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IKU.T(いくてぃ)の日記
IKU.T(いくてぃ)の日記 [全209件] 161件~170件 表示 << 前の10件 | 次の10件 >>
先生 10月24日 (金)
小5のフウが、算数嫌いになっていく。

4年生までは苦手ながらもがんばろうとしていた。

でも先日の公開授業をみて、納得。

教室の一番後ろで、

まちがわないように、

当たらないように、

体を小さく、固くしているフウがいた。

夫が何年か前に学校の授業を見て、言っていたっけ。

「先生が、楽しそうじゃないな。もっとおもしろがればいいのにな。」って。




算数って生活の中にあふれてるよ、たとえばさ…って、そんな風に学べたらいいのに。

経験のあるイメージとともに。

数字と数字、どちらがわる数わられる数、小数点を右に動かし左に戻し、

上から二けたで四捨五入は2個めを隠せばよくわかるって…

なぜそうするか、考え方じゃなく、やり方ばっかり気にしてる。

学校ではわかっているフリをしているフウだが、宿題ができない。一人で解けないのだ。

授業でわかっていないから。

家でものすごく荒れる。

お互い口論になってしまって、どうしようもない。

母さんはなんで教えないんだと言わんばかりの態度に、こちらが切れる…の繰り返し。

さぼっているわけではないのに、解けないことへのいらだちか。

フウも葛藤していて、苦しいんだろうな。たしかに、さぼっているわけでは全くない。

そんなどうしようもない状態が昨日またあって、

母子間険悪ムードのままお習字に行ってしまった。

ところが帰ってきたら、ルンルンうきうき、ご機嫌になっている。

ナギと二人で上になり下になり、子犬のようにじゃれあって、

ナーサリーライムの鼻歌、替え歌、『寿限無』を延々、

「べんけーがっ!”どじょう”の橋を渡るときっ!」キャンプソングまで飛び出して…

同じ人とは思えないほどの変わりよう。

先生が。

これまた、先生がいいんだ。お習字の。

どんな状態で行っても必ずご機嫌で帰ってくる、魔法みたいに。

ほめて、ほめて、ほめてくれる。

フウの話を「へえ。」「そうなのお。」「まあ、すごいわね、フウちゃん。」って

じっくりと聞いてくださるそうだ。

励ましてもらうだけじゃなく、やればできると思わせてもらえる。

「ほら、今日の清書。よくかけたねって先生言ってくれたけど、

フウはもっとうまく書ける気がする。来週、またがんばるんだ~。」



こどもは、けなげだ。


学ぶ喜びを、学校でも味わえればいいのに。
取材のことを…初めて記す 10月23日 (木)
去年、ラボのパブリシティ局のお手伝いで、取材の場を何度か経験させていただいた。
主にテューター募集の記事。

幅広いラボの活動やフィールド、稀有なメソッドを、
あいまいではなく、絞り込んで、
外部に向けてきちんと伝わる形で発信しようとするラボセンタースタッフKさんから学んだことは大きかった。


自分に嘘のないように、
身の丈に合った「ことば」を探しながら、
歩き始めたばかりのテューターとしてのつたない気持ちを
プロのライターさんを通して文字にしてもらってきたことも
すごく勉強になる、貴重な体験だった。

「自分がこれまで歩いてきた道のりはすべて、ラボの仕事につながっている。
 無駄なことはなにもなく、活かされているんだ。」
なんとなく進んできたようでいて、ちゃんと引きつけられていた
「磁石」のようなものはあったんだな、と
自分のバックボーンがぴしっと伸びた気もして。


テレビ、ネットラジオ、雑誌、コミュニティ記事…さまざまな媒体の取材で垣間みた情報の世界。
情報は人の手によって創出され、発信されるのだ。
この広い世の中でラボが一体どういう人たちのアンテナにキャッチされるのか、
こちらも感性を研ぎすます。
この仕事に、願いに、共感してくれる人がありますように、と。
とても神経を使う作業なので、
取材の日は疲れてしまって、いつも夕食がつくれなかった。

取材
こんな感じで取材があっても、ラボっこはいつも落ち着いていて普段通りのパーティをしてくれる。
カメラなんか、気にしていない。
お母さんたちも協力的で、ほんとうにありがたかった。


画像はもう、私たちの手を離れ、今もあちらこちらで活躍しているようだ。
同じ画像を何度も使うのは、「イメージの統一」という重要なコンセプトもあるのだそうだ。
(それが私の画像だなんて、とても申し訳ないのだけれど…)



