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ななつぼしin九州の旅
先日、縁あって「ななつぼしin九州」のトレイン・クルージングをしてきた。いろいろとプレミアムな素敵な旅であった。
博多駅に特設されたラウンジで迎えられ、専用ルートを通って「ななつぼし列車」に乗り込む
発車駅、各停車駅では、わざわざ入場券を買って列車をカメラに収める人も多く、線路のわきでは列車が通ればみんな手を振ってくれる。九州が燃えている。九州全土が迎えてくれている感じ。
最初の食事、昼食はお鮨だった。にぎりずしが盛られてくるのかと思いきや、車内で握り、丁寧にもてなしてくれる。この食事をはじめとして、ディナー、朝食、お弁当、すべての食事が、目を楽しませてくれて、最高においしい。訪れる土地の最高の食材で、一流の鮨屋、料亭が提供してくれる、「ななつぼし」特製も多いように思えた。
列車は見るべき風景のある時は速度を落とし、カメラを向けることもできる。
最後尾のラウンジではお茶をしながら全面一枚ガラスの窓から、まっすぐに伸びる線路、列車が通った後の踏切の様子、変わりゆく風景が楽しめる。
部屋では、気持ちよく景色が楽しめるように、窓の位置が考えられているから、ソファでもベッドでも快適な時間が過ごせる。窓は簾、障子、木戸、カーテンと、光を好きなように調節できる。
夜もバータイムを楽しみ、窓に夜空を覗きながら眠りにつく。新幹線のレールに慣れた今では、「ガタガタゴットン、ガタガタゴットン」という音は懐かしく思えた。
列車の走る宮崎、鹿児島は神話の舞台だ。宮崎神宮、青島神社、そして鹿児島神宮。
それぞれのところでパンフレットをもらい、木花之佐久琵売(このはなさくやひめ)、火照命(ほでりのみこと)、火遠理命(ほおりのみこと)、塩椎神(しおつちのかみ)、豊玉琵売(とよたまひめ)などの名をみて、私の頭は何年か前の「わたつみのいろこのみや」のテーマ活動の世界にあった。
鹿児島神宮で、歓迎を受け、無形民俗文化財である「鈴かけ馬おどり」を見たとき、「そうだった。そうだった」と思い出し、うれしくなった。その踊りは、ほおりが、ほでりを溺れさせたとき、参った、参ったと隼人舞を舞った、その舞であった。当時、私なりに、いろいろ調べたが、まあ、まあ正しかったかな、という感じがした。ステップが全く同じだった。
列車の中は遊び心がいっぱい。ラウンジの前から、ずっと7号車まで、各所に素敵な絵や工夫、凝ったデザインの作品が並ぶ。「ボタン」が飾ってあったり(ボタンは左右、上下をつなぐものであるから)描かれた柿が一個、次は二個、三個と増えて行ったり、マスコットとなる犬の飾り「ななちゃん」は、尻尾を列車の外に出しているように作られていたり、
壁の上に目をやると、かえるが飛びついていたり。「迎える」くんと「帰る」くんだという。
3日目の朝、天空の森として開発された霧島連山を一望できる丘陵地で参加者全員で記念植樹をした。我々が植えたのは、セレモニーだけで、この後適所に植え替えられ、果樹園となるまで育てられるだろう。
阿蘇駅に着くとホームに、ななつぼし専用のレストランができている。そこで、朝どりの野菜たっぷりの朝食をとるのだ。そのレストランの前の小路には今はまだかわいい苗木が植わっていた。これもデザイナーの遠大な夢で、10年後には、森ができているだろう。
列車の中の緩やかな時間の流れを十分に楽しみ、訪れた土地に悠久の時の流れを感じつつ、未来への夢をつなぐ旅であった。
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今年は例年より寒いように思われる。それでも節分が過ぎると毎年のように雛人形を飾って春を待つというか、訪れてくれる人びとと人形の前で話し、笑い、時には食べるのが楽しみである。
大きい七段飾りとかいうのではなく、小さい大人の私用の木目込みの17人のひな人形やたち雛や変わりびな、それにたくさんの木目込み人形が周囲をにぎやかにしてくれる。
