかなびっくりで、ひよわくしている面がないとはいえません。
子どもをたいせつにするということは、彼らのもっている能力を、最大限に発揮させ、のびようとする力を、フルにのばせる機会をつくってやることです。適確な大胆さをもって、もっと「程度の高い」よい絵本を、たえず子どものそばにおいておきましょう。おしつけることなく…。
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(パーティ通信より抜粋)
メキシコへ行ってきます。
今回、みなさまにご迷惑をおかけすることをお許し下さい。
今年メキシコがホスト国となる国際キャンプ会議に出席してきます。
毎回開催時、ラボへ参加の呼びかけがあるということを、今回始めて知ったのですが、私は学生のときからいつかこの会議に参加できたらいいなと思っていました。
行く決意をしたものの、6歳と8歳の子どもたちを置いていくことについてためらいがないわけではないけれど、夫が賛成してくれたのですから、わが子の力を借りて踏み出そうと思いました。
それでも長い間、どうわが子にこの話を切り出すか悩んでいました。
ある晩、夫の帰りが遅く、弟のナギは寝てしまって、姉であるフウと二人だけで過ごす時がありました。今だ、と思って話したのです。
意外と冷静に、しっとりとした感じで聞いていました。
「行ってきていい?」と聞くと、うなずきながらも涙がひとすじ、フウの頬を伝って落ちました。
頬を包むように涙をふいてあげると、今度は私の頬に手をのばしてきました。私の涙をふいてくれたのです。私もやっぱり涙がこぼれたのです。
次の日、「私が生まれる前からの、かあさんの夢だったんだって。」とフウが話していたと、お隣のDさん(ラボママ)から聞きました。
その日から、フウは少し変化しました。
少しおねえさんになった感じです。
ナギにはまだ実感がないと思います。
昨日研修から帰ると、「もうメキシコ行ってきたの?」と言っていましたから。土壇場で混乱するかも知れません。でも、男の子だから大丈夫だと思います。
なぜ私はメキシコに行きたいのか。自分でももう一度、考えました。
現地はスペイン語ですが、会議では英語が共通言語です。
とにかく英語に触れてきたい。そして国際感覚を鍛えてきたい。
体験を通して日々成長するラボっこに負けないように、いろんなものを見、聞いて、自分の世界を広げてきたいです。
私のこの一歩を子どもたちに、よく覚えておいてもらいたい。
自分の足で踏み出す力を、子どもたちがもてるように。
そして、いつか世界に飛び出していく、田上パーティのみんなを思い描きながら、まずは私が第一歩です。
パーティのみんなに、外国の風を運ぼうと思います。
留守中、どうぞよろしくお願いします。
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小2の娘の運動会が近い。
毎日のように「お母さん、運動会絶対見に来てね!」と言い、一番見えやすいという場所を何度も説明する。
私はその日ラボの地区行事なのだが、地区のみなさんにお詫びして、そんなわが子の晴れの日を楽しみにしている。
娘がぜひ見て欲しいというのは、2年生の団体演技『キッズソーラン』。
ソーラン節を現代風にアレンジしたものだ。
実は私も夫も、その昔、学校でもともとのソーラン節を習ったことがある。漁師の辛苦と豊漁への祈りを表現した踊りとして、意味の深さとともに教えてもらった。今のキッズソーランは、それに比べてスピーディでダンサブル、漁師の重労働とはあまりに遠い。(という印象)
でも今の子たちをも夢中にさせるその踊りに、時代を超えた不思議な魅力を私は感じていて、それもいいよねと思っていた。しかし夫は、違う。テレビなどで取り上げられてブームになったいきさつも気にいらないのだろう、
「ふうちゃん、その踊りはね、にせものなんだよ。」
まったく。。。気持ちはわかるよ、本物にこだわる人ですから。でもね。。
「え、にせものなの?」といいながらも、娘は誰がなんといおうとそれが楽しいといった感じで気にする様子もなかったので、安心した。
先週のことだ。「大漁旗がきたんだよ!」
娘は興奮気味。