と、ここで言い訳をひとつ。
今、出ているアルクの「こども英語」。
この記事は私が語っているような形で編集されているが、
もちろん私が書いたわけではなく…

この中で、「こどもに”教える”」ということばが使われていて、ちょっと残念。
私自身は、ラボっこたちを前に「教えている」なんて思っていないのだけれど。

でも、もう一人のラボ・テューターの方が
「ラボは英語を教えるというのではなく、子どもを楽しく導くガイド役」と
ちゃんと書いてもらっているからよかった。
ドリンク剤1本め 1 10月21日 (火)
いま大きく5つのことが同時進行している。(ラボテューターには日常茶飯事だろうけど…)

開催順に…
1つめは、たがみパーティ行事ハロウィーン企画準備。
かなり大詰めの段階。

2つめは、ラボ・テューター秋の研修。
テーマ活動発表『ロミオとジュリエット1』
はい…、私は…ロミオ…です…。

3つめと4つめは、ここでは省略。

5つめは来年度委員担当で、昨日、新旧引き継ぎ会議があった。
これが一番どきどきだ。
会議は午後からだったので、余裕があった(はず)。
行きに用事をひとつ済ませられるくらいの時間の余裕を見て出たつもりが、
電車の中、ラボママに真剣メールを返信したり、イヤホンで『ロミ・ジュリ』を聴いていたせいか、反対行きの電車に乗っていたことに気づく。

は~~~~
こんなことばっかりで。

いろいろ抱えてると、あるとき突然ふと我に返り、プレッシャーに襲われるときがある。
無事、企画を終えることができるだろうか?と。
無事、責任を果たすことができるだろうか?と。

昨日はピークに達していたらしく、
夜、首が左右に90度くらいしかまわらなくなっていた。
体がカチカチで、後ろ頭の血管が切れそうに痛い。
(ナギに100回10円×2セット肩たたきしてもらったが、イマイチだ…。)


ロミオのセリフが入っていなかったので後悔するとはわかっていたが、早々に寝るしかなかった。


朝、気持ちは回復していて、ほっとする。
「すべてを楽しもう」と思える。
しかしなんとなく心配で、駅構内でドリンク剤を買った。
左手を腰に当てて、
ドリンク剤を飲んで、
「よし!」と
心の中で叫んだ。

研修では、セリフが入っていなくて大ひんしゅくであることを恥じながらも、
完璧にはできない自分を認めながら、なんとか今日を終えることができて感謝、
自分としては、「次は必ず仕上げてこよう」と思う。
たぶん今までの自分なら、完璧にできないことを悔やんで落ち込んだりしていただろうな。

さあ、ハロウィーンパーティーまでカウントダウン。
またドリンク剤にお世話になるのかな?
そうならないように、しないとね。
ハロウィーンパーティーのプログラム 3 10月16日 (木)
今年は君たちにできるところすべてお任せする!と宣言。

高学年クラスでは、プログラム内容の見直しから。
「体験コーナーはさ、去年、数が多すぎたよね。」
ーーそっか…ちょっとサービス過剰だった?

「去年は前後半、全部違うものだったから、自分と同時にやってた他のコーナーのは体験できなかった。」
ーーお母さんたちからの意見と同じだ。

「今年は2時間しかないから、あまりたくさんじゃない方がいいよ。」
ーーすごい、そこまで気が回るとは。

というわけで、相談してしぼった<体験コーナー>は、3つ。
<ひもくじ>
ひもくじのおもちゃはちょっと変わったものをと、例年、アメリカからインターネットで取り寄せている。今年はみんなでいっしょに商品を決め、ネットで注文してみた。
「今、1ドルいくら?」、「ダース売りだって!」「関税?」など、にぎやかに。

<ウィッチハットのわなげ>
ペットボトルを的に、魔女の帽子を投げてうまく入ったらok!
「小さい子は前の方から投げていいことね!」
ーーペットボトルに、魔女の顔を描いた紙を貼付けても面白いかも?

