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ちゃこの童話(6) |
11月01日 (月) |
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憲じいさん
憲じいさんは絵描きです。
憲じいさんの家の裏庭には、今日も男の子が三人遊びに来ています。声を聞きつけた憲じいさんは、ニコニコして出てきました。
「あ、先生だ。こんにちは。」
「おお、元気だな。今日は何だ。バットなんか持ってきて。」
「先生、ぼくの絵、描いてください。」
「あゝ、そういうことか。じゃ、ちょっとまってな。」
憲じいさんは色紙と、太いペンと細いペン色づけするための水彩絵の具を持ってきました。
「わかったぞ。君は野球選手を夢見ているんだな。バッターか。・・・がんばれよ。」
憲じいさんはおしゃべりしながら似顔絵を描いていきます。10分ほどで笑っている男の子の顔を描きました。
「すごい。似てる、似てる。」
友達もうれしそうに手をたたきました。憲じいさんはその顔に振り(からだ)をつけます。バットを持たせ、片足のつま先を立てて、ボールをうとうとする瞬間のポーズです。それに色付けして完成です。
「はい、どうぞ。大きい夢を持てよ。」
友達の一人が言いました。
「先生、この間描いてもらった僕の絵ね、壁に飾って毎日見ているよ。ぼく、あのコックさんの白い帽子が好きなんだ。いつか、ホテルのコック長になる。」
「先生、ありがとう。またくるね。」
子どもたちは帰っていきました。庭は静かになりました。
憲じいさんは縁側に坐って、デパートの屋上をながめながら、若い頃から今まで描いてきた絵を思い出していました。
小さい頃から絵が好きでしたが、家が貧しくて美術学校には行かず、独学で絵の勉強をしてきました。いろいろな展覧会に出品し、入選、入賞して、だんだん注目されるようになりました。憲じいさんは、生活の苦しいときも、難しい問題にぶつかったときも、いつも明るい未来を夢見て、楽しく絵を描いてきました。憲じいさんの絵は、色使いが明るく、いつも希望にあふれていると評判でした。憲じいさんがキャンバスに向かって描き始めると、体の中から熱いものが噴き出し、不思議なパワーがその絵を完成させるのです。
そんなある日、デパートが一周年記念のイベントをやりました。「絵描きさんに子どもの似顔絵を描いてもらいましょう。」というのです。
五人の画家が並んでイベントがはじまると、子どもの絵を描いてもらいたいと思う親子の列が出来ました。画家たちは、一生懸命描いていました。列の中におばあさんにつれられた一人の男の子がいました。その子は片方の目が不自由でした。どの画家もその子が自分に当たらないようにと思っていたに違いありません。
憲じいさんの前にその子は坐りました。おばあさんは、この子は難産のため弱視で生まれ、母親は亡くなってしまったことを話しました。
「僕は、元気だね。大きくなったら何になりたいの。」
「ぼくはね、おいしゃさん。」
「そうか。お医者さんになったら、おじさんもみてもらおうかなあ。」
憲じいさんは男の子の緊張をほぐすように、やさしく語りかけながら、顔をかいていきました。うそを描くわけではないけれど、憲じいさんは、この子の目がよくなって、希望がかなえられるようにと願いをこめて描きました。おばあさんはその絵を大切に持ち帰りました。
その後、憲じいさんはデパートの広告のイラストを頼まれました。憲じいさんの絵は楽しい夢のある絵でした。デパートは大きくなり、憲じいさんの絵のように屋上に遊園地のある楽しい場所としてみんなに愛されるようになりました。
それから、十数年後、そのデパートの中に、クリニックが出来ました。クリニックの若い院長は、憲じいさんのところへ来て、丁寧に挨拶しました。
「小さいときに描いてもらった絵は、私のお守りでした。きっと目が開くときがあると信じて、希望を持って生きてきました。先生の絵は本当に不思議な力を与えてくれます。おかげで、医者になることができました。」と。
こうして、憲じいさんに感謝の気持ちを持つ人は大勢います。夢、希望を描く絵描きさんとして多くの人から愛され、今もいろんな人が訪ねてきます。毎日が楽しく、デパートの屋上を眺めながら、また次の夢を描こうとしています。
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