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サンサンさん (2005年03月05日 08時12分)
3人の教師が誕生したのですか?
すごいことですね。
ラボっ子上がりですから、きっとすてきな先生になってくれるのでしょ
うね。
OBOGとして、いろんな体験談、聞きたいですね。
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Hiromi~さん (2005年03月04日 15時32分)
annelabo85さん
>PEI交流に参加なさったNテューターですね!
突然の事だったのでしょうか?
遠方からですが、ご冥福をお祈りします。
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>訪問ありがとうございました。PEIにいらしたんですか!!
NテュターはPEIでも人気者でした。よくKAZUMI KAZUMI といって、エピ
ソードを話してくれましたよ。
ニコルもインターンとして、来日しましたが、学校の都合で途中帰国となり
ました。
ミッシェルにも知らせなくてはと思っています。とても偉大な方でしたよ。
本当に惜しい方をなくしました。昨年ぐらいから具合が悪いと聞いていました
が、ラボは大学生や娘さんの手を借りて、直前までなさっていたようです。
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annelaboさん (2005年03月03日 16時35分)
PEI交流に参加なさったNテューターですね!
わたしも昨年PEIに参加して、Nさんの事はミッシェルから聞きました。
楽しい交流が出来たという話や、Nさんからお便りがあったようで、
健康を心配していました。
東京でのスティがとても楽しかったとも!
ニコルもお世話になったそうですね。
突然の事だったのでしょうか?
遠方からですが、ご冥福をお祈りします。
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サンサンさん (2005年03月03日 07時49分)
Nテューターは、一緒にプロジェクト活動をしたなかですよね。
プレイルームに関しても先駆者のお一人でしたね。
惜しい方を亡くしました。
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とんかつ姫さん (2005年03月01日 22時27分)
> PEIではよく名前が出ました。二コルが来ていた時もずっと野田さん
宅に泊まっていましたものね。
PEIには知らせますか???一応メールを入れようと思います。
⇒ 出来ればメールだけでもお願いします。
PEIだけじゃなくカナダでは「Kazumi、Kazumi」と人気者なのには驚かさ
れました。 きっと彼女の温かい人柄とカナダの人のホスピタリティが
一致したんでしょうね?
メールをよろしくお願いします。 驚き落胆する顔を思うとつらくもあ
るのですが(^_^;)。
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Hiromi~さん (2005年03月01日 21時32分)
とんかつ姫さん
>宇都宮での15周年のときに中高大生が「知盛」に取り組むことにな
り、テューターとしての仕込みに西部地区研でまとめていらっしゃった
(まだ手書きの)資料を読ませていただき、そこで紹介されている本を
1つずつ当たって行ったものです。
>そうですね。昔はよくみんなで勉強会をしたり、テューターのテーマ活動を
一年に一度は子供たちの前で発表したり、あったかい関係でした。
西部と宇都宮が研修はすごいと何時も誉められて???いましたね。
最近は<都合のいいところだけ頂いて> という感覚の人が増えて、寂しい
ですよ!!!
とても良い資料を出していらっしゃり、本当に助かりました。
木下順二さんがなぜ「知盛」なのか、のくだりで「この人は西洋文学者
のような視点だな」と思ったら、(「夕鶴」など日本的なものの作者とし
てしか知らなかったけど)英文学者でもあることを知り、その視点にま
すます惹かれたものです。
その後半年はテープと資料と格闘して、やっとパーティで知盛に出会え
るかな、と思えたものです。
一般的な源平物ではあまり描かれていない人物ゆえライブラリィの知盛
がいつまでもくっきりとイメージされますね?
今度の大河ドラマではどう描かれるのでしょうね、楽しみ。
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Hiromi~さん (2005年03月01日 21時28分)
とんかつ姫さん
>やはり今年は年賀状が頂けませんでしたか?