<ふきや>
ストローの先に円錐に丸めた紙製の矢をつけ、プッっと吹いて飛ばす。
的は半紙に書いたジャコランタン。うまく突き抜けるかな?
ナギが工作本持参で金曜クラスにプレゼンにきて、男の子たちの心を射止め、一発採用。
「全部が小さい子向けじゃつまんないから、高学年や男の子が楽しめるやつ、一つだけ入れてもいいよね?!」
ーーうんうん、いいよいいよ。

さて、
低学年クラスでは、テーマ活動ハロウィーンバージョンのアイデアを考えてもらった。
(1年に1度、この日だけ、原作を少しかえて遊ぶことに。)
出されたアイデアは4つ。

『ガンビーさんのふなあそび』
ハロウィーンパーティーに出かけるガンピーさんの舟に、さまざまなハロウィーンキャラクター(ウィッチ、スケルトン、スパイダー、マミー、キャットなど)が「わたしも乗せて」とやってくる。

『おやすみゴースト』(『おやすみみみずく』より)
木の上で眠っているゴーストのところに、いろんなハロウィーンキャラクターがやってきて、にぎやかにパーティーを始める。ゴーストは朝になって…
ーーでも、ゴーストの他もほとんどみんな夜行性だよ。。。

『ホーンテッドハウスのたね』(『そらいろのたね』より)
黒猫がほうきに乗って遊んでいると、子どもの魔女がやってきて、自分の持っているたねと
ほうきを交換してと頼む。お庭にそれを植えると…黒いお家が芽を出し、ぐんぐん大きくなってホーンテッドマンションになる…。

『たろうのおでかけ』
今日は、ゆきちゃんのおうちでハロウィーンパーティー。
チロやガーコたちは怖くていかないというので、別の友達を誘う。
スケルトン、フランケン、ヴァンパイア、ジャコランタンたちが一列にならんでついてくる。とちゅうでおまわりさんやゆうびんやさんに注意を受けて、ようやくゆきちゃんのお家に着くことができる。

以上の中から選ばれたのは、『ホーンテッドマンションのたね』!
さて、どういうことになりますやら。

子どもたちは泉のようにわいてくる、アイデアの宝箱だ。
尊敬。
宿題 10月05日 ()
08はろ7
我が家の玄関です。
一時のハロウィーン熱から考えると…我ながら落ち着いたものだ。
もう少しセンスがあればいいな…
それにしても、オレンジは元気が出る色だー。

**********
本題:子どもの宿題について

上の子が1年生の頃だったと思うが、
「テーブルの上にえんぴつが4本、ノートが5冊あります。全部でいくつでしょう。」
こういう感じの問題が出て、夫が激怒した。

えんぴつとノートって、足せないだろ!
全部でいくつってどういうことだ!と。
そんな問題、子どもに出すなんてイカれてる!
先生にそんな宿題出させないようにお願いしてこい、と。

数字だけピックアップして計算すればよいという根性(!?)は
許せないのだろう。


同じようなことが、昨日あった。
小学3年国語の宿題。

次のことばのはんたいことばを下のわくの中から探しなさい。

くみあわせてみた結果…これには今度は私が納得いかない。
太陽ー月
金ー銀
根ー葉
今ー昔
岸ーおき(沖)

いや、わかるけど…
あの2人は月と太陽だ、などと対照的な比較に使う…とは思う。
根と葉は、地面を境に上と下?…っていう意味かなあ。
岸とおきも浜辺を境にあっちとこっち?

なんか、おかしくないかな。。

こだわりすぎかな?
教科書って、ちょっと鈍すぎない?
どんなときも、子どもたちは見ている、学んでいる。 1 09月25日 (木)
夏休み前、近所の子たちと遊びたくて、ラボの時間になっても
なかなか中に入ろうとしなかった我が息子、ナギ。
呼ばれてやむを得ず入ったとしても、ぶーたれてソファにふんぞり返っていた。
みんなの前で、「ラボつまんない。やめたい。」

我が子の遠慮のない態度に、心の中で”こんにゃろ~”と思いながらも、
そういうことを口に出すことの影響を、静かに、本人にだけ聞こえるように伝える。

「やりたくなったらやればいい、それまで座ってていいから。」

そういわれて、いすの下にもぐったままひたすら時間をやり過ごしたり、
ときどき、興味あるところ(よみ聞かせとか…かわいいでしょ?)だけ寄ってくる。

夏休み合同パーティも「めんどくさい。」と、前半はほとんど出なかった。

しかし、気持ちが上向きに変わってきたのは、
さんざんいやがっていたはずのキャンプ以降。
これには母である私も驚いた。
なにが好きって、キャンプソングなんだな、きっと。
ちょっとこれは…と大人は顔をしかるような替え歌とか、だじゃれ系のもの。
それらが、どこか、この少年の心の友となって支えてくれたみたい。