毎年私の布の細工物、貝などきれいで捨てがたいもので作るアイデア物が加わることになっている。3月中、元ラボルームはひな祭りである。
今年は折り紙雛を地域の女性の活動グループに招かれて、教えることになった。折り紙は手元の仕事なので20人ほどの人に教えるのは大変であった。8センチ四方の折り紙が適当だと思うのだが小さくて難しいので、15センチの大きい紙で、殿と姫だけを教えて3時間半かかった。
何年間もラボで海外に送り出すラボっ子たちにおみやげに折っていた。そのころから考えると何千組折って来ただろう。この日は一日折り紙先生だった。
「これはなかなか込み入った折り紙で上着、中着、下着、袴、頭の黒、顔の白の6枚を使っておる。
6枚一緒に4本の折筋をつける。えりあき、身頃と袖に切り込みを入れる。
白と黒の紙で顔、頭を作る。頭をえりあきにくぐらせると体ができる。
それに袴、下着と順に着せていく。」
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新年 |
01月15日 (水) |
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新年
「あけましておめでとうございます」
こんな挨拶を今年は何度しただろうか。
仕事やその人の立場によって、さまざまであろうが、ごく普通の人間生活として考えて、新年の過ごし方や挨拶は、多様化し、変わってきたと思う。
私自身の周りの人との関係でいえば、松の内までぐらいは、出会うと
「あけましておめでとうございます。旧年中はいろいろとありがとうございました。今年もよろしくお願いします。」とやっていたものだ。
それが・・・こんな挨拶は三が日くらいとなり、
さらに・・・「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と簡略されてきた。
今年は、人との出会いも減ったのか、とくに挨拶の機会がなかったことに気が付いた。
正月は、普段離れて暮らす家族が集まる。日ごろ老夫婦?の静かな暮らしに慣れている身にとっては、彼らが帰った後は、まさに台風一過の状態と言える。しかしその短時間のかかわりしか出来ないからこそ、その時間を最高に有意義に過ごそうと考えるのだ。
お節料理もできる限り手作りし、部屋も飾って新年の雰囲気を作り出し、時間の許す限り孫の相手にもなりたいと思うのである。そんな中から、失われていく昔の風習も話題として広げていくこともできる。
干支の午(木目込み)
ねこの七福神(押し絵細工)
弁財天 毘沙門天
大黒天 恵比寿
福禄寿 布袋 寿老人
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秋に大船渡を訪れる機会があった。話には聞いていても自身の目で見るのは、心にしみるものが違う。福島に主人の弟家族がいるので、常に心は痛む。
大船渡の皆さんは本当に力を振り絞って頑張っていらっしゃるように思えた。
ほたてを買って送ってもらった。一生懸命の気持ちの分,よりおいしくいただいた。
食べた後その貝も捨てがたく、きれいに洗ってしばらく眺めていたが、・・・・
花で飾って小さなカップルをのせてみた。こころが晴れて明るくなった。
また思いついて、今度は小さなカップルに紐をつけてみた。これはかわいい。どんどん作る。私の癖でまた100個作った。先日一人の人にさし上げた。「わぁ、かわいい。なんかおまもりみたい!」といいてくれた。何を感じてくれても人それぞれ。
でも、来年まずはこれで、たくさんの笑顔を見よう。よい年を迎えられますように!
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古都・チェスキー・クロムロフ 30号 2006
チェコ。13世紀の歴史ある町。チェスキー・クロムロフ城の上から町を展望する。
川をめぐらした箱庭のようなかわいい町。世界遺産。
「操り人形」 10号 2006
チェコ・プラハ。
プラハ城から黄金の小路といわれる路地を歩く。小さい店に伝統工芸品がいっぱい。中でも操り人形に特徴があり、いっぱい売られている。なぜだろう?