「校長先生ね、三小にくる前、東京の島の先生だったの知ってるでしょ。それで島の漁師さんに電話して、大漁旗を貸してもらうようにお願いしてくれたの。それが今日届いたんだよ!こ~んなに大きいの(と部屋中を駆け回る)。旗は地面につけちゃいけないんだ。汚さないように大切に扱う約束なの!」
本物の大漁旗。本物の大漁旗に触れることができるなんて。
私は奄美大島で大漁旗を揚げたカツオ船を見たことがある。海と空、風にはためく勇壮な大漁旗、その光景が想い出されて、胸が熱くなった。
校長先生に感謝した。先生の、こどもたちに対する愛情の深さに。
大漁旗とともに、こどもたちのテンションはさらに盛り上がるだろう。そういうエピソードを聞いて、夫はきっとなにかを感じるはずだ。本物を超える、今の子どもたちの姿そのものに。
そして今日、午前中役員会があって、帰り際、偶然その練習現場に立ち会うことができた。本番を楽しみにするために、宿題である家での練習すら見てはいけないと娘に言われていたから、どうしようか迷ったが、視線はついつい、わが子やわがラボッ子。でもどの子も本当に一生懸命で引き込まれた。両足を広げ、腰を低く下げる基本の姿勢はそうとうつらいはずだが、せいいっぱい腕をのばし、指の先まで気持ちを込めているのがわかる。けなげでいじらしくて、涙なしには見られない。
指導の先生がまたすごい。絶対に悪く言わないのだ。「きれい!」「そう!元気いいね!」「あなたたち、すごくすてきだよ。」
我が娘などは、そういう褒め言葉に一番のせられるタイプ。はりきってはりきって、パンパンにふくらんだ風船みたいに、喜びがはちきれそう。
そろいの黒のTシャツがまたかっこいい。今回のために、家にある黒のTシャツを持たせるようい言われた時、すぐに思いついた。黒のラボTシャツ!宣伝になるかも!。。。。。しかし、今日の練習で、母の下心はあえなく消え去ったことを知る。娘は裏返しに着ていたのだった。ま、いっか。
がんばれ、ふう。
楽しみにしているよ。
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先週の木曜、パーティの合間に新宿までKissyを送っていった。
ディスカヴァリージャパン日本語研修の1か月のホームステイが終わったのだ。
部屋はきちんとかたづいていた。ゴミは分別して捨てていった。
机の上には家族全員に宛てたメッセージが残されていて、こどもたちは大喜びして、Kissyの存在をいとおしんでいる。
Kissyは13歳とは思えないほど、また、見た目の線の細さからは想像できないほどの芯の強さがあった。
賢さ、認識力、柔らかさと優しさ。どうやったらこんな子が育つのだろうと、なんども思った。
歓迎会を兼ねた異文化交流企画「茶道&ブラジルのお菓子づくり」の時のこと。日本側としてお茶の講師を招き、Kissyにはお菓子づくりを紹介してもらうことにして、進行をお願いした。
彼女はすぐにインターネットでブラジルのサイトにアクセスし、レシピを検索。必要な材料をそろえた。当日は会場に行く前に時間配分をし、チョコを煮詰めるなど根気のいる下準備を『寿限無』を聞きながら、さらっとこなす。(「この子のニックネームはないの!?」とかなんとかいいながら。)
会場では「みんなにこう説明して。」「こうすれば大丈夫だから。」など、的確な指示を私に出し、さりげなく30人弱の親子を動かす。スムーズに事を進めて、2品のお菓子を完成させた。
みんなが帰ったあとの最後の掃き掃除まで労を惜しまなかった。
彼女は英語とポルトガル語のパーフェクトなバイリンガルだ。3歳から在伯のアメリカンスクールに通っている。
私はこれほど完璧な英語を話すブラジル人に出会うのは初めて。
英伯どちらが話しやすいの?と尋ねると、「どちらも同じ。」と答えが帰ってきた。バイリンガル教育の弊害として「セミリンガル」といったりするみたいだけれど、彼女はその心配が全くない。二つの言語と文化のはざまで戸惑う風もなく、さらに母の母国語である日本語にも挑戦しようと、ここ日本までやってきているのだからすごい。でもそこはまだ13歳。生活を体験するだけで精一杯。まちがってもいいから日本語を使おうという感じではなく、最後まで英語一本で通した。こちらからもっと日本語で話しかけてもよかったな。
感心したのは、Kissyの学校の教育内容の質の高さ。