大学生の発表、キャラバン隊も心にヒットしたようだ。
昨日のパーティでのナギの感想:
<大学生がすごく大きな動きをやっていて、自分もそんなふうにできるようになれたら
いいなと思った。>
…あ、もちろん
「もちより夕食がサイコーだった!」が、第一声でしたが。

しかも。
「みんなの感想をメモする」といって、突然ノートを取り出し、書き留めている。
意見を聞いて、まとめて、書く作業。
ナギ、そんなこと、できるんだ…

どこでそんなこと、覚えたのかな。
あ…!
キャラバン隊の後にやった、まとめのミーティングだ。
高学年活動のリーダーミーティングかも。
見ていたんだ。

見て、まねしたんだ。

かっこよく見えたのかな。

自分の発言の番になっても書くのをやめず、言うやら書くやら
てんでんばらばらになっている姿がおもしろい。
自分の番は書くのを代わってもらえばいいのに、でも
そういえば…キャラバン隊のとき、
書記をしていた”りょうこ”は
「自分の意見だから大丈夫」と、変わってもらわないで発言してたっけ!

こどもたちは、よく見ているな。。。。。
そして学んでいるんだ。。。。

「まなぶ=まねぶ(まねる)」だもんね。



やりたくなったらやればいい。それまで座っていてもいいんだよ。
ラボはそういうところだから。

って、ちょっと前まで言えなかった。
もう二度と帰ってこない気がして。
でも子どもをちゃんと見て、信じていれば、待てる。

我が子に教えられることが多くて、ありがたい。
これからもいっしょに、長くやっていけたらいいなと思う、今日このごろ。
「ラボはたち」~キャラバン隊ありがとう 09月21日 ()
昨日、夫にキャラバン隊の迎えを頼んだ。
ラボへの理解度はかなり高いと思うが、なにぶん人見知り。
発表会にもこない人だ。
しかしその日は意外とあっさり、快い返事。(とはいえ、やはり、サングラス。)

大学生たちとなにかしゃべった?と聞いてみた。

「ラボを20年やることを、”ラボはたち”っていうんだって。」

へ~、知らなかった。。。

「ラボを始めた年齢はみんな違うから、なりたくてもなれるわけじゃないんだけど、
たまに早くから始めた子で、在籍20年の人がいたりして、
そういうのはみんなの中でもあこがれなんだって言ってた。」

「その子たちももう十何年もやってるって聞いてびっくりしたけど、
もう、楽しくてしょうがないんだって。」

そうなんですよ…。すごいでしょ…。
一つの習い事を20年続けるって…
楽しくてしょうがないって…。
びっくりするよね…。


キャラバン隊にきてもらって、たがみパーティに大学生がいるところをイメージした。
それは、私の夢だ。
先は長くて、果てしなく大きな目標だけど、いつかその日がくると信じたい。

キャラバン隊に会うたびに、彼らの存在感に圧倒される。
「大学生になって、いろんなパーティを訪問し、発表を企画する”キャラバン隊”は、
ラボの活動の集大成だと思います。」と大学2年のリーダーが言った。

人になにかを与えることのできる人たち、だと、
プレイルームに入会したばかりのママさん。
ほんとうに、その通り。

プログラムには、パーティ内発表も入れさせてもらった。
ひとりひとり今できることを精一杯やる、初めての個人発表だった。
その中に”すがたり”が3つあった。

「小さい子たちががんばっている姿には本当に感動した。刺激をもらった。
あれを見たあと、自分たちの発表をするのにめちゃくちゃ緊張した。」
そうキャラバン隊は言ってくれた。

彼らは与えるだけでなく、受けとる力(研ぎすまされた高い感性)もあるのだ。
20年の年齢差で、相互に受け渡しできる関係、たてなが異年齢交流の醍醐味。
りっぱな一本のラボの樹が、そこに、一日だけ立ち上がった。
めざすべきはこんなパーティ、と思った日。