ハンガリー、チェコ、スロバキアは歴史的につらい時期を越えている。侵攻を受けて、自国語を奪われたとき、人形劇の世界だけは自国語が許されたとか。
なぜか魔女様たちにも親しみを感じいろいろ想像をかきたてられた。
「人形の部屋」 6号
魔女を描きたくて。
こんな構成を考える。
「さあ、出かけよう」という感じ。
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チェコ・プラハ
秋。展覧会の季節。絵画の展覧会場に入って、まず、全体をぐるっと見渡す。そこで自分の気に入った絵、気持ちがひかれる絵、ちょっと気になる絵、と私の勝手で決める。そこからゆっくりと絵に近づいてみる。それから作者の名前を一応見る。展覧会を見て回るのも案外疲れる。
ヨーロッパの街並みは私も好きでよく描いているので、「あ、あそこだ」という絵をよく見つける。うれしいものである。ドイツのローテンブルクやプラハなどは、みんなが描きたくなるところだ。
「カレル橋の朝」 4号 2006
チェコ・プラハ。美しい街。大好きな町だ。
カレル4世の名をとってつけられた歴史的に有名な橋だ。このあたりをテーマにした絵も展覧会でよく見る。橋の上には歴史上の人物が並ぶ。橋の上をゆっくりと行ったり来たり。
心ゆくまで歩いた。
「カレル橋の午後」 4号 2006
朝、大勢の観光客とわたったカレル橋の下を、午後はモルダウ川のクルージングで眺める。ゆったりとした時間だった。
「百塔の町」 4号 2006
百塔の町といわれるプラハ。市庁舎広場には毎正時観光客が集まる。市庁舎の正面にある天文時計、その仕掛け時計に現れる12使徒の像を見るため。その時計を見る広場の右にきれいな塔。ティーン教会である。
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親しくしている人が入院してこの夏を病院で過ごしていた。名前を「たかさぶろう・さん」という。田畑をたくさん持つ農家のご主人で、私の家の近くにも畑があり、いつも野菜を届けてくれる、ありがたい人だ。長年、ひざの痛みに悩まされ、ついに今年、手術をされたのだ。
病院に入る前日くらいに、収穫のすんだ畑を耕運機でおこし整備していかれた。けれども夏の草の勢いはすごく、一週間もすれば、一面が緑色になり、間もなく20センチ、30センチに伸びてしまう。
奥さんが私に話した。「孫がね、図鑑を見て、おじいちゃんの名前の‘たかさぶろう’という草があるよ、といったの。だから、おじいちゃんがいないと、‘たかさぶろう’がはびこっているわ、と笑ったのよ。」
「へえ・・・。面白い名前の草があるものね。」と思った私だが、うちの庭を見るとその草があるは、あるは。「これだ。これだ。」と「たかさぶろう・さん」を何本も見つけた。辞典を引くと、きちんと、「たかさぶろう・・・きくかの一年草。畦道などに生え、葉や茎に毛があって、ざらつく。夏、中央が淡緑色で、周囲が白い花をつける。」とある。
春から夏、私は庭の草との葛藤が続く。草の名前はほとんど知らないが、花をつける草はかわいい。ドクダミや庭ぜきしょうなど、残しておきたくなる。つくしがすんですぎなになるころから、草取りがつらくなる。かわいくてもとらないと、とんでもない結果となる。今も、庭や花壇にはびこっているかやつりぐさや、かたばみ、その他ありふれた名を知らない草たちを早く退散させないといけない状態にある。
「たかさぶろう・さん」のように楽しさを感じられるように、もっと草の名前を憶えて、仲良くなったり、退散してもらったり、私の花壇も菜園もいい状態に保ちたいものである。
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‘涼’を演出
今年の夏は、「暑い」の一言だった。挨拶も「暑いですね」から始まる。何をやっていても暑い。何もやらないでいても暑い。ならば、暑さも楽しむ方向にもっていきたいものである。
枯れかかった花を見ると、暑い。一日で枯れてしまう花瓶の花も、毎日元気な花を一輪でも保つようにすると、こちらも元気になれる。金魚の水に泳ぐのもいい。クッションやテーブルクロスなども、レースや涼しげな柄にするのも楽しい。
とは言え今年の暑さはクーラーに頼らざるを得なかった。
次の5枚の写真は、この夏我が家の壁に飾ったタペストリー。黒の絽や縮緬の布がたくさんあり、何かを作ろうと考えていて、思いついたのが、ステンドグラスのイメージで構図を考えて作ろうと思ったパッチワークのタペストリーだった。
4枚ずつ壁に飾ったら、そこに窓ができたようで明るい感じになり「きれいね」とか「涼しそうね」とかいわれ、結構みんなの評判がよく、楽しんでくれた。
20枚作ったのは、もしお好みの人がいれば全部をつないでベッドカバーにもなるかと思っている。
図案を見ているとどこかにラボがちらほらする。これが私の日常の一つ。