ずっと気にしていました。センターに問い合わせたところ、ラボはまだ続け
ているというので、まさだこんなにも早く逝ってしまうとは思いませんでし
た。一月末ぐらいです。
PEIではよく名前が出ました。二コルが来ていた時もずっと野田さん宅に泊
まっていましたものね。
PEIには知らせますか???一応メールを入れようと思います。
偶然姉の家と近くて今度遊びにいらっしゃいよ!!何ていってくださって、
私もそのままになっていました。心残りです。
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とんかつ姫さん (2005年03月01日 10時07分)
やはり今年は年賀状が頂けませんでしたか?
Nテューターのこと、いろいろ思い出されますね?
PEIでもコーディネーターが彼女の印象が強いらしく、よく思い出話をし
てくれませんでしたか?
出会った人の心を捉える人柄だったんでしょうね?
ご一緒に冥福をお祈りしましょう。
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とんかつ姫さん (2005年03月01日 09時43分)
宇都宮での15周年のときに中高大生が「知盛」に取り組むことにな
り、テューターとしての仕込みに西部地区研でまとめていらっしゃった
(まだ手書きの)資料を読ませていただき、そこで紹介されている本を
1つずつ当たって行ったものです。
とても良い資料を出していらっしゃり、本当に助かりました。
木下順二さんがなぜ「知盛」なのか、のくだりで「この人は西洋文学者
のような視点だな」と思ったら、(「夕鶴」など日本的なものの作者とし
てしか知らなかったけど)英文学者でもあることを知り、その視点にま
すます惹かれたものです。
その後半年はテープと資料と格闘して、やっとパーティで知盛に出会え
るかな、と思えたものです。
一般的な源平物ではあまり描かれていない人物ゆえライブラリィの知盛
がいつまでもくっきりとイメージされますね?
今度の大河ドラマではどう描かれるのでしょうね、楽しみ。
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ぬっぴさん (2005年02月28日 23時07分)
Hiromi~さん
>ぬっぴさん
なかなかPARTYでは出来なくて、高活で取り上げたりしますね。
わがPでは縦長で大学生も何時も4,5人はいますので、少々背伸びしても、支
部や、地区では、難しいお話にもチャレンジします。
羨ましいかぎりです。「芳一」はパーティで取り組んだ事があるのですが、
「知盛」はまだ・・・
今年はうちのPも大学生が5人になり、来年周年行事を控えているので、ぜひ
「知盛」に・・と思っていますが・・
子供と話し合った訳ではなく私の勝手な思いなのでどうなるか・・・笑
あの頃(発刊当時)ライブラリー委員等を務めていましたので、制作にかん
する話などもよく聴きました。
作者の木下順二さんが日本語学者ではなく、英語学者である事をしり、
なんともいえない日本語の魅了というか、言い回しに感動したものです。
これもまた羨ましい!!こんな素敵なお話の制作にかかわれるなんて!
木下順二さんが英語学者だと言う事も初めて知りました。
このお話はホントに日本語に何とも言えない魅力があるのでびっくりです。
母からは、鵯越の歌なんてのを教わってみんなで、うたったりしました。
忘れた部分があるので、母に聞いて(95歳ですから)書いてみますね。
ぜひお願いします!95歳だなんて素敵!
私の住んでいる所はあの馬を背負って降りたという畠山重忠のゆかりの地で
す。小さな石碑も「重忠最中」なんていうお菓子もあったのですが、今は開発
されて何も残っていません。
詳しい事は私もまだよくわかりませんが、いつか近くの歴史公文書館に行って
調べてみたいと思っています。
わがPからも演劇にこそ進まなくても、大学で舞台美術を専攻したり、
OGは今でも大室さんの舞台を手伝ったりしています。
ラボのテーマ活動は色んなところに影響をもたらしますね。
私も訪問いたします。
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ありがとうございます。
ラボのCDや活動はホントに子供達にいろいろな力を与えてくれますね。
心してがんばらなくっちゃ!
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