もちより夕食でお母さんたちの優しさを感じ、
お父さんの参加も多く(残念ながら、我が家を除き…)、感激。
お友達参加が3組もあって、
幸せな一日でした。

ラボっこたちに伝えよう。
キャラバン隊のみんなに、「あったかくて、いいパーティですね。」
って言ってもらったよ、って。
森林浴、そして、こども浴~感性を研ぎすますキャンプ 08月09日 ()
頭の中に映像や音を繰り返し再現している。
3泊4日のできごとのあれこれを思い出して、浸っている。

最高にすばらしい思い出となった、今年のキャンプ。


こどもたちのことば から~

「ねえ、いぐいぐ、今は朝?昼?それとも夕方?どっち?」(小1:とんとん)

「いぐいぐ、これ(朝食に出たジャム)、お父さんにおみやげで持って帰っていい?」(小2:りょうへい)

「ぼく、キャンプ初めてだけど、これで最後だと思う。ぼくんちお金があんまりないから。」
ーーこどもはそんなこと、心配しないでいいんだよ。
「心配しちゃうんだよ、ぼく。ぼくのお年玉とか、あげたくなっちゃう。」(同)

ーー(私の実家に近いパーティの子に)大阪帰ったとき、いつか遊びに行くね。
「うん、わかった。がんばりや。」(小3:なっつ)

「いぐいぐ、見て。売店でペンダント買ってきた。弟におみやげであげるの。
 このえんぴつはバザーで買ったよ。弟の好きなキャラクターだったから。」(小2:なっちゃん)

「おかあさんに会いたい。おうちに帰りたい。ああ、ジュースが飲みたいよ。」(小4:ゆうゆう)


ーーその葉っぱ、気をつけないと手を切るよ。
「ぼく学校まで毎日1時間の道、この草を触りながら行っとるんよ。
これで手え切っとったら、石川県○○町になんか住めんのよ。
ここを、こうやってスジをとったら、ここが一番固いところやけん、
ここをこうやってシュッてやったら切れるから気をつけんならんけど、
ほかのところは大丈夫やけん、なんも心配せんでいいんよ。」(小2:けんと)

(姉妹ロッジに貼ってあった、登場人物のキャラクター分析のまとめ )
『ロージー→→”ラボい”・・・想像力が豊かで、なんでも楽しむことができる。』


こどもたちのきらめくことばの数々、
こどもたちの瑞々しい感性に触れて、
体の芯まで癒されていく。
鈍っていた感性がよみがえる。
頭がクリアになり、心が透き通ってゆく感じ。

こんなに、こどもたちの目線に上がって行ける感覚はひさしぶりだ。




そして我が子、フウのことば から

「変わったことがあったよ。一番初めに仲良くなった子が、2日目の夜、フウから離れて別の子とばっかりいるようになった。
フウは突然でびっくりしたけど、他の子にも声をかけてがんばって友達つくったんだ。
でもその子、最後に帽子にサインしてって言ってきてくれたから、フウのこと嫌いになったとか悪気があったとかではなかったみたい。」


「Mちゃんは、”ママに会いたい”って泣いたりもしたけど、
がんばってロッジの子に、”初めまして、○○です。ともだちになってね”、って声をかけていてえらいなって思ったよ。」

「不安になったとき、シニアが抱きしめてくれたり、ごはん無理しないで残してもいいよ、って言ってくれたんだよ。泣きそうになるくらい、うれしかった。」

「高学年プログラムで聞いた”こわい話の会”で、
呪われるからしばらくは夜中に目が覚めても窓際を見てはいけないって言われたのに、
そういえば昨日の夜、暑くて窓開けちゃった!
あと、布団から足を出してはいけないって。
もらった魔除けの札は、言われた通り、財布にいれてあるんだけど。。。」

「最後の日、かあさんがロッジまで写真とりに来てくれたとき、ひさしぶりに会って、
ほんとは抱きつきたかったよ。かあさーん!って。
なのに、かあさんすぐ行っちゃったでしょ~。」

そのとき一緒に写真に入ってもらったシニアが、「えっ?フウ、ラボ屋だったの?!」と驚いていた。
フウは、自分がラボ屋であることを言わなかったようだ。

そして。
キャンプどころかラボもやめたいと言っていたナギ。
男の子だからか、ほとんど語らない。

ーーキャンプ行きたくないってずっ~と言っていたけど、すごく楽しそうだったね。
  安心したよ。
「え、そんなこと、言ってないよ。キャンプ楽しみだなーって、言ったんだよ。」
この返事には、開いた口がふさがらなかった。。。

