10年前のおたよりに・・・ |
10月19日 (水) |
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「こだまでしょうか」 金子みすゞ
「あそぼう」っというと
「あそぼう」っていう。
「ばか」っていうと
「ばか」っていう。
「もうあそばない」っていうと
「もうあそばない」っていう。
そしてあとでさみしくなって
「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか。
いいえ だれでも。
昔、子どもたちの周りには「こだます」大人がたくさんいました。
転んで「痛い」と言えば「痛いよね」とこだましてくれました。
それだけで痛みは半減したものです。
それがいつの日か
「痛くない」と否定することで
痛みが消えると考える大人が増えてきたようです。
否定された「痛み」は子どもたちの心の中で
積もり積もっていっぱいになるとひっくり返さなければなりません。
その時の理解しがたい行動に,大人たちは
「最近のこどもは・・ 」
「社会が変わった・・・」
と言います。
子どもたちの表現に対して「こだます」ことが
どんなに大切な事か
毎日の生活に流されていると
忘れてしまうような気がします。
~とこんな文章が記されていました。
まだ手書きでおたよりを書いていた頃の事です。
10年も前のおたよりを17歳になったラボッ子のお母さんが大事に保管していてくれて
先日、この詩の存在を思い出させてくれました。
今夜の歴史秘話ヒストリアで
金子みすゞさんの生涯を知り
この詩が人生どん底の中で書いた詩だったということを知りました。
夫との不和に悩み、睡眠薬自殺をした金子みすゞさん。
夫と「こだます」ことをどれほど望んだかわかりません。
優しい言葉をかけ続ければ、きっと夫もかわってくれると思い続けたようです。
今、被災地で改めて彼女の詩が読まれているそうです。
彼女の持つ「ことばの力」は多くの人の哀しみや苦しみを和らげています。
ことばには力がある。
その事を心に留めて明日を迎えよう。
そういえば・・・
みすゞさんの娘さんが番組の最後に出演されていましたが
その背後に立てかけてあった絵本は
スーホの白い馬やロバのシルベスターと魔法の小石など
ラボライブラリーになっているものばかりでした。
あとの数冊あったのですがなんだったのか忘れてしまいました。
ご存知の方、教えて下さい!
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Re:10年前のおたよりに・・・(10月19日)
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みなもちゃんさん (2011年10月24日 09時54分)
このおたより覚えてるよ
おたよりの言葉も、ライブラリー同様、わたしの中のことばを育ててく
れたように思います。
いつか、俵万智さんの「寒いねと話しかければ寒いねと答える人のいる
あたたかさ」という歌に出逢った時、この「こだまでしょうか」を思い
出したり、たしか。
「いいえ だれでも」って、「誰でもない」ということだと思っていた
けれど、ぽかりとした寂しさだけでなく何か人の温かさを余韻として感
じた10年前、
それは「誰でも‐ない」のではなく、「誰でもこだまである」といいま
すか、ただの木霊ではなく、「誰か」であってほしいという、祈りを、
「いいえ だれでも」のあとの空白に見ていたのではないか、とふと思
った今。
こうやって、同じ物語に『何度も出逢う』ことを最初に教えてくれたの
は、やはりライブラリーではなかったかと思う日々です。
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Re:Re:10年前のおたよりに・・・(10月19日)
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がんこちゃんさん (2011年10月24日 17時57分)
みなもちゃんさん
>このおたより覚えてるよ
生きてるって良いな。誰かの心に残るっていいな。
ふと、思い出してくれるって
絶対に何億円出しても手に入れることの出来ない
人生の財産だね。
子育て=ラボだった時代を
今、しみじみと感謝しています。
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