例えば。学校のHPには一人一人のページがあって、教科ごとに自分のレポートをWEB上でまとめて公開している。学校中の友達は当然、世界中の人がこれを見ることができるわけで、個人差はあるが、生徒の心構えとしていい加減なものは載せられないだろうと思う。
社会科ではつい最近行った修学旅行のことをレポートしていた。ブラジル東北部にあるインディオ(ネイティブ)の村を訪ねたときの様子の写真と、自分で調べたさまざまな事柄や感想を載せている。コンピューター教育が進んでいるのがいいのではない。自分で見て、聞いて、調べたことを、レポートにまとめて、世界へ発信していく作業を全員がしていることが驚き。どの教科でもそうだった。もちろん先生のページもあるし、個人アドレスを通してメールのやりとりもできる。滞在中、マナーを守って、彼女はたくさんの友達と交信していた。
「Kissyは、本が好きだったよね。」と5歳の息子が言う通り、彼女は本をよく読む。日本にきて分厚いヤングアダルトの本を3冊読み上げた。もちろん英語。話すのは英語もポルトガル語も同じと言っていたが、読み書きはきっと英語の方が便利なのだろう。そんな彼女に『寿限無』のポル語訳を頼んでみた。英語文からのポル語訳だが、10分そこらでやってのけた。私なんて考え込んじゃって、何日かかってもできないかもしれない。う~ん、このシンプルさが、すごい。
キャンプのTシャツにデザインしてみました。ユニクロTシャツで仕上げて、一枚500円です。Kissyにも送ろうっと。
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今、日本語研修でブラジルからKissyの受け入れをしている。
クリスチーナ、13歳の女の子だ。
カーニバルで有名なリオ・デ・ジャネイロからやってきた。
ニックネームのKissyとは、お兄ちゃんが小さい時彼女の名前をうまく発音できなくてこう呼んだところからきている。
我が家の5歳児、ちゃんと(ラボ効果か?)「キッシー」と言わず、「キッスィー」と呼んでいる。
今日で10日目、ずいぶん慣れ、笑顔も出てきてとてもかわいらしい。
最初はガチガチに緊張していた彼女、我が家にやってきて、二人の子どもとの距離を一瞬でうめたのは、一つのビーチボールだった。
保育園のバザーで10円だったカエル顔の大きなビーチボール、ふくらますところからもう、ことばのいらないコミュニケーションタイム。ふくらんだらもう、きゃっきゃ、きゃっきゃと大騒ぎ。
5歳の息子は、顔にぶつけられたりして、子犬のように跳ね回って喜んでいる。3人とも汗だくだ。
そういえば、去年、カトリーヌさんちにきたMrs.フォーモのおみやげも牛の形のビーチボールで、カト家に大受けしていた。このケースからいくと小3、あるいは小6までは受けは大丈夫ということだ。
小さく縮むし、かさばらず、おみやげとして喜ばれるのではないかな?
受け入れの様子はまた続編を後日レポート!
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保育園の父母会長になってしまって、2か月。
初めての行事、バザーの季節になった。
一父母だった4年間、パーティ時間と重なることもあり、
まったく協力できていなかったことを深く反省し、
最初で最後のバザーは最善をつくしてがんばろうと思った。
園が働くお母さんたちに手作り品を強制しないのは親切だと思うが、
バザー&フリマフリークの私としては、
手作りがあるのとないのとで、ワクワク度が違う。
いろんなHPで「バザー」を検索し、イメージをつくるうち、ふと思いついた。
今のお母さんたちは、趣味といってもレベルが高く、かなりのことができる。そういう人たちを「教えてくれる人」にお願いして、
<短時間で、負担なく、子どもの手を離れた時間、楽しみながら手作りする>「手作りミニ講座」と称して参加希望者を募り、できあがったものを一つはお持ち帰り、残りはバザーに出品してもらうというアイデア。
勇気を振り絞って役員会に提案、反対もなく、園長先生も了承してくださった。なんと、その場で二つの講座ができた。
講座その1「ビーズでかわいいネックレスをつくろう!」
講座その2「簡単レシピでクッキー&チョコブラウニー」
やった!善は急げだ!