「(ラボ・ハットの在籍年数バッジを見ながら)7年バッジはいつもらえるの?」
ーー来年だね。でも続けていたら、だよ。
「やめないよ。バッジ、もらう。」


こどもたちは、
年齢の小さい大きいを問わず、誰もが不安を抱いてキャンプに参加している。
家ではわがままが通るが、ここではそうはいかない。
神経を集中させ、これから起きることに耳をすませる。
自分を律し、ぎりぎりのところで自分の立ち位置を見つけようとしている。
自分が自分であるということに、これほどエネルギーを費やす場所や経験って、
そうないよね。

そのことが、彼らを大きく成長させることは、もう、まちがいない。

がんばれ…、がんばれ…と、
輪の外にいる子を少しずつ、少しずつ、前へ押し出す。
だんだん、その子らしさが見えてくる。

こどもってすごい。



『ロージーちゃんのひみつ』の
”日のあたる町で”の続きの歌詞をこどもたちが考えた。
ギターのできるシニア、”がいこつ”が、即興で曲をつけてくれた。

これが、また、すごい。

日のあたる町で 私は生きている
Oh~ 私はあたたかい太陽
みんなとなかよく暮らしてる
ひかげにいる子を明るく照らしてあげる
この町も やさしくそめていく



シニアの”ありんこ”も、”がいこつ”も、
イキイキとした姿で、こどもたちの前に立っていた。
すなおに悩み、迷いながら。



ありがとう。

みんな、また、

キャンプで会おうね。
ラボ屋の事情~キャンプ編 2 08月04日 (月)
ラボ屋という表現はどうか?と思うけれど、
ラボ・テューターを親に持つ子の苦労とか、せつなさを言い当てている言葉にも感じるのは
私だけ?

先々週、フウが「キャンプに行きたくない」と泣き出した。

諸事情で、頼りにしていた1人がキャンセルしたとき、
なにかが一気に吹き出したようだ。

「なぜ自分は行きたくないのに、行かされるのか。
 テューターの子は、なぜキャンセルさせてもらえないのか。」
と泣き叫んだ。。

4歳から連れられて、小5の今年で7回目の黒姫。
たしかに本人の意思で始まった訳ではなかったけど、けっこう、毎年楽しみにしていた…よね?
「いつか自分もシニアになりたい。」と壁に貼っている紙…あれは?


気持ちを鎮めて、フウの言い分を聞いてみる。

「野外活動がいや。」から始まり、あれがいやこれがいや…いいとこなしだ。
ガックリくるような、正直腹立たしいような、でももうお年頃的だから無理なのかな…などと思いながら…しばらく押し問答。



フウが行かなくなった場合のことを、頭の中で計算する。
ーフウと組み合わせた初参加のMちゃんのこと。
ーもともと行きたがっていないナギのこと。
ーフウを頼りにして参加させてくれているお母さんたちのこと。

そう思いながら、はたと気づく。
ああ、ラボ屋の娘よー、
いつのまにそんなにも、たくさんのものを背負っていたのだーー。

パーティの最年長者としてだけでなく、ロッジでも高学年になるという意味が、
フウなりにわかっていて、
だけど、うまくやっていく見通しや自信が持てずにいたんだろう。

合宿はいいけどキャンプはいや。パーティの子と離れるからって、みんな、そう言うもんね。
初めて会う子との生活って、計り知れないほど心細く、そうとう勇気のいることだ。




わかった。ほんとにいやなら仕方ない。キャンセルしよう。まだ間に合う。

『テューターの子』だから行かなきゃならないんじゃない。
フウがこれから生きていく上で、キャンプは大きな力をくれるものだって、母さんは思っているんだよ。
ひとりの『お母さん』として行かせたいと思っているんだよ。

でもいやいや行くなんて、絶対やめた方がいい。フウもみんなも楽しくならないから。
ね。だから、もう、キャンセルしよう。 



そういうと、フウの表情が少し変わった。

「Mちゃんは、どうするの。初めてなのに。」

一人でがんばってもらうしかないね。もうロッジの振り分けは変えられないだろうから。

「バスの中でのクイズ大会はどうするの。」

残った子たちでやるよ。書いたやつを読めばいいから、できると思う。

「キャンセル料は」

払うよ(汗)。。。。。。。。。。。。。。うん、払う。(大汗)



そこまでのやりとりをしてーーーなにかが…すとんと…胸に落ちたのか。





「やっぱりフウが行かないとだめなんだ。キャンセルしないでいい。フウ、行くから。」







そこからのフウは強かった。
バザーの品物を初めて自分で考えて、自分で作った。
荷造りも、買い物も、名刺作りも自分でやった。
金魚の水換えも、庭の水やりもすべてやり終えて。
できた荷物を背負ってみる。
重いね。

でも、意気揚々と心軽やかに出発し、
もっともっとずっしりと、重みのある思い出をいっぱいつめて帰ってこよう。
がんばれ、フウ!