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「ドリームタイム」 30号
ウルルへの旅
ザ・ガンに乗ってゆっくりとした旅を選んだ。ダーウインからアリススプリングまで砂漠の中を列車で縦断する。夕日に日の出、この当たり前のことが、何とも贅沢なことに感じられる。時間がたくさんあるからと、読み物を用意していったのだが、なんと愚かなことか。こんな、もったいない時間は、頭をからっぽにするのがいい。頭が空っぽになって、心が豊かに、満ち足りてくる。
ゆっくりと流れる時間を十分に味わいながらたどり着いたウルル。
アボリジニの文化から太古からの知恵と命のつながりを感じる。
さて、ウルルを写生しても絵にならない。私の中では、絵の構想が半ばにもならない頃、題名はすでに決まっていた。「ドリームタイム」。
絵の仲間には、よくわからなくても、私のこの絵に対する熱さだけは、なんとなく伝わったようだ。
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おとなりさん
春子の家は、おじいさんが子供のころから住んでいる古い家で、畑の真ん中にありました。周りには、新しい家が次々と建てられ、春子の家の南の畑もいまは何も作物が作られず草原になっていました。春子はその草原が大好きで、お父さんやお母さんが仕事に出た後、おばあさんと庭の手入れをしたり、草原の花を摘んだり、虫を捕ったり、いっぱい遊ぶのでした。
ところがある日突然、草原にブルドーザーが来て掘りおこしはじめました。家が建つのです。春子はどんな家ができるのか、わくわくしました。毎日作業の人が来ます。大きな仕事の車も来ます。いろんな音がします。春子は毎日楽しみに見ていました。周りに高い棒がたくさんたったかと思うと、ブルーのシートで覆われてしまいました。春子はがっかり。縁側から高いシートを見上げて、「つまらないな。草原のほうがよかった」と思うのでした。
何か月かしてシートがとれました。春子の家とは全く違う家が現れました。真四角の白い家です。小さい窓があるだけです。
夜、電気がつくようになりました。春子はどんな人たちがいるのだろうと思いました。
春子がいつものように庭を歩き回り、木の葉の上に土と花びらをのせて、ごちそうを作って遊んでいると、新しい家のフェンスの向こうに、春子と同じくらいの女の子が立っています。春子はうれしくなって、
「ねえ、遊ぼ」
といいました。その子はさっと家の中へ入っていきましたがすぐ出てきました。
春子は「こっち、こっち」と木戸から庭に招き入れました。うれしくて、いつもよりはしゃいで走り回り、マーガレットを取って女の子の頭にのせました。
「ねえ、なまえは。」
「はるみ」
「ふーん、わたし、はるこ」
春子はさっき作っていた葉っぱの上のごちそうを見せました。
「ちらしずし、どうぞ」
はるみは、ちっともよろこびません。
春子のおばあさんが縁側に出てきました。
「あら、おとなりのおじょうちゃん。ちょうどよかったわ。いまおやつを用意したところなの。」
と言って、おばあさんの作ったイチゴジャムのたっぷりのったホットケーキを持ってきました。はるみと春子は手を洗って縁側でおやつを食べました。はるみはきょろきょろしています。
「この家、かわっているね。つるつるでスケートできるみたい。」
といって、長い廊下で、スケートのまねを始めました。
「どすん!」
はるみが転んだはずみに障子を足でけってしまいました。障子紙がやぶれて穴があきました。はるみは、泣き出しました。
「こんな紙のドアなんかしらない」
「これは障子だよ」
春子は、はるみの家の玄関まで送っていきました。はるみの家に来たら、ボタンを押すのだと教えてくれました。
次の日、春子は、はるみの家のボタンを押しました。
「ハーイ、どちらさまですか」
ボタンがしゃべった。春子がびっくりしていると、
「あゝ、はるこちゃん、どうぞ」
はるみのママが出てきました。春子はきれいな家の中をそろりそろりと歩き、はるみの部屋を見たり、明るいリビングでケーキをいただいたりして、お姫様みたいと心の中でつぶやき、緊張していました。
「はるこちゃんはどこの幼稚園へ行くの。幼稚園バスはくるのかしら。」
「わたし、保育園へ行くの。歩いていくよ。」
春子はあまりうれしくない気持ちで帰ってきました。何だか違うなあ、と思いました。
保育園の入園式の日が来ました。お母さんと一緒に出かけようとすると、はるみがママと一緒に出てきました。春子と同じ帽子、同じスモックを着ています。お母さんとママは、にこにこして
「よろしくお願いします。」と、あいさつしています。春子はいっぺんに暖かい気持ちになりました。はるみと春子は、うれしそうに手をつないで保育園へ出かけました。
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