|
 |
 |
 |
 |
[一覧] << 前の日記 |
次の日記 >>
|
✦深夜の訪問者 |
08月31日 (水) |
|
あしたがあるから、もう寝なきゃあ、と椅子から立ち上がった。
部屋にこもった空気を入れ替えようと、窓のカーテンを開けた。
そのとき何かバタバタと飛び込んでくるものがあった。
ヘタな飛び方である。アブラゼミかな?
このごろのセミ族は深夜になっても鳴いて、ひとさまの睡眠を邪魔する。
ふといやつだ、羽をむしってつまみ出してやろうか…。
天井にぶつかったあとコツンと落ちたのがパソコンのキーボードの上。
ついさっき電源を切ったばかりである。
おやおや、カブトムシじゃないか。しばらく見ていると、
キーボードの上を右に左にゴソゴソ、ゴソゴソ。
―― おいおい、どういうつもりかね。
(もしかして、と思い、パソコンの電源を入れなおす)
―― これ、ちょっと拝借してもいいかな。
―― わたしのほうの今夜の仕事はもう終わった。かまわないよ。でも、
そこでフンなんかしないでくれよな。
―― ふん、フンとは! 無礼なことを。甲虫族のプライドちゅうものも知らんで。
―― そりゃあ、悪かった、悪かった。
―― カノジョにメールをしとこうかと思ってな。
―― カノジョ、って?
―― あいつは見かけによらず頑固なんだ。自分がまちがっていても、けっして「ゴメンナサイ」と言わない。
―― そんな女って、いるいる。
―― 思い込みがはげしくって、一度こうと思ったら、違うよ、勘違いだよ、と
いくら言っても受け容れない。被害妄想だよ、あいつ。
一度や二度の浮気をしたからって、がたがた言うな、つ~の。
いつまでも、いつまでもそれをネにもってなぁ。
―― よくある夫婦げんかだな。
―― 一度か二度じゃねえか。浮気は五度か六度。
―― はっは。コリないやつだなあ。それじゃあ、なかなかノーサイドちゅうわけにはいくめえよ。
―― 言うにこと欠いて、あんたはトシなんだから、たいがいにしろ、とぬかしやがる。
だってそうだろう、果敢ないイノチだ、燃えるときに燃やさないでどうする。
―― なんだよ、カノジョの愚痴かよ。でも、とびきりの美人(美虫)というわけか。
―― そうさな、まあ、十人(十虫)並みってとこかな。知り合ったころは、もっとずっとシャンで、
色つやよく、気品つ~ものもあったのに、このごろじゃあ、よく飲み、よく食う、よく寝る。
見られたもんじゃない、典型的なメタボだね。口のききかたも乱暴だし。
―― トシをとったということかな。トシをとった女はだいたいそんなもんだよ。
―― いやいや、せめて子育てじょうずなら救いがあろうというもの。それがてんでダメ、
一匹もましな子を産んで育てたことがないときている。不良さ、グレてる、どいつもこいつも。
―― いいとこなし、ってとこだな。よせよせ、そんなの。
もちっとましな女なら、いくらでもいそうじゃないか。
―― あんたなんぞにそんなこといわれたくないけどな。
―― なんだよ、おまえ、さてはカミさんに追い出されてきたな。
―― ちがうよ、おれのほうからおん出てきてやった、金輪際、帰ってやるもんか、ってな。
…そう言っておん出てきてやったけど、ちょっと、なあ…。
―― わかったよ。星の王子さまも、その星に置き棄ててきたバラ、
きれいというだけでケン高くわがままな恋人のことが忘れられず、
なんだかんだ言っても最後にはそこにもどっていったもんね。
―― そんなはなし、おれは知らないけど、
どっかで脳梗塞でもおこしてぶっ倒れてるんじゃないかと、
あいつがおれのこと心配していたら可哀そうだから、
せめて無事にここにいるというだけでもメールで知らせておこうかな、と。
―― どうぞお好きなように。でもな、このごろ世間じゃ「節電」「節電」とうるさいから、
たいがいにしてくれよな。おれは寝るけど、そこの窓は開けたままにしておく。
送信を終えたら、そこから出ていってくれ。
カノジョのところへ帰るか、ぜんぜん別なところへつっこまるか、
そのことには、おれ、関与するつもりはないからね。ま、がんばれや。
―― お、ありがと。あんたもいい夢みて寝ろや。
|
|
|
<< 前の日記 |
次の日記 >>
|
|
|
|