明日、たがみパーティ、くろひめ3班。
八王子1号で出発します!
日本にいる私の、日々の暮らし 07月18日 (金)
今週半ば、キャンプの物をそろえに大型(いまや中型か)スーパーに行った。
私が買い物を済ませた数時間後、このお店で通り魔的な事件があり、
主婦が刺されたとの速報。
まさか、こんなのんびりとした郊外の街で…
犯人は20代前半の若者という。

秋葉原の事件の記憶がまだまだ消えないというのに、
バスジャックは14歳。


最近、
1、雨宮処凛(かりん)という人の本を読み、
2、ラボ主催のフィンランド教育の講演を聴いたばかりで、
3、未来に向かって育ちゆく子の母である私としては、
この3つがタイムリーすぎるくらいに重なって、
ピシピシと感じることがある。

なぜいま、日本の若者が、親に、社会に怒りをぶつけるか、
不安と憤りで重苦しくなる。

雨宮処凛さんの本を読んで、
いまの日本、格差社会といわれる構造の中で、
若い人たちの命の扱われ方があまりにも軽んじられている現実を知った。
若者自身の自己肯定感など育ちようがない。

フィンランドの学校では、
子どもたちは小さい頃から、徹底的に教えられるのだそうだ。
自分のために学ぶ。
自分らしく生きるために学ぶのだということ。

「あなたは、あなたらしく存在していていいんだよ」という
先人である私たち大人からのメッセージが、
いつのまにか伝わっているフィンランドと
伝わりにくいまま大きくなってしまう日本の若者。

「競争原理の中では子どもの学力は伸びない。
社会の(所得)格差なく、教育の平等が保証されてこそ学力は伸びるのだ」と、
フィンランド教育の講演の中で、講師の先生は言い切っていた。
子どもたちの現場は、真逆に向かっているのではないかと悲観的になったりして途方にくれる。



23歳のとき
ブラジルのスラム街で
生きることでせいいっぱいの子どもたちをみて
「教育が大切と」と感じた、あの感覚はまちがいではなかった。
家族を養うために朝から働いている彼らが、
ちゃんと学校へ行き、
自分のために学び、
その知識と経験を人のために役立てる「生き方」としての仕事を見つけ、
収入を得ることができたなら、
社会はもっとよくなっていくのではないかと、
あのとき思った。

幼い命が健やかに育ち、
心身ともにしなやかに成長するということ。
「知る」ということの好奇心でいっぱいだった子どもころのまま、
生涯、学ぶ喜び満たされ続けるような社会が、いい。


「田上家」、そして「ラボ・たがみパーティ」という
小さな小さなスペースの中で私は、
今日も途方にくれたり、足元を見つめ直したりしながら、
なんとか倒れないようにふんばっている。
私ができることなど、あまりにも小さい。
ただ、
学ぶこと、育つこと、生きることの意味を考えている。

そうして今日もまた、
こりずにやってきてくれるラボの子どもたちと、向き合っていく日々。

明日からは夏休み…
我が家では
三度の飯に悩み、
朝から晩まで大声でどなりちらす日々に違いないけれど、
できるだけ子どもたちといっしょに自然の中に入って、
自然や環境の力を借りて学ぶ体験をさせてあげたい。
教科書やドリルをやったとき、「あ、これ知ってる。」と後から言えるような順番で。
知恵をしぼってそういうしかけをいっぱい考えなくては。
(フィンランドでは、先生も、子どもも、大人もいっぱい休みがあるというけれど、
これを考えれば、当たり前のことだ。)


ブラジルから帰った友人が教えてくれた。
「学校や社会も大事だけど、家庭でできることもたくさんあるよ」と。

子どもたちと過ごす毎日が、幸せであるということ。
それが、
「日本にいる私の、日々の暮らし」の中での『使命』」と見定めよう。
そして、
この夏休みを、大切に過ごすことにしよう。
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