その晩子どもを寝かし付けた後、午前2時、眠い目をこすりベッドから這い上がって、プリントを仕上げた。バザーまで時間がないのだ。
しかし、翌朝、急展開。
園の事情を含めて、「待った」がかかり、二つの講座はキャンセルになってしまった。
私、またつっぱしりすぎたのかなあ~。なんて、ふさいでいるところへ、
久しぶり~、と母からファックスが入る。
リタイヤ後、田舎暮しを楽しんでいる母が地元紙のうらない記事について、
「この新聞の<易>の欄の文章に、ことの他魅了され、今日は伝えてみたく
なりました。この易者さんの人生経験の豊かさ、人柄の温かさを感じて下さい。」とあって、家族の今日の運勢が。
父1月生まれ「何かと邪魔が。敢然と立ち向かって排除を。」
姉9月生まれ「身から出たサビ。余計な一言が身を損なう。」
(これは姉には言えないね、とのコメント)
夫と続き、そして、母と私4月生まれ
「相手の立場を考える。思いがけない発見が。」
新しいことをはじめるのってやっぱり難しいのかなあ、と
ちょっぴりがっくりきていた矢先のこのファックスは、
心にしみ入る薬となった。
「相手の立場を考える」か。。
そう、キャンセルとなった理由、待ったがかかったいきさつには
個人や組織それぞれが置かれる立場で、責任感を重視しての判断なのだ。
自分ならやってみてから考える、けど人は私じゃない。
「思いがけない発見が。」
そう、クッキーを引き受けて下さったお二人はラボママでもある。
企画中止の知らせに、誰を批判するでもなく、冷静に、皆がおかれた立場を瞬時に理解し、私にまでねぎらいの言葉をかけてくださった。
おかげで私はクールダウンできたのだった。
力強いパートナー再発見。
かあさん、うらない、当たったよ。
ファックスを読み終わった後、BGMに流していた「ドン・キホーテ1話」から
タイミングを見計らったように、このフレーズが。
「One closed door leads to another that is open.
一方の扉が閉まれば、もう一方の扉が開く。」
ドン・キホーテにはサンチョパンサがいた。
今年、父母会で、そんなパートナーができたらいいな。
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今週の水曜日、地区発表のための合同練習で
「本日のリーダー」を募ったところ、じゃんけんで
うちの娘(少1)が勝った。
その仕切り方といったら、勝ち気で強気で自己中心的。。
まるで自分の姿を見ているようで反省させられた。
(年少さんたち、よくがんばってついてきてくれました。)
練習は予想より進んで、達成感大きく終わったのだが、
親子してテンションが上がりっ放しで家に帰ったもんだから、
うまく切り替えができないまま、疲労に変わってきた。
「おなかすいた」「眠い」「疲れた」の大合唱。
学童で作ってきた工作を弟に見せてあげる、見たくないの不毛な戦いは
始まるわで、だんだんと大騒動になってしまい、初めはフォローしていた
私もついつい大声になっていた。
あまりの娘の一方的な態度に頭が来て、キレてしまった私。
これまで、たとえ子供にでも使ってはならないと思っていたことば、
人生で一度も使ったことがなければ縁もないと信じていたことば、
<ばかやろう>ということばが、怒りとともに込み上げてきて、
(でもやっぱり罪悪感もあったのだ)、
「この、ばかたろう!!!!!」と叫んでしまった。
結局、外食となってしまった。
落ち着きを取り戻してから、娘に
「かあさん、さっき、ふうちゃんに、バカって言ったね。」
と言われて
「ごめん。言い過ぎた。」と謝ったら、
「ふうちゃんも、ごめんね。」と娘は言った。
昨日は昨日で、息子(5歳)が集中できずにパーティを
(また)台無しにしてしまった。
一生懸命やっている年長さんに申し訳なくて、
自分の中で封印したはずのことば、
「ラボをやらないなら、保育園に帰りなさい。」
を言ってしまった。
パーティの後、水曜日の失敗を教訓にして
ごはんを作っておいたからすぐ夕食にできた。
なにを思ったか、息子が
「かあさん、女のお坊さんっているの?」と聞いたので、
「いるよ。アマサンっていうの。
あ~あ、このごろ母さん、あんたたちのことガミガミ
言っちゃうし、髪の毛全部剃って、心静かにお寺に入って
尼さんになろうかな~。。。」
と答えると、いきなりお箸をおいて、いすから立ち上がり、
「だめだめだめだめ~~~~~~!!!」と大泣き。
ならないよ、大丈夫、そばにいるとなだめて、ようやく泣き止んだ。
夜、ベッドに入り、絵本を読んで電気を消して「おやすみ」を言い、
静かに寝入ったと思ったら、息子がぽつり。
「かあさん、ほんとにオジゾウサンにならない?」
吹き出しそうになるのを抑えて、
「ならないよ。ずっとそばにいるからね。」といって抱きしめた。
安心して眠りについた。
木曜のプレイルームで、悩むお母さんに、
「子育てのコツは、いつも<快>の状態を保つことなんだって。」
と話したばかりの私。
うちは全然<快>じゃないよ~~。涙。
土曜の朝、今、となりで、二人の姉弟は
『Rock my soul』や『Dry bones』『Skinnamarink』を
汗を流しながら踊り狂っています。
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